ほらほら、そういうトコだよ。-side 真紘-
真紘はコンビニのビニール袋に入ったペットボトルを開けて渡しながら、翠に近づいた。
「はい。マキちゃんダメそう?」
「ダメそう。サンキュ」
翠に抱きついている茜。脇の下から背中に腕を回して支えている翠。
だいぶ際どいぞ、それ。
付き合ってると思っている人たちは、気にならないだろうけど。
(…え?ついに付き合ったの?オレ何も聞いてないけど?)
「水飲め水」
「んー、だいじょぶらよー」
「んなワケあるかアホ」
甲斐甲斐しく、茜に水を飲ませる翠。
同僚たちは翠が面倒見てるならいいだろうと、二次会へ向かうなり解散するなり、あまり気に留めていない。
「どうする?マキちゃん結構遠いよね」
「ウチに連れてく」
茜と仲の良い女性はもう帰ったか、不参加。
誰か別の男に任せるなんて論外だろう。
茜も翠の家に行ったことはあったはずだ。
ーーーいやぁ、でもさぁ。
「川嶋くぅん、2次会は?」
「コイツ連れて帰るんで不参加で」
「手伝おうかー?」
「お気遣いどーも。タクシー使うんで大丈夫です。」
でもぉと食い下がろうとする野原を相手にせず、翠はタクシーを止めて茜の肩の下に腕を入れて支えた。
「真紘、肩貸して」
「あ、うん」
タクシーに乗るまで肩を貸して、水をビニール袋ごと渡して、茜と翠を見送った。
隣には悔しそうな野原静。
あーあ、知らないよぉ…
真紘は心の中で呟いた。
◆◇◆
仲良い同期、同じ本社勤務の存在感のある2人。
同期である以上に気安く付き合えて、苦楽を共にしてきた。
陰と陽といった感じで、一見真逆の性格なのに、軽い掛け合いは聞いているだけで楽しい。
2年くらい前だったと思う。
茜は残業で後から合流するからと、真紘が翠と2人で飲んでいたときだ。
「告白してもはいはいって流されるし」
「ふうん」
「でも抱きしめても嫌がらないし」
「ほう」
「あーちゃんが作ってくれるご飯めっちゃうまいし、超可愛い…」
「結局惚気んのかよ」
切ない片想いを語っているはずなのに、惚気と言われる。
「何なの、結局“あーちゃん”はセフレなの?」
「う…そんなんじゃ…」
ないと思いたい。
週の半分以上会ってるし、他に好きな人もいないと思うし、抱きしめたりしても嫌がらないし…
「たまに好きって言ってくれるし…」
「ヤってるときの好きは意味なんてねーよ」
「ち、ちがうよぉ…」
真紘が寝てるときに好きって言ってくれることがある。
恋人ってことじゃダメなのかなぁ。
なんだかんだ言って、翠はトマトジュースのカクテルをチマチマ飲みながら、ハイペースで飲む真紘に付き合ってくれるのだ。
「そういや翠の彼女って」
「別れたよ」
「えっ!?」
「バーでナンパされただけだし、そんなもんでしょ」
「そ、そんなもんなの!?」
ポケットのタバコを探しかけて、手を止めた翠。
舌打ちとともに彷徨わせた手でグラスを取り、ゴクリと赤い酒を煽った。
「3ヶ月続いたのが奇跡」
「へ、へぇ…」
「まー、お子ちゃまな真紘にはわからないか」
「……いや確かにわからないけれども?」
翠はたぶん、モテる。目立たないよう上手く空気に馴染むがキレーな顔立ちとおしゃれさも相まってクールだし。
表情の変化がなくわかりにくいが、そこがまたいいらしい。
恋のカケヒキってやつもきっとたくさんやってきたんだろう。
仕事もできる。
表情も変えずに対応するが、トラブルのときの場を掌握する力。顧客や上司への交渉力。
他部署から見てそうなのだから、相当な実力なのだろう。
AIなどと呼ばれていることを本人は知っているのだろうか。知っていても興味はなさそうだが。
某有名大学を出ているらしい。趣味でプログラミングをしていて、なんかの賞を取ったとか。詳しく覚えてないけどすごいらしいと、先輩が言っていた。
困ったら翠に頼れとまで言われている。
そのAIが、唯一人間らしいのは同期である茜と話している時だ。
いつもの穏やかに見せて冷たい顔はどこへやら、面倒くさそうな表情を隠しもせず、時折笑顔さえ見せて、気安く付き合っている。
茜は茜で、キツい物言いを意にも介さず、翠に懐いているのを隠さない。
「翠ってマキちゃんのこと好きなの?」
「彼氏持ちに興味ない」
そんなわけない、ではなく、茜に彼氏がいるから、かぁ。
無駄なことをしたくない、翠らしいけど。
でも、翠は彼女ができてもあまり茜には言わない。
真紘にも全てを言ってはいないのだろうが、茜には聞かれても答えていないことがままある気がする。初期の頃は茜にも多少は話してた。
別れたって話は、茜にも比較的しているのを見る。
それって、さぁ。
「そっかあ」
茜に同じこと聞いたときも「えー真紘までそんなこと言うー?私これでも彼氏いるんだけど!そんな欲求不満に見える!?」と笑い飛ばされた。
翠が嫌、じゃなかった。理由が。
「タバコやめたんだね」
「世は喫煙者にキビシーからね」
「喫煙所全然ないってみんな言うねー」
真紘は知っている。
禁煙を始めたのは、タバコの煙で茜が咳き込んでからだと。
今でこそ全く症状はないが、茜は小さい頃喘息持ちだったらしい。
「気にしないで吸ってー!」なんて茜は言っていたが、流石の翠もそれは忍びなかったらしい。
茜から彼氏の話を聞くこともあるにはあるが、わざわざ自分からは話さない。
というより、それ以外の楽しい話で盛り上がってしまう。
大学からの付き合いの彼氏というのは聞いた。
趣味が合うと言っていたから、きっと友達のノリなのかなと予想はしているが。
「お待たせー」
「おせーよ」
「疲れたー!タコの唐揚げ食べたーい」
4人席の、翠の隣に迷わず座る茜。
ーーーほらほら、そういうトコだよ。
きっと無意識だろうが、翠が何となく隣を空けていたことにも気づいてしまう。
真紘の方がガタイがいいことも、なくはないだろうが。
「荷物もらおうか」
「ありがと!」
真紘は茜の荷物を受け取り、自分の隣に置いた。
まあ、だからって、本人にその気がないのに消しかけて誰かが傷付くのは本意ではないし、真紘は親しい同期としてそれ以上何も言わないことにしていた。
そうして件の飲み会の翌週、あからさまに気まずそうにギクシャクしている茜を見て、頭を悩ませた。
(どうするのが正解だったんだよ、あれ。)