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同期の君が言うことには  作者: 卯月はる
気の合う同僚?
3/29

もったいないなー


去年の秋ごろだった。


「…何?わかんない。まとめて」


涼しい顔でパソコンに向かいながら、隣の席の後輩の後藤くんの話を聞く翠。その手は忙しなく動いている。

後藤くんはひょろりと長い手足を縮こまらせて、翠の隣に立っている。


メッセージは未読のままだったから、お昼のお誘いに来たら、システム部はバタバタだった。


「はあ…確認するから俺に送って。」

「ひっ、は、はいっ」


トラブルだろうか。

この分だと翠とはお昼には行けなさそうだ。そっとその場を去ろうとしたところで、会話が聞こえてきた。


「エラー抽出何分でできる?」

「さん…40分…」

「10分でやって」

「は、はい…」

「ちょっと翠、そんな言い方したらできるものもできないよ」


つい見兼ねて口を挟んでしまった。


だって、後藤くんはまだ入って半年くらいで期待の新人なのだ。優しくていい子で頑張ってるのにそんなキツく言わなくてもっておせっかい。

私にちらりと一瞥をくれて、


「…なるべく早くやって。」


ビクビク怯えていた後藤くんに多少優しい口調で言い直した。


「昼行けない」

「う、うん、エナジーゼリーとか買ってくる?」

「うん、エナドリもー」

「わかった!」


ゆるい口調とは裏腹に、両手は忙しなく動いている。すごい。

私はシステム部にいる人数を数えて、コンビニで人数分とちょっと多めにエナジーゼリーとエナドリを買った。


「サンキュ」


翠の好きな味のゼリーとエナドリは翠のデスクへ置いた。


そして、あわあわして手持ち無沙汰そうな後藤くんに手招きして、みんなの邪魔にならないように、タイミング見て渡してあげるようお願いした。


なかなかのトラブルだったらしく、各フロアでバタバタしていた。


常に手を動かしながら翠は方々に指示を出し、夕方には収束させたらしい。


帰りにチラリと覗くと、後藤くんにめちゃくちゃお礼を言われた。ほら、やっぱりいい子だ。それを聞いた他のスタッフたちにも、お礼を言われた。


お力になれたようで何より!


夜に出張先から飛んで戻ってきたシステム部の部長が「いやー川嶋くんいなかったら今日で終わらなかったねぇ」と笑っていた。


翠の後輩の後藤くんには、何やら懐かれたらしい。

甘党らしく、よくお菓子をくれるようになった。


ひょろりと細長い体躯に不似合いな、童顔とも言える可愛らしい顔でえくぼを見せて、ふわふわで色素の薄い髪を揺らして。


新作のグミ食べましたー?なんて言ってお菓子をくれる、可愛い後輩だ。




◇◆◇




「翠って、意外と仕事できるんだねぇ?」

「実はそうなんだよ。」

「無気力なだけってこと?いつも本気でやったらいいのに」

「本気でやったらめんどい仕事たくさん飛んでくんだよ」

「そっかなあー」


翌日、各々の仕事を片付け、約束らしい約束もしていないが何となく帰りに落ち合った。


「翠、トラブル好きでしょ」

「うん」

「すごい楽しそうだった」

「そ。疲れたー。飲もうぜ。頑張ったから奢って」

「えー!私も頑張ったから奢ってほしいくらいなんだけど」

「はは。肉食いたい肉」

「焼肉ー?」

「いいね」


何回も足を運んだ会社近くの焼肉屋に足を向ける。


「きゃーお肉!セット適当に頼むね。あとビール。翠はレッドアイ?」

「ないでしょ」

「ここないのか!じゃあシャンディガフね」

「野菜とキムチも入れて」

「はーい」


タッチパネルを私1人で操作するのもいつものこと。翠の好みも食べる量もこの数年でだいたいわかっているのだ。


ふうと一息ついたところで、私は気になったらことを口にする。


「後藤くんに優しくしてあげなよ?」

「優しくも何も…仕事しに来てんだから甘えんな。」

「言い方の問題ー!翠、美人さんだから無表情で言い方キツいと怖いんだからね」


集中してるからなのだろうが、端的に要件だけを伝えられると怖い。遠巻きに見ていた私がそう思うのだから、直接言われた後藤くんはもっと怖かっただろう。怯えてたし。


トラブルのときは仕方なくても、いっつもそれじゃあ周りもやりづらいんじゃないかなあ。


「ああいう子は萎縮しないように、落ち着かせて指示してあげないと。」

「ほぉー。そうやって後輩を懐柔するわけね」

「な、何その言い方」

「だから自分の仕事で手一杯なのに新人教育なんか任されんだ」

「えっ、なんで知ってるの?」


他の営業所配属だった後輩が私の営業部に配属になったのだ。


2年目の可愛らしいが体育会系の女の子。他の新人の教育や仕事の負担を考えて、新人の教育係になったのだ。


「大丈夫なの、キャパ」

「が、頑張る!」

「あのさぁ、頑張ってどうにかなるなら今だって残業してねぇだろ」


店員さんが運んできた野菜を網に乗せながら、翠は呆れて見せる。


「えー!ヤサシー!」

「…うるせえ。焼けた。食え。」

「わーい」


ポイポイっと焼けた肉を私のお皿に乗せていく。

何だかんだ気にかけてくれる優しい同期なのだ。


システム部でも頼りになるから、翠は他の課の女性たちにも人気らしい。


うんうん、わかるよ!前髪長くてメガネだから隠れてるけど、よく見るとキレーな顔してるしね。みんな見る目あるなー!


肉を口に放り込む仕草さえ艶っぽい。


こんなに優しいのに、社内の翠お目当ての女性たちに声をかけられても当たり障りなく会話して、連絡先も教えずサラリと躱しちゃって、今や高嶺の花扱いだ。


それなのに私とは毎日のようにランチに繰り出し、たまに飲みにも出かける。


だからよく聞かれるが、翠はただの同僚で付き合ってないと説明すること多数。


そう言ったら言ったで、翠の連絡先教えてとも言われるし、仲を取り持ってとも言われる。


「ねえ!翠彼女できたの!?森さんから聞いたんだけど!私聞いてないんだけど!」

「森さんって誰だっけ」

「経理の森さんー!」

「ああ、あのちっちゃい子。」

「そう、そのちっちゃくて可愛い子」

「可愛いっつーか…いいや。面倒そうだから彼女いるって言った。何か聞かれたら適当に合わせといて」


翠は、私とは恋バナをする気はないようだった。全く話してくれないわけでもないが、その手の話題を振るとはぐらかされることが多い。


真紘とはしているようなのに。


それに限らず翠は自分の話をあまりしないのだけれど。交友関係も、仕事のことも、興味のあることも。私ばっかり話している。


「…何」


しょんぼりしていたら、顔に出ていたらしい。

お皿に取ったシイタケを箸でつまんで私に見せる。


「シイタケ食べたかった?」

「あ、うん」

「あげない」

「え!今のくれる流れ!!」

「ははっ」


ほんとはこんな下らないことでケラケラ笑ってる普通の男の子なのに。


無表情が多いけど、時折見せる笑った顔はちょっと幼くなる。


高嶺の花になっちゃってるの、もったいないなー。


そう思って翠を好きな女の子と仲を取り持とうとすると、怒られるのだけど。







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