何もしてないよね…?
心の整理がつかないまま、月曜日が来てしまった。
メッセージを送る勇気もなく、だからって連絡は必要最小限で最小文字数の翠から、メッセージや電話が来る筈もなく。
どんな顔して会えって言うんだ。
いつもならお昼前にメッセージを送るか、返事がなければ翠のフロアまで迎えに行く。
キリが悪ければ1人で食べるし、そのときエレベーターで誰か一緒になれば混ぜてもらうこともある。
翠から誘いに来ることはほぼないし、お昼さえ会わなければ…と考えていたのは甘かったみたいだ。
「昼行くぞ」
お昼時で人が少なくなったフロアで、ビクリと震えた。
「お、おべんと、持ってきたんだよね…」
ふりかけを混ぜ込んだだけのおにぎりと、サラダチキンと、プロテインだが。
お弁当はお弁当だ。嘘じゃない。
「は?」
「お昼はここで1人で…」
「ちょっと来い」
翠は茜を引っ張って、小会議室を使用中にして入った。
仁王立ちの翠。気おされて縮こまる私。
美人の無表情は怖いのだ。後藤くんの気持ちが少しわかった。
「あのさぁ、言っておくけど、ソファで寝ようとしたら、お前が離さなかったんだからな」
「な」
翠から出てきた言葉は想定外。
「行かないでーここにいてーって」
「そ、そんなはず」
「可愛かったんだけどなあ」
全く記憶にない。
聞いても記憶から出てこない。
「警戒心なさすぎない?」
試すような、その瞳は、なに。
スッと背筋を汗が伝う。
「で、でも、何もしてないよね…?私たち」
「さあ?俺も健全な20代男子ですんで」
「えっ」
「据え膳食わぬはなんとやら」
穏やかにも見える表情で、翠は含みを持たせる。
「本当に覚えてないの?」
一歩私に近づいて、キレーな顔を寄せる翠。
涼しげな目元が、弧を描いたやわらかそうな薄紅色の唇が、余裕そうな口ぶりが、憎らしい。
「だったら!大人なんだからそんなの忘れて!!」
初めて、翠が何を考えてるかわからなかった。
何でも思ったことを言い合える仲だって。
「信頼できる友達だと思ってたのに!」
「俺は思ったことないけどね。友達って」
「ぇ…っ」
間髪を入れずに返ってきた翠の言葉は、心の深いところを抉った。
「男女の友情なんてお前が思ってるほど簡単に成り立たないってこと」
「そ…っか」
つぶやくのがやっとだ。
唇が震える。
「…伝わってる?」
涙が出そう。
大事な友達だと思っていたのに。
友情を否定する言葉なんて、これ以上、聞きたくない。
「よーくわかった!」
じんわりと視界が滲む。
「これからお昼1人で食べる」
「茜!」
私は会議室を飛び出すと、階段と駆け上がって、女子更衣室の中に駆け込んだ。
「お昼、一緒に食べるの、楽しみにしてたのにな」
私だけだったのか。
他愛のない会話をして、たまに仕事のグチを言って、バカなこと言って笑い合って、突っ込まれ、週末に飲みに行ったりして。
楽しいと思ってたのも、心地いいと思ってたのも、同期仲がよくて、いいメンバーに恵まれたなって思っていたのも。
更衣室のイスに膝を抱えて座る。
滲んだ涙は袖でゴシゴシ拭いた。
「…私だけかあ…」
凹む。
一番仲良い同僚だと思っていたのに。
翠も、それなりに楽しんでくれていると、信じて疑わなかったのに。