王子の条件と手土産
王城での一日を終え、隼人は夕暮れの街を抜けて家へと帰ってきた。
扉を開けると、リビングにはノアが座っており、膝に小さな本を広げて何かを読んでいた。
ノアが隼人の姿に気づくと、ぱたんと本を閉じて微笑んだ。
「おかえり、ハヤト。どうだった?」
隼人はコートを椅子にかけながら苦笑いを浮かべた。
「いや、ちょっと厄介な条件が出されてさ……。」
ノアは興味を引かれたように身を乗り出す。
「条件?」
隼人はソファに腰を下ろし、深呼吸をひとつ。
「ナノちゃんを連れて行く許可はもらえるんだけど、その代わりレオンハルト王子が数名の衛兵を連れて同行するって条件を出してきたんだ」
ノアは驚いたように目を見開き、「レオンハルト王子も?」と短く繰り返した後、腕を組んで考え込んだ。
「なるほど……」
しばらく沈黙が続いたが、ノアは意を決したように顔を上げた。
「一応、バステオン・アークに誰を連れて行っていいかは私の判断に任されているから、連れて行くこと自体は可能かな」
隼人は少しホッとした表情を浮かべた。
「そうか。じゃあ問題ないか」
ノアはふと隼人に向き直り、真剣な顔で問いかけた。
「ハヤト、レオンハルト王子に情報が漏れると困ることとかある?たとえば、あなたの秘密とか」
隼人は一瞬考え込む素振りを見せたが、すぐに首を横に振った。
「いや、俺のことはもう色々ばれてるし、特に問題はないよ。ノアが大丈夫なら、それでいいと思う」
ノアは微笑みながら頷いた。
「うん、大丈夫だと思う。ハヤトが信頼してる人なら、私も問題ないよ」
「ありがとう、ノア。じゃあ、明日にでも王子に伝えてくるよ」
隼人は肩の荷が下りたように言い、軽く背伸びをした。
翌朝、隼人は再び王城へと向かう道を歩いていた。
冷たい朝の空気が心地よく、街の喧騒がまだ控えめな中、隼人の頭には昨日の出来事がよぎっていた。
(ナノちゃんだけじゃなく、レオンハルト王子たちも連れて行くんだからな。何か手土産みたいなものがあればいいんだが……)
隼人はそう考えながら道を歩き、王城の壮麗な姿が視界に入ると、その思考を一旦中断した。
門に立つ衛兵は昨日と同じ顔ぶれだった。
隼人がバッジを取り出して見せると、衛兵は一瞬で表情を引き締め、敬礼して門を開けてくれた。
「どうぞお入りください」
隼人は礼を述べて門を通り抜け、すでに連絡が行っていたのか、昨日と同じようにエルバートが彼を待っていた。
エルバートは一歩前に出ると、鋭い視線で隼人を見据えた。
「ハヤト殿。王子の提案についてお考えはどうですか?やはり、秘匿する必要があるのではないでしょうか」
その声には明らかな迫力があり、隼人に圧をかけてくる。
隼人はエルバートの熱意に少し圧倒されながらも、落ち着いて答えた。
「あー、その点も踏まえて、直接王子にお話ししますよ」
「……そうですか」
エルバートは少し引き下がったが、隼人の言葉に納得しきれない様子で口を閉ざした。
隼人は心の中で溜息をつきながら、(ここからが本番だな……)と気を引き締め、レオンハルト王子との会談に臨む準備を整えた。
隼人はエルバートの案内で再びレオンハルト王子の応接室へと通された。
昨日と同じ豪奢な部屋に足を踏み入れると、王子はすでに席について待っていた。
彼は隼人を見ると軽く笑みを浮かべ、軽快な声で口を開いた。
「待っていたぞ、ハヤト殿。さて、昨日の件、どうだった?」
隼人は椅子に腰を下ろしながら、慎重に言葉を選んで答えた。
「えーっと、そうですね……一応可能だという返事は頂きました」
その言葉に、エルバートが目を丸くして肩を落とした。
「可能なんですね……」
その声は、明らかに落胆を隠しきれていなかった。
「一応、とはどういう意味だ?」
王子が首を傾げて問い返す。
隼人は少し困ったような表情を浮かべながら答えた。
「そうですね……人数が増える分、向こうに行く際に手土産のようなものを持って行くべきかなと思いまして」
その答えに、レオンハルト王子は納得したように頷いた。
「なるほど。確かに重要な技術や技術者と会う可能性がある以上、こちらからも誠意を見せるべきだな」
彼は顎に手を添え、思案する仕草を見せた。
隼人は王子を目で追いながら、(手土産の話にそんなに食いつくとは……)と内心驚いた。
しばらく考え込んでいた王子は、ふと思い出したように席を立ち、部屋の隅にある棚に向かった。
その動きに隼人は「?」と首を傾げる。
王子は棚から分厚い書類の束を引き出し、そのページを一枚ずつめくり始めた。
「うーむ……」
ページをめくるたびに唸りながら悩む王子。
隼人とエルバートは顔を見合わせ、少し困惑気味に王子の様子を見守っていた。
「うむ、これだな」
やがて、王子は一枚のページで手を止め、独り言のように呟き、書類を手に隼人のもとへ戻ってきた。
「向こうは何かしらの未知の装置を見せてくれるんだろう?ならばこちらも、それに見合うものを見せる必要がある。これを手土産として持って行ってはどうだろう」
王子はそう言いながら隼人に書類を見せた。
隼人が資料を覗き込むと、そこにはかつて隼人が乗って戦った巨大な機械――「パラディン」の詳細が描かれていた。その瞬間、隼人は目を見開いた。
「これって……あのパラディン、ですよね?」
「その通りだ」
王子は満足げに頷いた。
「ハヤト殿が操縦し、我々に各種データを提供してくれたあのパラディンだ」
隼人は少し戸惑いながら確認した。
「そんなものを持って行ってもいいんですか?」
王子は軽く肩をすくめて答えた。
「現在は解析も停止していて、格納庫に保管されているだけだ。問題ない」
「資料などもお渡ししましたが、解析が停止したのは何か理由があったんですか?」
隼人が驚きながら確認すると、王子は微妙な表情を浮かべながら答えた。
「現在の我々の技術では、解明することが出来ない点が多すぎるんだ。我々の手では動かすこともできない。今は解析したデータを基に簡易版を試作している段階で、本体は保管状態にある」
さらに王子は続けた。
「そちらの技術者にも確認してもらい、何か新たな知見が得られるなら、それも悪くないだろう」
隼人は納得しつつも確認を怠らなかった。
「パラディンの情報が漏れることについて、問題はありませんか?」
王子は軽く笑いながら言った。
「問題ない。一度ハヤト殿が操縦して戦闘を行ったことで、情報はほとんど隠しきれていない状態だ」
その言葉に隼人は少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「あー……、俺のせいか……」
王子は首を振り、励ますように言った。
「気にするな。むしろハヤト殿がいれば、パラディンを動かすこともできるだろう」
隼人は少しの間考え込んだが、最終的に頷いた。
「わかりました。それなら、そちらが手土産でも問題ありません」
「よし!決定だな!」
王子は満足そうに笑みを浮かべ、高らかに言った。
そして王子は少し表情を引き締め、胸元から手帳を取り出して日付を確認し、開いている日を確認した。
「では準備に三日ほど頂きたいのだが、それで問題ないだろうか?」
隼人は即座に答えた。
「問題ございません」
「では、三日後に」
王子はそう言い、エルバートに振り向いて命令した。
「エルバート、準備を進めてくれ」
エルバートは隼人を見ると、完全に諦めたように肩を落としながら、力なく答えた。
その背中はどこか悲哀に満ちていた。
「わかりました……」
隼人はそんなエルバートを横目で見つつ、内心で(これで大丈夫か……?)と思いながらも、三日後の準備に向けて動き出すことを決めた。




