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同期の君が言うことには  作者: 卯月はる
彼氏と彼女
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俺といる…メリットってなに? -side翠-



両親共働きで家にあまりいない。


遅くまでみてもらうためだけに近所の合気道を習わせられた。

年の離れた優秀な兄がいるが、たまに親の代わりに送り迎えしてくれたくらいで、仲良くもなくだからって喧嘩もなかった。

虐待もされないが、期待もされない家だった。


欲しいものは与えられたし、それなりに教育は施されたのだと思う。

幸い、勉強はできたし、だいたいのことは上手くやれる方だった。


ひょんなことから始めたプログラミングにハマり、寝食を忘れて時間を費やした。


大学生になれば、オトナの遊びを覚えた。

大学院まで行かせてくれたことには感謝しているが、実際には殆ど学校には行かずに、持ち前の器用さと積み上げたプログラミングスキルで切り抜けた。


仲の良い家族や友達に囲まれて、健全にスポーツに明け暮れていた茜とは真逆だろう。


純粋ぶるつもりもないし、ひねくれてる自覚は十二分にある。




◇◆◇





「翠の好みって、守ってあげたくなる系なの?」


寝る支度をして、のんびりしていると、茜がそんなことを訊いてきた。


「………さあ」

「何今の間!!やっぱりそうなんだ…」


そりゃあこれまでの好みで言ったら、守ってあげたくなるあざとい計算ができて、恋の駆け引きが楽しめるタイプだ。

少なくともこんな暑苦しく面倒臭くて直球勝負しかできない女ではない。


あからさまに凹まれても困る。


「今は茜だけなんだからいいでしょ」


しょんぼりとしおれている茜を見て、俺の方が拗ねたくなった。


「…茜だって」

「ん?」


一度口を閉じたが、向けられた瞳に、観念して先を続けた。


「元カレがまだ好きなんじゃないの」


何、情けないこと言ってるんだ。


疑ってるわけじゃない。


でもさ。


幸せとやらを願って、あんな可愛い顔する相手でしょ。

俺より付き合いが長くて、茜のことを知ってる奴だ。

…嫉妬しないわけがない。


「ええー?そんなこと思ってたの?」

「………」


なのに茜は夢にも思わなかったって顔。

だから言いたくなかったんだ。


…茜が気付いたら嫌だな、って。


「元カレは友達の延長だったからなあ」

「俺だってそうじゃん」

「うーん。翠は私が付き合いたいと思ったから付き合ったけど、元カレは…何というか、周りに言われて成り行きで付き合ってた友達?みたいな。」


それは、俺に言いくるめられて付き合ったのと何が違うの?

友情に近いとかなんとか茜は身振り手振り説明してるけど、友情で何年も付き合えるもの?


口にしたら惨めになりそうで、やめたけど。


「ぎゅーもちゅーも、したいなって思ったのは、翠だけなんだけど…」

「………」

「それじゃあダメかなあ」


眉を下げて困り果てた顔。


なーにが「疑ってるわけじゃない」だ。バチバチに疑ってるじゃん俺。


「…じゃあそれでいーよ」

「やったあ!」


茜の口から否定の言葉を言わせて、安心している。アホか。

ぎゅっと抱きついてくる茜。


「何、シたいの?」

「もー翠はすぐそういうこと言うー」


額にキスしても、今日はいつもみたいにキスはねだられなくて、茜は俺の肩口に頭を乗せている。


「こうやってぎゅってしてるだけでも幸せなんだからねー?」

「…幸せ?」

「うん。ホッとする。あ、えっちが嫌とかじゃ…ないんだけど…」


幸せ?幸せか。何それ。


俺の戸惑いは気にも留めず、ふふっと笑いながらぎゅーっと回した腕に力を入れる茜。


「…何もしない時間が…?」

「贅沢だよね。落ち着くー」


ただ何をするでもなくくっついている時間が幸せ?贅沢?


…それって、寝顔をただボーッと眺めてる時間、も…?

背徳感?支配欲?


「翠って」


モゾモゾ動いて、俺を見上げる無垢な双眸。


落ち着く?幸せ?


混乱する。


「幸せになっちゃいけないとか思ってる?」

「は」

「なんとなく。私が喜ばなきゃ存在価値ないみたいな?私を気持ちよくさせなきゃ、気持ちよくなっちゃいけないみたいな?」


ドキリとした。

そんなつもりはなかった。


でも、妙に納得してもしまった。


だって、快楽って手に入れるための駆け引きありきのもので。

一緒にいるって何かメリットがあるんだろ?


「アタリ?ひどいよねー、私だって同じように翠を喜ばせたいし、気持ちよくしてあげたいのに、チャンスくれないんだもん」

「…そうなの?」

「そうだよー!こういうのはコミュニケーションなんだからね?まー経験値の差?才能?仕方ないかもしれないけどさー」


プーとわざとらしく頬を膨らませる茜。

言うだけ言って満足したのか、茜はすり寄ってきて楽しそうだ。


「茜の…俺といる…メリットってなに?」

「メリットぉー!?」


目をぱちくりとして、すっとんきょうな声を出す。


それで察した。

ずっと俺はそればっかり考えてたのに。


そうか、茜は損得勘定もせず、同期や後輩の世話をしてたじゃないか。


…何のために?


「一緒にいて楽しいし。あ、全部キッチリ突っ込んでくれるよね。優しい。」

「まあ」

「あとキレーな顔も好き。癒し!」

「うん」


知ってるよ。知ってる。そんなのは。

でもあるだろ、なんか。利用価値みたいなモノ。要るだろ。

存在価値って、メリットだろ?


なのに、茜はちょっと頬を染めて、はにかむ。


「翠といると幸せだよ」


ーーー要らないの?


頭を鈍器で殴られたかと思った。


「あ゛!翠は違うの!?何したらいい?何してほしい?アユミちゃんみたいな美女にはなれないけど!!」


真っ青になって俺に掴みかかる勢いの茜に、混乱したまま笑いがもれる。


「…茜は居るだけでいい…かな」


動揺のまま絞り出した言葉は、やけにしっくりきた。

安心したようにえへへと八重歯を見せる茜。


何かしてあげなきゃと思ってた。なんでだっけ。


ああそうだ、茜みたいに純粋な善意とかなくて、打算で汚れ切っててそれで。


脳がグラグラした。


「…俺って歪んでるのかもしれない」

「そうなの?」


力が抜ける。なんだろう。


そのまま俺は茜を抱きしめて肩に顎を乗せて、重くなった体を預けた。


「さっきの、似合ってた。化粧も服も」

「ほんとー?友達がやってくれたんだ!メイクの仕事してるんだよ。プロすごいよね」


うん、ほんと、茜の良さをよくわかってるねって。口に出した方がいいんだろうけど。

全然違う話をしたのに、その話題に乗ってくれるのは気遣いか性格か。


「それでね、花嫁さんすごく幸せそうだったの。学生時代からいろんな苦労してたから、幸せそうでよかった。もー、新婦の言葉で泣いちゃったよ」

「ふーん」


そして始まる、新婦の可愛さとドレスやら久しぶりに会った人の話。

いかにいい式だったのか、いかに素敵な友人なのか。


可愛い八重歯を覗かせて、全部を俺に教えてくれる。

抱きついてる茜を抱きしめて、俺も体を預ける。


ふうんと興味なさそうな自分の声どこか遠い。ほんとはずっと聞いてたいのに。


俺は、茜が何かしてくれなくても、茜が美味しそうに食べて眠って、隣で無邪気に笑ってれば、それでいい…?


あ、これが幸福感ってやつ?


ーーー茜も、そうなの?


「結婚する?」

「ん?」

「え?」

「え???」

「…は?」


待て。なんて言った?


結婚するとか言った?俺。え?


フワフワしていた思考が急激に現実に引き戻される。


「…待って。ちょっと待って。今のナシ」


信じらんねぇ。


茜から逃れるように引き剥がして、ビーズクッションに埋もれた。腕で隠した顔が熱い。


「あはは、何それ!何で言った本人がびっくりしてんの!」


やっぱり八重歯を覗かせて、お腹いたーいと笑い飛ばしてくれる。


今まで付き合った「好みの女」だったら、怒るか呆れるか。

いや、そもそもこんな失態しない。したことない。相手が茜じゃなきゃ。


「…や、ごめん…流石に付き合って半年だし…」


しかも何予防線張ってるんだ。カッコ悪。ダサ。


自己嫌悪に陥るのに、茜は幻滅も軽蔑もしなくて、えへへーとやっぱり楽しそうで。


「翠が私のことそれくらい大事に思ってくれてて嬉しいな」


見なくてもわかる。目がなくなって、八重歯が覗く笑顔。


「結婚とか意識しちゃうの私だけかと思ってた」


ーーーいいの?カッコ悪くてダサい俺でも。


茜はベッドに座って、手招きをする。


「えへへ、今日は遅いし、明日結婚のことも一緒に考えよう」


出てくるのは拒否でも呆れでもなくて、俺を急かすでも責めるでもない、前向きな言葉で。


あーなんか、これが嬉しいってことかな。


幸せってやつなのかな。


コテンと横になった茜に、抱きしめられるようにして俺も横になった。


茜は俺の髪を指にくるくる巻いて遊んでいる。


「翠のお家にも挨拶行かなきゃねー緊張しちゃう」

「あー…うちはいいんじゃない。そのうちで。放任だし、兄はとっくに結婚してて不良な次男は期待されてないし」

「ええー?」

「自由なもんだよ。小さい頃から共働きで、兄も部活とかで遅かったしね。そーゆー家だよ。」

「じゃあ、さみしかったねえ」

「え…」


茜はたまに、心臓を掴むようなことを言う。


「…さみ…しい…?」

「違った?」


ああ、なんで。


慌ただしく家を出ていく両親。


合気道や勉強でいい成績を修めて、褒めてくれる一言のために必死で練習して。1人、シーンとしたリビングで勉強して。


ーーーそれでも、優秀な兄には敵わなくて、見てもらえなくて。


「…寂しかった…の、かも…」


蓋をした名前もつけられなかった感情を、たった一言で、引き摺り出さないで。


「うん。寂しいのに頑張って、偉かったねえ」


何故だか鼻の奥がツーンとして、隠すみたいに茜の胸に抱きついた。


「く、くすぐったいよーすいー」


茜はこうやって、弱いところ、俺が見ないようにしてきたことを、いとも簡単に拾って抱きしめてくれちゃう。


「ふふ」

「何笑ってんの」

「翠は私のこと鈍感って言うけど、翠も大概だよね。自分の感情ぜーんぜん、わかってないもんねー」


ああ、うん。そうかも。そうなのかも。


トントンと子どもをあやすように、背中を手のひらで叩いてくれる茜。

ちゅっと触れるだけのキスを俺の額にした。いつも、俺が茜にするキスを真似て。


そんなの、いつもはやらないじゃん。


「大好きだよー、翠ー」


なんだか、胸のあたりがあたたかくなった。


ーーーこれが、茜の言う幸せ、ってこと?


フッと肩の力が抜けて、いつもの寝付きの悪さはどこへやら、気を失うかのように一瞬で眠りに落ちた。






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