あの、恋愛の好きで…!
「…どうしたのこんな時間に」
オートロックの部屋番号を押すと、呆れ声。声の主の呆れた顔が目に浮かぶ。
伝えようと思ったらいても立ってもいられなくて、走って翠のところまで来てしまった。
「翠、あの」
上下黒のスウェットというラフな格好で、私を出迎えた翠は、入りなよとリビングに通してくれた。
「ごめん、急に」
「いいけど」
言われた通りリビングのソファに座る。ふかふかで気持ちがいい。
シンプルでダークトーンに統一された部屋だ。
肩で息をしていると、ペットボトルの水を渡された。
「走って来た?」
「う、うん…翠に、伝えたいこと、あって」
無言で漆黒の瞳に先を促される。
「翠のことが好きで…あの、恋愛の好きで…!」
翠の顔が見れない。
震える手を握りしめて、それも見ていらなくて、目をぎゅっと瞑った。
「今更遅いかもしれないけど、付き合ってください…!」
なのに。
「うん。」
翠の返事は呆気なくて、私の方が狼狽えた。
「えっ!?お、驚かないの?怒らないの?」
「まあ」
そんな私を知ってから知らずか、翠はしれっと言い放つ。
「遅かれ早かれこうなるかなって。」
「え」
「いくら茜でも好きじゃなきゃキスはしないだろうし、気づくのも時間の問題でしょ」
翠を傷つけたんじゃないかって、悩んで凹んでたのに!
「考える時間が必要そうだし、押してダメなら引くしかないよね」
「う」
「友達の付き合いの方がお好みみたいだし?」
最近の「いつも通り」の翠を思い出して、意図してやってくれていたのだと気付く。
「そんなにずっとウジウジ悩まないとは予想してたけど、思ったより早かったね」
「ひ、ひどい!ずっと悩んでたのに!!」
「茜を待ってたんだよ。感謝してほしいくらい」
プイッとそっぽを向くが、翠はどこ吹く風。
スリスリと、指で私の頬を撫でる。
「よしよし、拗ねんなよ」
指から逃れるように反対を向くと、肩に腕を回されて身動きが取れなくなる。
「どうしたら許してくれる?」
抱きしめられてフワッと翠の匂いに包まれると、心地よさで拗ねてた気持ちはどうでもよくなる。
クラクラとしてきた。
「…ちゅー、して…」
くすくすと耳元で笑って、私を抱きしめたまま、頬にキスしてくれた。
ーーー違うの、ほっぺじゃなくて。
思っていると、腕を緩めた翠は、あっという間に私の唇を掠め取って行った。
「ねえ、こんな時間に男の家に来る意味、わかってるよね?」
「へ?あ…」
コツンとおでこを合わせて、翠は試すような言い方をする。
その一言で、私は漸く今の状況を把握した。
遅い時間に、翠の部屋で、2人っきり。
「…あ、や、ちが…」
「違うの?」
「す、翠に、早く言わなきゃってそればっかりで」
「うん」
「その、深い意味、は…」
スルリと翠の指が私の顎を掬う。
漆黒の瞳に、キレーな顔に見惚れてしまう。
「ここまで来たら帰すわけないじゃん。ヒントも逃げ道もあげたのに、バカだねえ。」
あわあわしているうちに、ポスンと、やわらかいソファに寝かされる。
「本気で嫌ならやめるけど?」
触れるだけのキスをくれた。
首を傾げて、キレーな顔を直近に寄せて、翠は訊く。きっと確信犯だ。ずるい。
「嫌?」
でも、ここまできても、逃げ道を用意して選択肢をくれる翠は、優しい。
「い…」
「い?」
でもこの、手のひらで転がされる感じも、
「……イジワル……」
嫌、じゃない…
目を見て素直なことは言えなくて、そっぽを向くが、翠はくすくす笑って、額にキスを落とす。
「かわいい」
「かっかわっ!?」
両腕で頭を囲い込まれて、2人分の重みでソファに沈み込む感覚。
真っ黒な瞳に私が映る。
翠しか見えなくなる。
「人には簡単に言うくせに、これだけで照れちゃうなんて可愛いね」
「んっ」
はむはむと、上唇と下唇を順に、やわらかい唇で喰む。
食べられちゃいそうだと錯覚する。
「…す、ぃ…」
空気を求めて開いた唇から舌を絡め取られて、舌を吸われる。
こんなキス、知らない。
心地よくて、その先を、知りたくなる。
息ができなくなって目に涙が浮かんで翠の胸を叩くと、翠は名残惜しそうに唇を離した。
「こことベッドどっちがいい?」
抱きしめて、耳元で囁く。
思考が溶けて、力が入らない。
「…ベッド…」