マスターユニット
隼人たちは施設内のホログラムの前に立ち、外の状況について確認するため、じっとその言葉を待っていた。
ホログラムは彼らの質問を受けると、静かに目を閉じ、まるで深い記憶からデータを引き出すかのように、しばらくの間を置いた。
やがて、ホログラムはゆっくりと目を開き、冷静かつ慎重な口調で報告を始める。
「外部環境のスキャンが完了しました。長い年月を経た結果、科学技術は著しく衰退していることが確認されました。かつての技術水準や文明の進展は維持されず、過去の栄華の跡が失われつつあります」
フィオナは眉をひそめながらその言葉を聞き、リーシャもまた不安げな表情を浮かべた。
かつて高度な技術が存在していたこの地が、衰退の道を辿ったという事実に、誰もが驚きを隠せない。
ホログラムは淡々と続ける。
「スキャン結果から、食料事情や生活環境にも、技術的な改善が見られません。そこで、あなた方が暮らしている現在の制度、生活習慣、また食料の流通状況について、私に教えていただけますか?」
隼人は少し身を引き、視線を巡らせながらどう答えたら良いか考えていた。
彼は異世界から来た存在であり、この地の制度や習慣について詳しく説明できる立場にはない。
リーシャが代わりに言葉を選びながら話し始めた。
「私たちの暮らし?食料は村の農家から手に入れるか、狩りや釣りで集めたり、売買しているわ。生活については……一部は貴族や豪商が治めていて、それぞれの町ごとに生活が違うけれど、皆が自分たちの力でなんとかしている感じかしら」
フィオナが補足するように続けた。
「技術……は、生活に役立つ程度の魔法や簡易的な道具に頼ってるわ。いわゆる便利な仕組みがあるわけじゃないけど、皆それでなんとかしているのよ」
ホログラムはリーシャとフィオナの話を静かに聞き、しばらくの間考えるように沈黙した。
そして、やがて彼らに対して真剣な表情で告げた。
「非効率的であると言わざるを得ません。聞けば聞くほど、現在の制度と生活習慣、そして食料事情は、かつての技術水準に比べあまりにも非効率的です。理解が困難です」
その言葉に、隼人たちは少なからずショックを受けた。
自分たちの日々の生活が「非効率」と評されることに、どこか異質な隔たりを感じずにはいられない。
フィオナが少し困惑しながら言った。
「非効率と言われても……私たちにとっては、それが当たり前なのよ。誰もが生活を維持するために工夫しているし、それが唯一の方法なんだから」
ホログラムは再び冷静な口調で応えた。
「確かに、環境に適応し工夫することは、技術の維持に欠かせない要素です。しかし、文明の根幹たる技術が失われたことが、人々の生活を必要以上に困難にしているのは明白です」
隼人は心の中で、この地の技術と自分の故郷の違いを改めて思い返していた。
ホログラムと話すほどに、かつての世界がどれだけの発展を遂げていたのか、その片鱗を垣間見ているような気がしたのだ。
隼人たちがホログラムの報告に耳を傾けていると、背後で静かに扉が開く音が響いた。
彼らが振り返ると、部屋に現れたのは一人の人物だった。
その姿はどこか普通の人間のようで、身につけているのは現代的なジャージのような衣類。
まるで異世界の存在であるかのような服装だが、見た目はごく穏やかで親しみやすい印象を受ける。
ホログラムがその人物に視線を向け、驚きつつも安堵したように言葉をかけた。
「フロリア、回復されたのですね。もう大丈夫なのですか?」
ホログラムに「フロリア」と呼ばれた彼女は、微笑を浮かべながら静かに頷く。
「ええ、大丈夫よ。少し休んだから、もう問題ないわ」
その柔らかな声と穏やかな表情に、隼人たちは思わず驚きの表情を浮かべた。
彼らの目の前に立つフロリアは、きれいに整えられた長い髪をなびかせ、細身の体躯と共に優雅に立っている。
彼女の優雅な動作や柔らかな口調は、まるで普通の人間ではないような不思議な印象を隼人たちに与えていた。
しばらく見つめ合った後、ノアが気恥ずかしそうに尋ねる。
「あの、あなたは……?」
フロリアは少しだけ照れた様子で目をそらし、軽く頷いて名乗った。
「私はフロリア。先ほど、マスターユニットをお守りした者です」
その言葉に、隼人たちは思わず息を呑んだ。
まさか、あの闇の存在と戦っていたのが目の前にいるこの華奢な女性だったとは想像もしなかったのだ。
隼人たちはお互いの顔を見合わせ、再びフロリアに視線を戻す。
「あれほどの戦いを……あなたが?」
フィオナが驚きの声を上げ、フロリアは微笑を浮かべて応えた。
「戦う時は装備をまとっているので、こう見えても少しばかり強く見えるんです。皆さんの安全をお守りできたのなら何よりです」
彼女の柔らかな言葉に、隼人たちは少しずつ安堵し、目の前にいるフロリアの意外な姿に驚きを隠せないまま、頭を下げた。
静かな施設内の照明が、隼人たちとフロリアを包んでいた。
その中で、ホログラムがふとフロリアに視線を向けて口を開いた。
「フロリア、またその服を着ているのですか?」
その言葉に、隼人たちはホログラムとフロリアに視線を向けた。
フロリアは微笑みながら、上品に服の袖口を触れ、ささやくように答えた。
「ええ。これは以前のマスターユニットからもらった、大切なものですので」
その言葉に、隼人たちは興味を惹かれた様子でホログラムとフロリアを見つめた。
フィオナが一歩前に出て、何かを思い出したように声を上げる。
「そういえば、マスターユニットって一体何なの?その…マスターユニットっていうのは、どういう存在なの?」
ホログラムは彼女の言葉を受け、しばらく無表情で考えるようにしていたが、やがて隼人たちに向き直り、真剣な口調で答えた。
「伝えておりませんでしたか。こちらにいらっしゃる“紗良”様――あなたが現在のマスターユニットでございます」
ホログラムがノアの方を見ながらそう言うと、ノアは驚愕の表情を浮かべ、隼人たちも息を呑んだ。
まさか、自分がこの施設の中核である「マスターユニット」として認識されているとは、ノア自身まったく予想だにしていなかったのだ。
「どういうことですか?」
ノアは困惑しながらホログラムに問いかけた。
「それって……どういう意味なんです?私はただ、ここに迷い込んだだけで……」
ホログラムはノアを見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「あなた様は、この施設における『全ての指揮権』を持つマスターユニットでございます。かつて、紗良様は当施設の核として指定されておりましたが……長き時を経て再び目覚められ、別のお名前で生を受けられていると認識しております」
ノアはさらに困惑を深め、後ろにいた隼人に視線を送ったが、隼人もまた驚きと戸惑いの表情を隠せずにいる。
その時、フロリアがそっとノアに近づき、柔らかい声で言葉を添えた。
「私の記憶が正しければ、あなたの体内には、かつてのマスターユニットである証である“コア”が宿っています。そのコアは、この施設を動かすための核であり、マスターユニットの証でもあります」
彼女の言葉に、ノアは戸惑いを深める。
まるで自分の体の一部が、この施設と深く結びついているような、そんな不思議な感覚が頭をよぎった。
フロリアは続ける。
「この施設は、コアが主である者――つまり、あなたの意志に従うように設計されています。ですから、あなたが存在することで、私も再び役目を果たすことができたのです」
彼女の目には、信頼と敬意が込められていたが、ノアにとっては依然として状況を飲み込むのが難しい。
「私が……マスターユニット? でも、私はただの……」
その戸惑いに、ホログラムが再び優しげな声で応える。
「ご安心ください、紗良様。あなたの魔石の力があれば、私たちはすべての役割を果たします。どうかゆっくりとお考えください」
ノアはホログラムとフロリアの視線を受け止めながら、目の前に広がる役割の重みに気づき始めていた。
ホログラムは、混乱した表情のノアと、それを見守る隼人たちに目を向け、静かに提案した。
「皆様が少しお疲れのご様子です。別室でご休憩されてはいかがでしょうか?」
その提案に、ノアはまだ動揺した様子で小さく頷くが、言葉を発することができないでいた。
隼人が代わりにホログラムに答える。
「そうします。少し落ち着いた方がいいですね」
ホログラムは満足げに小さく頷き、今度はフロリアに視線を向ける。
「フロリア、皆様を指揮官室へご案内いただけますか?」
フロリアは微笑みながら、すぐに応じた。
「もちろんです。どうぞ、皆様、こちらへ」
フロリアが軽く手をかざすと、部屋の奥に光が集まり、静かに1つの扉が姿を現した。
その扉は穏やかな輝きを放ち、まるで奥へと誘うように隼人たちを歓迎しているかのようだった。
「こちらが指揮官室です。どうぞ、ゆっくりとおくつろぎください」
フロリアが柔らかな声で言葉を添え、隼人たちは少し緊張しながらも、彼女の後に続いて扉の奥へと進んでいった。
ノアも少しずつ落ち着きを取り戻しながら、その場の空気に身を委ねて歩みを進める。




