謎めいた邂逅、金瞳の彼女が語る変革の真実
隼人が剣を納めたのを見届けたアストリスは、満足そうに微笑んだ。
そして、隼人の鋭い視線に動じることなく、少し身を乗り出して言った。
「ちょうどいいわ。あなたに話があるの」
「話だと?」
隼人は眉間にしわを寄せ、警戒心を滲ませながら応じた。
「ええ、いろいろとね。さっきあなたの質問に答えてあげたでしょう?そのお返しと思ってもらってもいいわ」
アストリスの軽い口調に隼人は内心いら立ちを覚えながらも、仕方ないと肩をすくめた。
「わかったよ。それで、話ってなんだ?」
「そうね……場所を変えましょう。表通りのカフェでどうかしら?」
アストリスは軽く振り返りながら、当然のように隼人に着いてくるよう促した。
その様子に隼人はため息をつきながらしぶしぶ従う。
カフェに入ると、アストリスは紅茶を、隼人はコーヒーを注文した。
隼人はメニューを見ながら内心でぼんやりと思った。
(紅茶とコーヒーがあるんだな……意外と普通の飲み物があるんだ)
飲み物が運ばれてくると、二人はとりあえず一口飲む。
アストリスは優雅にカップを持ち上げ、隼人の顔をじっと見つめた。
「それで、本題に入るわね」
アストリスはカップをテーブルに戻し、真剣な表情で隼人に問いかけた。
「あなたって、一体何なの?」
隼人はコーヒーを飲む手を止め、眉をひそめた。
「何なのって、どういう意味だ?」
「ほら、あなた、私が見えてたじゃない。それに私の装備を奪ったり、体が変形したりしてたでしょう?」
アストリスは疑問を口にしながら、記憶を辿るように視線を宙に漂わせた。
隼人は少しだけ言葉を選びながら答えた。
「俺は……機動兵器だ。それが俺の正体だ」
「機動兵器……ね」
アストリスはその言葉を反芻しながら、考え込むように軽く首をかしげた。
「でも、あなたみたいな機動兵器は見たことがないわ。そんな機能を持った機動兵器がどこかにいたかしら……」
「俺は、この世界にはつい最近来たばかりだからな」
隼人はコーヒーを飲みながら、さらりと返した。
その言葉にアストリスは興味を惹かれたように目を輝かせる。
「つい最近?それは興味深いわね」
アストリスはニヤリと笑みを浮かべながら、さらに隼人の言葉を引き出そうとするような視線を向けた。
隼人はその視線を受け流しつつ、内心では彼女の真意を探り続けていた。
隼人がコーヒーを一口飲むと、アストリスは紅茶をカップに戻し、少し身を乗り出した。
「じゃあ次はナノちゃん、だったわよね。あの子のことを聞かせて」
アストリスの声色は柔らかかったが、その瞳は探るような鋭さを帯びていた。
「どうして人間と一緒に行動してるの?あなたはまだ理解できるけど、あの子はどうも人間に協力してたみたいじゃない」
隼人は質問の意図を考えながら、慎重に答えを探した。
少し間を置いてから言葉を選ぶように話し出す。
「そうだな……ナノちゃん――いや、ヴァルゴートって呼ばれてた時もあったみたいだが――一度、敵だったことがある」
「ほう?」
アストリスは興味深そうに眉を上げたが、声のトーンは変わらなかった。
「けど、俺が倒した。そのあとにシステムが再構築されたんだよ」
隼人は簡潔に、けれど核心に触れすぎないように答えた。
内心では、(俺が再構築に介入したことは話さないでおこう)と思案していた。
アストリスは隼人の話に頷きながらも、その目に一瞬だけ鋭い光を宿らせた。
「そう……あなたはヴァルゴートを倒せるほどの強さを持っているのね」
敵意は感じられなかったが、その言葉には隼人の力を見極めようとする意図が透けて見えた。
隼人は表情を崩さずに受け流したが、アストリスはさらに質問を続けた。
「でも、あの姿は何?どうして幼い子供になってるの?喋り方や性格も幼すぎるじゃない」
隼人はその疑問に対しても、慎重に答える。
「再構築された時から、ずっとあの感じなんだ。俺も最初は驚いたが、いまでは慣れたよ」
アストリスは隼人の言葉に少し考え込むような表情を浮かべた。
「前とは全く違うから、驚いたわ」
隼人は、彼女の言葉に少し引っかかりを覚えた。
「ん?そういえば、前に会った時はすぐにヴァルゴートだって判別してたじゃないか」
アストリスはあっさりと答える。
「ああ、それは識別信号よ。ヴァルゴートは識別信号があるからわかったの」
「識別信号……?」
隼人は疑問を口にした。
「そうよ。再構築されても、識別信号は変わってなかったわ」
アストリスはさらりと言い放つ。
隼人はそれを聞いて、一つの謎が解けたような気がした。
アストリスが紅茶を飲みながら言葉を切り上げるように静かに微笑んだ。
「まあ、だからといって、それが今のナノちゃんを否定する理由にはならないけどね」
その一言に、隼人はどこか救われた気がした。
隼人はアストリスの言葉に頭を巡らせながら、次の言葉を探していた。
だが、その前にアストリスが続けた。
「もっと言えば、私自身も昔の私からは想像もつかないほど変わっているわ。『同化』しか知らなかった頃の私なら、こんな風に誰かと対話するなんて考えられなかった」
隼人は半信半疑のまま、問いかける。
「……同化しか知らなかった、だと?それなら、なんで今はこうやって話せてるんだ?」
アストリスは少し眉を上げ、微かに笑った。
「理由は簡単よ。私の中で抑制されていた命令が、ある日突然機能しなくなったの」
「機能しなくなった?どうしてそんなことが起きたんだ?」
隼人は眉をひそめながら問い返す。
「ある時、惑星全体に膨大な力がかかった。それが原因だと思うわ」
アストリスの目が一瞬だけ遠くを見つめる。
「その力は『起動信号』として作用していたわ。でもね、あまりにも大規模だったせいで、私たちのシステムにはエラーが出たみたい。他の同胞たちも、同じような問題を抱えているかもしれないわ」
隼人が転送されてきたときに発生した起動信号の話をナノちゃんが再構成された際に隼人は聞いていたが、その規模の影響がどれほどのものか、想像もつかなかった。
「ナノちゃんも、きっとその影響を受けた一人なのよ」
アストリスは肩をすくめる。
「昔のナノちゃん――ヴァルゴートの頃は、純粋に『同化』を目的に作られていた。今の彼女が持っているような、あの幼い性格や自由な意思なんて、想像もできなかったわ」
隼人はその話に目を見開きながら、思わず声を出す。
「ナノちゃんが……そうだったのか……」
アストリスは表情を変えずに続けた。
「でも、そうなの。彼女は変わった。私も変わった。それがあの『起動信号』のおかげかもしれないし、誰かが意図的に仕掛けた何かかもしれない。でも……その答えは私たち自身でもわからないわ」
隼人は困惑しつつも、アストリスの言葉を一つ一つ噛みしめていくしかなかった。
彼女の話が事実であるならば、自分の知らない場所で、そして自分の知らない時間で、どれほど大きな変化が起きていたのか――その全貌に触れるにはまだ、隼人は圧倒的に知識が足りなかった。
アストリスが紅茶を一口飲み、また微笑んだ。
「人間は変わる生き物だと言うけど……私たちもそうだったのかもしれないわね。」
隼人はその言葉に返すべき言葉が見つからず、ただ黙ってアストリスを見つめるしかなかった。
アストリスがテーブルに置いたカップには、紅茶の残り滴すら残っていなかった。彼女は軽く伸びをし、椅子から立ち上がる。
「ふう、満足したわ。これで、とりあえず聞きたいことは聞けたわね」
隼人もコーヒーを飲み終え、立ち上がる彼女の姿を見上げながら、どこか落ち着かない気持ちでその言葉を聞いた。
「それじゃあ、私は行くわ。またどこかで会いましょう」
アストリスは軽やかに言い放つと、くるりと踵を返してカフェの出口へ向かう。
隼人はまだどこか釈然としない様子で、黙って彼女の背中を見送るだけだったが、ふとアストリスが足を止め、振り返った。
「そうだわ。聞きそびれてたわね」
彼女の声が、軽やかながらもどこか鋭い響きを帯びていた。
「あなたの名前……聞いてもいいかしら?」
隼人は少し驚きながらも、まっすぐにその金色の瞳を見返して答える。
「俺は……ハヤトだ」
アストリスは微笑み、少しだけ視線を落とす。
「ハヤト……ね」
一瞬だけ言葉を噛みしめるような間があったが、すぐに顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「覚えておくわ。またどこかで会いましょう」
そう言い残すと、アストリスは振り返り、カフェのドアを軽やかに開けて出ていった。
隼人はその姿を見送りつつ、何か言いたい言葉を飲み込んだ。
数秒後、隼人はアストリスの後を追う形でカフェを出る。
カフェを出て、彼女が歩いて行った方向に目をやると、その姿が角を曲がるのが見えた。
彼女がどこに行くのか気になった隼人は、曲がり角をのぞき込む。
しかし、そこにはアストリスの姿はどこにもなかった。
人通りの多い大通りに彼女の特徴的な姿は見当たらず、まるで煙のように消えてしまったかのようだった。
「何だったんだ、一体……」
隼人は息を整えながらつぶやく。
彼女の言葉、仕草、その存在そのものが謎に満ちていた。
だが、不思議と敵意は感じなかったことが、隼人の心に微かな安堵を与えていた。
再び通りを見渡した後、隼人は深く息を吐き、足を引きずるようにして家に帰ることを決めた。
「また会うって言ってたけど……今度はどんな形になるんだろうな」
そう独りごちる隼人の足音が、徐々に大通りの喧騒に溶けていった。




