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王子の同行と動き出す運命の歯車

 ノアは静かに自室に入り、ペンダントに手を伸ばした。


 彼女はペンダントを軽く握り締めると、意を決して通信回線を開いた。

 ペンダントの中心に小さな光が灯り、温かな音色とともに、ルクシアの声が応答した。


「ノア様、どうされましたか?」


 ルクシアの冷静で整然とした声が通信越しに響く。

 その後ろには、バステオン・アークの制御室特有の機械音がかすかに聞こえる。

 ノアは少し緊張しながらも本題に入った。


「ルクシアさん、突然だけど確認したいことがあるの。ナノちゃんって子がいるんだけど、彼女をバステオン・アークに連れて行ってもいいかな?」


 少しの間、通信が静寂に包まれる。次にルクシアの声が慎重に問い返した。


「ナノちゃん……ですか。ノア様がバステオン・アークを秘匿しないとお決めになるのであれば、連れてきても問題ありません。ただ、何か特別な理由があるのですか?」


 ルクシアの冷静な声に、ノアは少し戸惑いつつも続けた。


「実は……ナノちゃん、フロリアさんと戦ったアストリスさんの同胞らしいの……」


 その言葉に、通信の向こうからフロリアの声が割り込んできた。

 明らかに驚きの混じった声だった。


「な、なんですって!?」


 ノアはその反応に気後れしながらも、事の経緯を説明した。


「わからないことが多いんだけど……もしかするとバステオン・アークで解析している転送装置をナノちゃんを連れて行けば何かわかるかもしれないから」


 フロリアは一瞬沈黙したが、やがて慎重な口調で話し始めた。


「確かに、ナノちゃん……変わった子ではありましたが、これまでの接触で敵性反応は確認されていません。それにしても……アストリスと同胞だったとは……」


 ノアは軽くうなずくように答えた。


「うん、彼女が危険な存在だとは思えないの」


 フロリアは少しの間考え込んでから、静かに同意した。


「そう……ですか。ノア様がそうお決めになったのであれば問題ありません。ただし、バステオン・アークに到着する前に、一度ナノちゃんをしっかりと確認させていただきます。それでよろしいですか?」


「ナノちゃんにも確認はするけど、許可がでたらもちろんお願いね」


 ノアはホッとしたように微笑み、話を締めくくった。


「それじゃ、ナノちゃんが行けるかどうかはまた後で確認するわね。ありがとう、ルクシアさん、フロリアさん」


 通信が切れると、ノアはしばらくペンダントを眺め、深呼吸をした。

 そしてリビングにいる隼人のもとへ向かった。


 隼人は何かのメンテナンスらしき作業をしながら、ノアの方へ視線を送った。

 ノアが近づくと、彼は顔を上げて軽く笑みを見せた。


「お疲れさん。どうだった?」


 ノアは隼人の隣に腰を下ろし、話を始めた。


「連れて行っていいって。ただ、一度ナノちゃんをチェックさせてほしいって」


 隼人は顎に手を当てながら少し考え込む。


「まあ、そうだろうな。了解。とりあえず、明日にでも王城に行ってナノちゃんに予定を聞いてみるよ」


 ノアは隼人のしっかりした反応に微笑んだ。


 翌朝、隼人は王城へと向かった。

 太陽が高く昇り始め、青空にその荘厳な城がそびえ立っている。

 城門の前には、精鋭の衛兵たちが直立不動で警備にあたっていた。

 隼人は一度足を止め、胸ポケットからレオンハルト王子から授かったバッジを取り出した。


 門に立つ衛兵の一人が隼人を睨むように見た。


「ここは王城だ。何か用か?」

「レオンハルト王子にお目通り願えませんか?」


 隼人はバッジを差し出しながら、穏やかながらも毅然とした態度で言った。

 最初は怪訝そうな顔をしていた衛兵だったが、隼人が持つバッジを目にした瞬間、その目が見開かれた。

 衛兵は息を呑み、慌てた様子でバッジを凝視する。


「こ、これは……!」


 衛兵はしばらく言葉を失い、続けて小声で呟いた。


「王族に重大な貢献をした者だけが授かれる、あの……!」


 衛兵は慌てて門前にある詰め所へと走り去った。

 隼人は門の前で待つように促され、しばしその場に留まる。

 門の外では街並みの喧騒が微かに聞こえるが、この場の空気はどこか特別な緊張感を孕んでいた。


 数分後、衛兵が駆け戻ってきた。


「確認が取れました。どうぞお入りください!」


 その言葉とともに、衛兵は隼人に向かってきびきびと敬礼をした。


「ありがとうございます」


 隼人は軽く頭を下げ、城門を通り抜けた。

 その姿を見送る衛兵に、別の衛兵が小走りで近寄ってきた。


「おい、何だって敬礼なんかしてんだ?」


 新たに現れた衛兵が尋ねる。

 敬礼をしていた衛兵は口元を引き締め、声を低めた。


「この間王城で警備兵と機械が暴走したことがあっただろ?あの件を解決した人らしい」

「ああ、そんなのあったな……、何かできそうには見えなかったが……」


 相手の衛兵は感嘆の声を漏らし、視線を城内に向けた。

 

 王城に足を踏み入れた隼人は、荘厳な廊下と美しい装飾品の数々を目にした。

 そんな中、一人の男性が歩み寄ってくる。

 その人物を見た瞬間、隼人は微笑んだ。


「お久しぶりです、エルバートさん。ナノちゃんの再構築以来ですね」


 隼人に声をかけられた男性――エルバートは、整った顔立ちと落ち着いた佇まいで、柔らかく微笑み返した。


「お久しぶりです、ハヤト殿。王子がお待ちになっておりますので、どうぞこちらへ」


 隼人はエルバートに案内され、豪奢な装飾が施された廊下を進んでいった。

 城内の空気は荘厳で、かすかに漂う香が非日常感を強調している。

 やがて二人は重厚な扉の前で立ち止まった。エルバートが扉をノックすると、中から落ち着いた声が響いた。


「入れ」


 扉が開くと、レオンハルト王子が応接室の中央に設置された椅子に座り、書類に目を通していた。

 顔を上げた王子は隼人を見ると、軽く微笑みを浮かべた。


「ハヤト殿、よく来たな。座れ」

「失礼します」


 隼人は一礼し、王子の正面に座った。

 緊張を隠しつつも、隼人は直接用件を切り出した。


「今日は少しお願いがあって参りました」

「ほう、どんな用だ?」


 王子は書類を脇に置き、興味深げに隼人を見つめる。

 隼人は姿勢を正しながら話を続けた。


「ナノちゃんを連れていきたい場所があるんです。その許可をいただきたくて」

「連れていきたい場所?」


 王子は首を傾げた。


「そうですね……実は、我々があるものを発見したんですが、それが現在は使えない状態なんです。ただ、そのもののルーツがナノちゃんと同じようなので、もしかすると彼女がその装置を稼働させる手がかりになるかもしれないんです」


 隼人は慎重に言葉を選びながら説明した。

 レオンハルト王子は眉を上げて尋ねた。


「その発見したものとは一体何だ?」


 隼人は一瞬言葉に詰まった。

 この世界には理解しがたいオーバーテクノロジーの装置――転送装置について、どう伝えるべきか迷ったのだ。

 少し間を置いて、隼人は言葉を絞り出した。


「申し訳ありませんが、正直なところ、今は詳細をお伝えするのが難しい状況です。ただ、それを解決するためにナノちゃんの協力が必要です」


 彼は頭を下げるようにして丁寧に言った。

 王子は隼人をじっと見つめると、口元に微かな笑みを浮かべた。


「なるほど……、では一つ条件がある」


 その瞬間、隼人の背中に嫌な汗が流れる。


「……条件、ですか?」


 王子は椅子にもたれかかりながら、平然と言い放った。


「私もその場所に同行することだ」

「なっ!」


 隼人は驚きの声を上げ、横に立つエルバートも目を見開いていた。


「王子、それはご無体です!」


 エルバートは強い口調で抗議する。


「どこに行くかも、何をするかもわからない状況で王子を向かわせるなど――とても許可できるものではありません!」


 隼人も内心同感だった。

 バステオン・アークのような場所に王族を連れて行くのは、リスクが大きすぎる。

 しかし、レオンハルト王子はそんな二人の反応に動じる様子はなかった。


「ちょうど手が空いてな」


 王子は悠然と話し続けた。


「セフィロト機関の対応や、王城や村の戦後処理もようやく一段落ついてきたところだ。これ以上、王城に座っているだけでは退屈だからな」

「ですから、王子!」


 エルバートはさらに語気を強めた。


「そのような理由で危険な――」

「わかった、わかった」


 王子は片手を挙げてエルバートの抗議を遮った。


「エルバート、お前も付いてきてもいいぞ。あと何名かの衛兵も付ける。そしてハヤト殿から許可が出たら同行する。それでどうだ?」


 隼人は内心苦笑しながらも、頭を下げて答えた。


「わかりました。では、一度仲間に確認させていただきます」

「いいだろう。確認が取れたらすぐに知らせてくれ」


 王子は微笑みながら言ったが、その瞳には確固たる意志が宿っていた。


 隼人はエルバートに軽く目配せをし、応接室を後にした。

 エルバートは最後まで不満そうな顔をしていたが、隼人もまた頭を悩ませていた。


(これは一筋縄ではいかないな……)

 隼人はそう思いながら、仲間たちへの報告を心に決めた。

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