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ノア視点:母を追って

「母さんのところに行かなきゃ……!」


 ノアは広場の混乱の中、ただ一つの思いで駆け出す。

 母がいるカイエンの屋敷へ、無我夢中で走り続けていた。


 破壊されていく町の光景も、逃げ惑う人々の叫び声も、耳に入っていなかった。

 ただ、目の前に続く道と母の無事を祈る気持ちだけが彼女を突き動かしていた。


「母さん……お願い、無事でいて……」


 心の中で何度も呟きながら、ノアは町の住宅街へと向かっていた。


 風が彼女の髪を揺らし、息が切れそうになるまで走っていたが、虫型機動兵器の気配や足音はすぐ近くに感じていた。


「母さん……!」


 ノアはカイエンの屋敷を目指して、さらに足を速めた。


 虫型機動兵器が次々と現れ、周囲を覆い尽くしていく中、奇妙なことに、ノアはその攻撃から完全に免れていた。

 機械たちは彼女を意識しているかのように見えたが、実際に攻撃してくることは一度もなかった。


 まるで、彼女が存在していないかのように、虫型兵器は別の標的に向かって動き続けていた。

 ノアはその事実に依然として気づかないまま、息を切らせながらカイエンの屋敷へと続く道を全力で走り抜けていった。


 ノアは夢中で走り続けていたが、目の前に見えてきた光景に足を止めざるを得なかった。道沿いにあった家が崩れ、巨大な瓦礫の山が通行を完全に遮っている。


「そんな……ここも壊されてる……」


 がれきを見つめながら、彼女は息を切らし、どう進むべきかを考えた。


 瓦礫はあまりにも大きく、簡単に越えられるものではなかった。

 強引に進もうとしても、時間がかかりすぎてしまう。

 焦燥感が胸に広がる中、ノアは必死に別の道を探し始めた。


「この道じゃ……母さんのところにたどり着けない……!」


 ノアは悔しそうに唇を噛み締めたが、すぐに頭の中にあるひとつの考えが浮かんだ。


「そうだ、昔……確かこの先には別の道があったはず」


 幼い頃、町を遊び歩いていた記憶がぼんやりとよみがえる。

 その時は、今通れない道とは違う回り道を使って、隣の通りに抜けたことがあった。


「もしかして、あの道なら……」


 ノアは自分の記憶を頼りに、崩れた家の横を回るように別の道へと向かい始めた。


 かつての記憶は曖昧だったが、それでも希望は残っていた。

 時間を無駄にしないよう、ノアは迷うことなく回り道に踏み出した。

 建物が倒壊した跡を慎重に通り抜け、瓦礫の間を縫うように進む。


 ノアは回り道を進みながら、母親のもとへ急いでいた。

 崩れた家々や瓦礫の山を避けつつ、記憶を頼りに歩を進めている中、ふと、目の前の道に動くものが見えた。


「え……?」


 思わず足を止め、よく見ると、それは幼い子供だった。

 地面に座り込んだ子供が恐怖に震えている。

 そして、その子供に向かって虫型機動兵器が迫っていた。

 巨大な鋭い脚を振り上げ、まさに襲いかかろうとしている。


「どうしよう……母さんが……でも……!」


 ノアの心の中に、瞬時に大きな葛藤が生まれた。


 母親が大事だ――それは間違いない。

 母親のもとへ急ぎたい気持ちが強くあった。

 しかし、目の前で助けを求める子供が襲われようとしている。

 助けを呼ぶ声も上げられず、ただ恐怖に震えるその姿を無視して、母親のもとへ行くことができるのか?


「……母さんも大事だけど……」


 ノアは心の中で葛藤しながら、目の前の現実に強く揺さぶられていた。


 虫型機動兵器は徐々にその鋭い脚を子供に振り下ろそうとしていた。

 時間がない。

 ノアの心臓は高鳴り、足が震えた。

 しかし、次の瞬間、彼女は決断した。


「……見捨てられない!」


 強い意志を抱いた瞬間、ノアは一気に子供の元へ駆け出した。


「大丈夫、私が守る!」


 そう言ってノアは子供を抱きかかえ、自分の体でその子を覆った。


 虫型機動兵器の鋭い脚が振り下ろされる瞬間が迫る。

 ノアは子供を抱きしめたまま、覚悟を決め、決して離さないつもりで庇い続けた。

 

 虫型機動兵器の鋭い脚が今にも振り下ろされるかと思ったが、次の瞬間、不意にその動きが止まった。


「……え?」


 ノアは驚きと戸惑いで顔を上げ、目の前の状況を確認した。


 虫型機動兵器はまるで何かを感知したかのように急に動きを変え、空中に浮かび上がると、ノアを無視するかのように別の方向へ飛び去っていった。

 ノアは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


「……どうして?」


 ノアは不審に思いながら、辺りを見回した。

 確かに、彼女を襲おうとしていた虫型機動兵器は、今はどこにも見当たらなかった。


「なぜ、私を……襲わない?」


 ノアは胸の中に疑念が生まれた。

 なぜ自分だけが攻撃されなかったのか。

 あの虫型機動兵器たちは確実に彼女に気づいていたはずなのに、まるで存在を無視されたかのような扱いを受けた。


 その時、ノアの腕の中にいた子供が、震えながら小さな声で「お母さん……」と呟いた。


「あ……大丈夫よ、もう怖くないから」


 ノアは優しく子供に声をかけた。

 その時、ふと子供が視線を向けた先に一人の女性が立っているのが見えた。


「……お母さん……!」


 子供がノアの腕を抜け出し、その女性の元へと走っていく。

 母親らしき女性は、涙を浮かべながら子供を抱きしめ、感謝の言葉をかけた。


「ありがとうございます……!」


 その一言だけで、ノアは十分だった。

 ノアは軽く微笑んで「気をつけて逃げて」と言い、親子が安全な方向へ走り去っていくのを見届けた。


「さあ……私も行かないと」


 再び母親のことが頭をよぎり、ノアは意を決して立ち上がった。まだ疑問が残るものの、今は母の無事を確認することが最優先だった。


「母さん、もう少し……待ってて……」


 ノアは再びカイエンの屋敷を目指し、足を速めて走り出した。


 ノアは走り続け、ついにカイエンの屋敷が視界に入ってきた。

 しかし、安心する間もなく、再び不穏な光景が広がっていた。

 虫型機動兵器が屋敷周辺を執拗に攻撃しているのが見える。

 屋敷の壁が崩れ、爆発音が響き渡るたびに瓦礫が散らばっていた。


「どうして……母さん……!」


 ノアは焦りと不安を抱きながら、屋敷へと向かって走った。


 虫型機動兵器がまだ付近にいるため、身を低くしながら、瓦礫の影に隠れて進んでいく。

 敵に気づかれないよう慎重に動き、何とか屋敷の玄関へたどり着いた。


「母さん、無事でいて……」


 ノアは震える手で玄関の扉を押し開け、中に入った。


 屋敷の内部も荒れ果てており、家具が倒れ、壁にはひびが入っていた。

 爆発音が遠くから響く中、ノアは急いで母親を探し始める。


「母さん!母さん、どこ……!」


 大きな声を出しながら、部屋から部屋へと駆け回る。

 廊下を進むたびに、瓦礫の音が足元に響き、心臓の鼓動が早まっていった。


「ここには……いない……!」


 一部の部屋は崩壊していて、入ることすらできない場所もあった。

 焦りが募る中、ノアはさらに奥の部屋へと進んでいく。


「母さん……!答えて……!」


 ノアの声が屋敷内に響くが、応答はない。


「お願い……無事でいて……」


 胸の中に湧き上がる恐怖を押し殺しながら、ノアは必死に母親を探し続けた。


 「母さん……どこにいるの……!」


 ノアは必死に屋敷内を駆け巡り、母親の姿を探し続けていた。

 しかし、返事はなく、焦りだけが募る。

 さらに奥へと進もうとしたその時、背後からかすかに聞こえてくる音に気づいた。


「……戦闘音……?」


 ノアは耳を澄ませ、その音が裏庭の方から響いてくることを確認した。

 魔法の爆発音や金属のぶつかり合う音が混じり合い、激しい戦いが繰り広げられているようだった。


「まさか、誰かが……!」


 胸に不安を抱きながらも、ノアは急いで裏庭へ向かって走った。


 屋敷の廊下を抜け、裏庭への扉を開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、カイエンやハーバード、そして護衛として雇われていた兵士たちが必死に虫型機動兵器と戦っている光景だった。

 カイエンは強力な魔法を放ち、次々と敵を攻撃していた。

 彼の手から放たれる炎の魔法は、虫型兵器を燃やし尽くしている。


「カイエンさん……!」


 ノアは驚きつつも、カイエンの魔法の威力に目を見張った。


 一方、ハーバードは片手に杖を、もう片手に剣を持ち、老いてなお鋭い動きで虫型兵器を次々に倒していた。


「……ハーバードさんも……!」


 その光景を見たノアは、彼らがこの屋敷を守ろうとしているのを理解した。


 しかし、今のノアにとって最も重要なのは、母親の無事を確かめることだった。


「母さん……!カイエンさん、ハーバードさん……!」


 ノアは戦闘の中でも彼らに声をかけ、母親の居場所を聞こうとした。


「母さんは無事ですか!?どこにいるんですか!」


 ノアは息を切らしながら、カイエンに問いかけた。

 彼の魔法の炎が次々と虫型機動兵器を燃やし尽くす中、焦りの色がノアの顔に浮かんでいた。


「お前の母親か……彼女は、後ろの物置の地下に避難している。戦えない者たちはみんなそこに集めているんだ」


 カイエンは一瞬の隙を見てノアに答えた。


「物置の地下……!」


 ノアは安堵の息を漏らし、母親が無事であることを確認しようと後ろを振り返った。

 カイエンが指さした小さな物置がそこにあった。

 しかし、次の瞬間――。


「危ない!」


 カイエンが叫んだ瞬間、遠くから放たれた虫型機動兵器の遠距離攻撃が物置に直撃した。

 激しい爆発音とともに、物置は一瞬にして吹き飛んだ。

 ノアの目の前で木片や瓦礫が飛び散り、煙と土埃が舞い上がった。


「物置が……!」


 ノアはその光景に目を見張り、衝撃でしばらく動けなかった。


 瓦礫が散らばり、塞いでいた地下への蓋や地面も跡形もなくなり、隠れていた地下空間が露出していた。

 そして――。


「……母さん……!」


 ノアの目は、地下の一角に見覚えのある姿を捉えた。

 母親がそこにいたのだ。


「母さん!」


 ノアは震える足で前に進もうとしたが、衝撃と恐怖で身体が動かなかった。

 目の前で崩壊していく物置、そしてその中にいる母親の姿を見た瞬間、胸に強い感情が押し寄せてきた。


 「母さん……!」


 ノアの目は母親の姿をしっかりと捉えていた。

 瓦礫の中にいる彼女の姿に、安堵の気持ちと恐怖が入り混じる。

 しかし、その安堵は一瞬で打ち消された。


「どうして……!」


 ノアの声は震え、母親のそばに迫る危機に気づいた。

 虫型機動兵器がすぐ近くに迫り、その鋭い脚を持ち上げ、今にも攻撃を仕掛けようとしていたのだ。


「やめて……!」


 ノアは反射的に叫んだ。その声には恐怖と絶望が混じっていた。


「やめて……お願い、やめて……!」


 その叫び声が響いた瞬間、信じられないことが起こった。

 目の前にいた虫型機動兵器の動きが、まるで時間が止まったかのようにピタリと止まったのだ。

 振り上げられた脚も、攻撃態勢に入ったままの体も、その場で固まったかのように動きを止めた。


「え……?」


 ノアは驚きと戸惑いで目を見開いた。

 何が起こったのか理解できない。

 だが、確かに、あの恐ろしい虫型機動兵器が、自分の叫び声に反応して動きを止めたのだ。


「どうして……」


 ノアは恐る恐る一歩踏み出し、まだ信じられない思いで虫型機動兵器を見つめた。

 母親たちに迫っていたその恐ろしい存在は、今はまるで命令に従ったかのように静止していた。

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