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同期の君が言うことには  作者: 卯月はる
気の合う同僚?
6/29

クラクラしてきた


夕方から雨が降るなんてニュースでは言っていた。


朝から、降る前に帰りたいねと同僚たちが口にする中、私は早く嵐が去るよう祈った。


ゴロゴロ…ピシャーーー!


ひどい土砂降りだ。


トイレにでも逃げ込んでやり過ごそうとしたのに。


一際大きい雷の音に足がすくんで、廊下で蹲ってしまった。


耳を塞いでも震えてしまう。


怖い。動けない。やだ。誰か。


「何やってんの」


肩を叩かれてどうにか顔を上げると、


「す、い…」


「わ」


よく見知った顔に、考えるより前に飛びついていた。


「何だよ」


尻餅をついた翠の胸に、耳を塞いだままで顔を埋めた。


「立って」

「あっ」


グイッと脇に手を入れて立たせると、翠の肩に腕を回させて私をズルズル引っ張って行く翠。私はただ、力の入らない足を縺れさせながら引き摺られていく。

バタンとドアが閉まって、カビ臭い部屋に入った。


資料室だろうか。


ベンチに座らせられて翠の匂いがしたかと思うと、目の前が暗くなって、体温に包まれた。


「んぎゃ」

「色気よ」


翠のカーディガンを頭から被せて、耳を塞ぐ私の手の上から頭に腕を回したらしかった。


「雷ダメなんだ」


私は抵抗らしい抵抗もできず、翠の肩口に乗せた頭を縦に振った。

華奢に見えて、しっかりした肩、骨ばった腕、聞き慣れた低い声。


「カワイーとこあるじゃん」


安堵でボロボロと出てくる涙が翠の服に吸われて行っても、遠くで雷の音が聞こえてビクリと震えても、翠は私を離さなかった。


「夕方には上がるって。傘ないから早く上がってほしいね」


しゃくり上げる私の背中を宥めるように撫でるから、息が、吸い込める。

肺いっぱいに翠の匂いが広がる。


ジュニパーベリーの、スパイシーな香り。


よく知った翠の匂いに安心した。


同時に、脳の芯が痺れるくらいクラクラしてきた。


「し、ごと…」

「は、余裕だねぇ?無理だろその状態で。」

「でも…」

「俺今資料探すって言ってサボり中だから、共犯な」

「え…」

「見つかったら一緒に怒られて」


雷は遠くに行ったのに、今は雨の音だけが聞こえているだけなのに、翠はそのまま私を抱きしめていた。


「普段どうしてんだよ、これ」

「イヤホンして、布団から、出ない…」

「はは、難儀だねぇ」


私も私で、カーディガンを被ったまま、何でか「もう大丈夫」の一言を言い出せない。


翠がトントンと背中を叩くまで、翠に体を預けていた。


「…そろそろ戻るか」


頭に被せたカーディガンを取ってやっと見えた翠のキレーな顔に、怖かった気持ちも忘れて、顔が緩んだ。


「ありがとう」


髪を軽く整えてくれる翠は、ちょっとだけ口角を上げて、私のほっぺをふにっとやわらかく指ではさんだ。


「ひっでぇ顔」

「あ!ど、どうしよ…」


安心して忘れかけていたが震えて泣いてしまったし、大して化粧していないとはいえ、目も鼻も真っ赤だろう。


「顔洗って帰れよ。定時過ぎてるからそんな人いないだろうし」

「え!?いつのまに…ご、ごめん…」

「ん」


カーディガンを羽織りながら資料室を出る翠に続く。


「あ、川嶋さ…」


タイミングよく通りかかったらしい、後藤くんと目が合ってしまった。


ポカンと私の顔を凝視する後藤くん。


ひどい顔見られちゃったな。


「何?チェックなら置いといてくれればいいのに」

「あ、えっと、今日中に仕上げたくて」


翠にトンと肩を押されて、私は心配そうな後藤くんを通り過ぎてトイレへ向かった。







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