王子の行軍と影を纏う者
三日後の朝、隼人、ノア、リーシャの三人は王城の門前で待機していた。
王都の朝はどこか落ち着いた喧騒が漂い、遠くから聞こえる馬車の音や、人々の生活の気配が微かに耳に届く。
隼人はふとノアに視線を向けて尋ねた。
「ノア、バステオン・アークとの集合地点はもう決まってるのか?」
ノアは頷きながら答えた。
「うん。王都から少し歩いたところに広がる平原があるの。そこに輸送艇を送ってもらう手筈になってるよ」
「なるほど。それなら集団移動も問題なさそうだな」
隼人は少し安心したように言った。
すると、重厚な音を立てて王城の門がゆっくりと開いた。
現れたのは、堂々たるレオンハルト王子を筆頭に、隼人の知る顔と多くの初対面の人々が乗った大きな馬車だった。
まず目に入ったのは、明るい笑顔を浮かべて手を振るナノちゃん。
そして衛兵であるエルバート、ライナー、マリア、ミランダ、クラウス、イーゴリ、アラン、そして隼人の知らない男性――どこか陰のある雰囲気を漂わせる。
さらに、その後方から、重々しく馬車に引かれてきた。
隼人は思わず目を見開いた。
「……あれは!」
そこに運ばれていたのは、巨大な機械――パラディンだった。
「おいおい、随分大掛かりだな……」
隼人は呆れたように小声で漏らした。
「ほんとね」
リーシャも同じく驚いた様子でパラディンを見上げる。
馬車が止まり、レオンハルト王子が降り立つと、隼人たちは彼に向けて一礼した。
「おはようございます、王子」
王子は微笑みながら返礼し、尋ねた。
「おはよう、ハヤト殿。準備は整っているか?」
「ええ、問題ありません」
隼人が答えると、彼は馬車を振り返りながら肩をすくめた。
「随分と人数が多くなったが……エルバートがこれだけ必要だと言って聞かなくてな」
エルバートは後方から険しい顔で進み出ると、力強く言い放った。
「これでも相当に絞り込んだのです。王子が不明な場所に行くというのに、少数で向かうなど論外です!」
王子は苦笑しながら頭を掻いた。
「まったく、頑固な部下を持つと苦労するものだ」
その場に居合わせたミランダ、それとライナーとマリアが隼人たちに近づいてきた。
「「お久しぶりです」」
ミランダとライナーが同時に発言し、丁寧に頭を下げる。
「ほんとに久しぶりね!」
マリアも明るく微笑みかける。
「お久しぶりです。皆さんお元気そうで何よりです」
隼人は彼らに返礼し、互いの無事を喜び合った。
そこに新たな人物が割り込んできた。隼人はその人物の雰囲気に少し違和感を覚えた。
初対面の男性だったが、どこか陰のある雰囲気と独特の笑みが印象的だった。
「初めまして、ハヤト殿」
その男はかすれた声で話し始めた。
「私、セフィロト機関の機関長、デストール・グレイです。ヒヒヒヒ……あなたたちが発見したものを、ぜひとも拝見したくてヒヒヒヒ……楽しみですねぇ」
「……よろしくお願いします」
隼人はその言葉に思わず身を引いたが最低限の礼儀で応じた。
リーシャが隼人の隣で小声で呟く。
「何か怖いんだけど……」
デストールが話を続けようとしたところ、背後から明るい声が響いた。
「ハヤト!ノア!リーシャ!」
振り返ると、ナノちゃんが馬車から軽やかに飛び降り、手を振りながら近づいてきた。
いつもの元気な笑顔を見せ、隼人たちに挨拶する。
「ナノちゃん!」
リーシャが笑顔で応じ、ナノちゃんの頬をむにむにとつかんだ。
「久しぶりぃ!」
「ふにゃっ!ちょ、やめてよぉ!」
ナノちゃんは笑いながらもリーシャの手を振り払おうとする。
しばらくじゃれ合った後、ナノちゃんが首を傾げながら尋ねた。
「それで今日はどこに行くの?」
隼人が答えた。
「実はね、ナノちゃんに見てもらいたいものがあるんだ。それがある場所に向かう予定なんだ」
「見てもらいたいもの?」
ナノちゃんは好奇心をくすぐられたように目を輝かせた。
隼人は真剣な顔で頷いた。
「ああ。アストリスに関連するものなんだ」
ナノちゃんは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに理解したように微笑み、明るく答えた。
「なるほどー、わかった!頑張ってみるね!」
その元気な返答に、隼人とノア、リーシャも一安心した様子で頷き合った。
ノアは集まった一行を見渡し、全員の準備が整っていることを確認すると、少し前に進み出て声を張った。
「それでは、まず目的地に向かいましょう。王都の南に広がる草原が目的地です」
その言葉にデストールが首をかしげ、含みのある笑みを浮かべながら言った。
「はて……南の草原に何か特別なものがありましたかな?」
ノアはデストールの視線を受け止め、淡々とした表情で返す。
「いえ、そこには何もありません。ただ……そこから迎えが来ますので」
デストールは「ほほぅ」と小声で反応し、肩をすくめた。
レオンハルト王子がそのやり取りを聞きながら軽く手を上げ、一行全体に向けて指示を出した。
「よし、わかった。ではこれより草原に向かう。ハヤト殿たちは先頭の馬車に乗って誘導を頼む。エルバート、護衛陣形を組め」
その言葉に従い、全員が各自の役割を果たすべく動き始めた。
隼人、ノア、リーシャ、ナノちゃんは先頭の馬車の荷台に乗り込み、馬車の揺れに備えてしっかりと腰を落ち着ける。
ミランダはその馬車の運転席に座り、手綱を握りながら準備を整える。
一方で、エルバートはレオンハルト王子、デストール、マリアがキャビンに乗り込む馬車の運転席へ、ライナーは巨大なパラディンを引く馬車の運転席に着いた。
残りの衛兵たちは馬に乗り、一行の周囲を固めるようにして警戒を開始した。
全員の準備が整ったのを確認し、レオンハルト王子が馬車の窓から顔を出して声を上げた。
「出発だ!」
その合図とともに、一行はゆっくりと王都の大通りを進み始めた。
馬車の車輪が石畳を転がる音が響き、衛兵たちの整然とした動きにより、行列は威風堂々たるものに見えた。
しかし、その威容は周囲の人々の注目を集めすぎた。
通りの両脇に集まった市民たちは目を丸くして行列を見つめ、ひそひそと話し合う声が漏れ聞こえる。
「何事だ?あの馬車の中に王子がいるのか?」
「見ろよ、あのデカいのは何だ?」
「一体どこへ向かうんだ……?」
そのざわめきに、隼人は馬車の荷台から顔を少し伏せ、ぼそりと呟いた。
「これはちょっと目立ちすぎるな……」
ノアも苦笑しながら同意した。
「そうだねー。まさかこんな風に出発するなんて思ってなかったよ」
リーシャは笑顔を浮かべながら、隣に座るナノちゃんの頬をまたしてもむにむにと引っ張り始めた。
「まあ、これも一つの経験よね。ほら、ナノちゃんも楽しんでおきなさい!」
「もー!」
ナノちゃんはぷくっと頬を膨らませながらも、どこか楽しそうに笑っている。
しばらくすると、運転席に座っているミランダが後ろを振り返り、キャビンの中に向けて声をかけた。
「それでは、間もなく王都の門を通過します。誘導をお願いできますでしょうか?」
ノアが即座に応じる。
「わかりました。このまま道沿いに進んでください。南の草原付近に着いたら、誘導いたしますので、そこで一旦停止をお願いします」
ミランダは「了解しました」と答え、馬車を操作しながらゆっくりと門へ向かって進む。
門を通過する直前、衛兵が門を開ける動作を行い、その重厚な鉄門が音を立てながら開いていく。
その様子を見て、ナノちゃんがキラキラした目で「すごーい!」と歓声を上げ、リーシャとノアも微笑みを交わした。
一行は仰々しい注目を浴びながら王都を後にし、南の草原へと進んでいく。
これから何が起こるのか――期待と不安が入り混じる中、隼人たちは目的地への道を進み始めた。




