恋愛もおしゃれも、可愛い子のもの…って
翠は私が落ち着くまで抱きしめていてくれて、タクシーに乗せられた。断ったけどタクシー代も渡された。
そんな女の子扱いなんてされたことない。
あれから、翠は普通だった。
告白も、キスも、なかったみたいに。
私は自分の行動にも触れた唇のやわらかさにも、悶えそうになるのに。
お昼も一緒に行くし、時間が合えば夜も飲みに行く。もちろん、真紘も一緒のこともある。
口説かれもしないし、何事もなかったかのようだ。
そりゃあそうだ。翠は面倒臭いことを嫌う。人の感情は無駄だと思っている節さえある。
私は面倒くさいことこの上ないだろう。
望んだことでしょ?って自分に言い聞かせる。
なのに、寂しくなってしまう。
翠にどうしてほしいんだろう、私は。
注意散漫な私を見かねて、後輩ちゃんが私の仕事を奪って定時で追い出された。
私が仕事教えたのに、たくましく育っちゃって…
感激しながら一人で退社して、だからって何もする気になれずに駅前をとぼとぼ歩いていた。
あー、ベンチに座ってる子可愛いなー。
黒い太いヒールの靴。爪先のネイルはパープル。レザーのタイトスカート。
ふわふわレースのブラウス、ファー付きの白のダウン。明るいフワフワの巻き髪。
どこかで見たことあるような…
「ア、アユミちゃん!?」
「えーっと、まぁくん…真紘の…マキちゃん!」
「は、はい、マキちゃんです!」
「こんばんはぁ」
可愛い。肌白い。唇うるうる。名前覚えてくれてるなんて感激。
…じゃ、なくて!
「事故!腕!もう大丈夫なんですか!?」
「あぁ…すみません、その件は。真紘が心配しただけでかすり傷だったんですよぉ」
ベンチから立ち上がり私に軽く頭を下げた。
「心配しますよ!なんともなくてよかった!」
「お仕事もご迷惑おかけしたんじゃあ…?」
「全然!一緒にやってる案件だったので、クライアントさんに資料渡すだけでしたし!」
「ほらぁ…迷惑かけてるじゃん…」
眉間を押さえるアユミちゃん。
こんな顔見れるなんて、レア!
「すみません、それなのにお詫びもせず。」
「ううん、ううん、アユミちゃんが元気ならいいんです!!」
思わず手をぎゅっと握ってしまった。
手ほっそ!指ほっっそ!!なのになんでこんなやわらかいの!??
え、セクハラになる!?これ!??
手を握ったまま感動と困惑をしていると、アユミちゃんが微笑んでくれた。
アユミちゃんが話してくれた。名前覚えててくれた。可愛かった。
誰かに話したい!語りたい!
……あれ、誰に?
真紘も聞いてくれるだろう。女友達も、同僚も。
でも、興味なさそうに適当な相槌で聞いてくれるのは…聞いてほしいのは。
いいのだろうか。翠に、こんな話をしても。
「マキちゃん?」
「あ、す、すみません…」
アユミちゃんの手を握ったまま、
グゥウゥゥギュルーーー
お腹が鳴った。
「ス、スミマセンンンンンーーー」
は、はずかしい…
「夕飯これからですかぁ?」
「は、はい。どっか寄って帰ろうかなって」
「ちょっと付き合いません?」
「へ?」
「真紘が残業みたいで、暇になってしまたんですぅ」
願ってもいない申し出に、私は唖然とした。
◇◆◇
アユミちゃんのお店のチョイスはすごかった。
広い南国風のお店で、クリスマステイストだ。メニューはよくわからない。
「おしゃれな食べ物がある…何コレ…」
「何がいいですー?」
「ア、アユミちゃんチョイスで…」
「食べられないものはないですか?」
「何でも食べます!!」
「はぁーい」
店員さんを呼んでテキパキ頼むアユミちゃん。
手際のいい美女。ああ可愛い。写真撮りたい。
聞き上手、話し上手だ。話したいことを話せるように質問してくれる。
「わーおしゃれー」
「エッグベネディクトってやつです」
そして美味しい。ナニコレ。卵とろとろしてる。ポテトも美味しい。
「マキちゃんって幸せそうに食べますねぇ。」
感動しながら食べている姿を、アユミちゃんにじっくり見られていたらしい。
私としたことが、色気より食い気…
アユミちゃんはと言うと、食べ方も美しい。
「…アユミちゃんって、真紘と付き合ってるんですよね?」
「あぁ、はい、まぁ」
「毎日こんな美女が見れるなんて幸せだよなあー癒し」
はああとため息を吐くと、アユミちゃんは苦笑い。
なんか、どうでもよくなった。ちょっとピリピリしていたのも、ちょっと落ち着いた。可愛いは正義!
「カワシマスイくんとは仲直りしたんですかぁ?」
「んぁ!?」
耳を疑った。だって、アユミちゃんは、私と一度に行ったイベントで会ったくらいで、面識ないはずで。
「まぁくんから、マキちゃんとスイくんのこと、よく聞いてるんですよぉ」
「ふぇ」
首を傾げ、頬に触れる明るくてツヤツヤでフワフワの髪。
「喧嘩してるみたいってまぁくんは言ってましたけど」
「ええっと、喧嘩…というより…その…」
「告白でもされましたぁ?」
「こ、ここ!!」
「それで、ギクシャクしていると」
「エスパーなの!?」
言い当てられて、声が裏返った。
アユミちゃんは、ニッコリと満面の笑みだ。
「付き合うんですぅ?」
「…翠と私じゃそういう風に見えないでしょ」
「そうですかぁ?」
「アユミちゃんくらい可愛かったら悩まないんだけど」
…あれ?
「それって……イエ、それで?」
アユミちゃんは首を傾げたが、先を促す。
「友達なら隣にいても何も気にならなかったんだけど。翠ってやっぱり美人さんだし、隣にいるのはフワフワ可愛い子の方がいいんじゃないかなって…」
「釣り合わないとか、そんなに問題ですかねぇ。」
あーうん、釣り合う釣り合わないじゃなく…
「だって、翠と並んで歩いてるの、BLって言われてるんだよ!?」
アユミちゃんは驚いて、困ったようにそっぽを向いた。
野原さんに言われた言葉。
いつもなら笑い話なんだけど、今更思い出して凹んだ。
ほら、アユミちゃんだってそう思うんでしょ。
「……プ」
かと思えば、アユミちゃんは堪えきれなくてふき出していた。
「くくく…やだぁ、マキちゃん最高…真剣に言うんだもん…」
アユミちゃんのツボに入ったらしく、しばらく肩を揺らしていた。
「あーおっかしー!2人ともバッチリメイクして禁断の恋みたいな写真撮ってほしーい!」
「あ、アユミちゃんまで…」
「メイクも衣装もスタジオの手配もアタシやりますよぉ…ふふ」
涙を拭いながら顔を上げる姿も愛くるしい。
「そこがクリアできたら、付き合えるってことですかぁ?」
「いや…うーん…」
どうだろう。
「小さくてふわふわで女の子らしい子が似合うと…思ってたからかな…」
「ふぅん?」
「恋愛もおしゃれも、可愛い子のもの…って」
そもそも、自分の感情がわかってない。
翠が大好きなことには変わらないけど、それが恋愛かと聞かれるとわからない。
「キスとハグができたら、好きってことなのかな…?」
「キスしたってことですかぁ?」
「えっ、あっ、…」
「くわしく?」
美女に詰められて、もじょもじょと、誰にも相談できなかったアレコレを話してしまった。
ええー、恋バナってこんな恥ずかしいの!?
「…おまけねぇ…何というか、スイくんって…」
「うん?」
「イエ。上手いなと思って。」
ふるふるとアユミちゃんは首を振った。
「キスまでしといて、迷ってる理由はぁー?嫌じゃなかったんでしょ?」
「…う。」
「他の仲良い男の人とも、キスできますぅ?」
「…できない…かな…?」
アユミちゃんは首を傾げて、運ばれてきたフワフワのベリーたくさんのパンケーキを取り分けてくれた。
これも美味しい。
「アユミちゃんは、どうして真紘が好きってわかったの?」
「んー…参考になるかわからないですよぉ。小学生からの付き合いですし」
「き、聞きたい…!」
ノロケなら真紘から何度も聞いているが、アユミちゃんの話を聞きたい!
「アタシ、ずっとまぁくんに好きな人がいると思ってたんです。清楚で可愛くてまぁくんに似合うなって人。勝てないなぁって思って」
「ええーアユミちゃんが!?どんな美女!」
「買い被りすぎぃ…」
クルクルとミルクティーストローを回し、困り顔。
「アタシの前でしない顔をその人にしてて、お似合いで、相思相愛かもーって思ったら、目の前が真っ暗になったんですよねぇ。」
目を伏せて長いまつ毛が頬に影を落とす。
「好きだって言われても、それがチラついちゃって、逃げてたといいますか…」
作ったわけじゃないアンニュイな表情も、可愛らしい。
「ヤ、ヤダ、こんなハナシしたことないから…」
私がまじまじと見てることに気づいて赤らめた頬を、細い指で覆って照れるアユミちゃん。
かっ、かわ…っ!!
そんなにいろんな表情を!出血大サービス!!
「えーっ!アユミちゃんなら、モテモテだし百戦錬磨で恋バナとか恋愛相談とかめっちゃ乗ってるイメージ!…あーでも!一途な美女!イイ!!」
「…だからぁ、買い被りすぎなんですよぉ。アタシ友達ってほとんどいないですしー恋愛経験なんてないようなもんですしー。こんなハナシする相手いないんですぅ」
「えっ、じゃあ私は数少ない友達ってこと!?うれしー!」
「…ハァ?」
「えっ、えへへ」
しまった。思わず何も考えずに話しちゃう。私の悪いクセ。愛想笑いするしかできない。
はぁーーと、アユミちゃんは頬杖をついて大きい溜め息。
「スイくんも、これが憎めないんでしょうねぇ」
言っている意味が理解できず、首をかしげる。
「ほーんと鈍いですねぇ。アタシのこと友達って言ってくれたからサービスですよぉ。」
ビシッと、ネイルの施された細い指を私に向けるアユミちゃん。
「カワシマスイくんは、キツい言い方しても引かずに仲良くしてくれるマキちゃんのことが」
「え」
「外見とか人の目とかどーーでもいいくらい好きで好きでたまらないんだろうなーって言ったのぉー」
「えっ、えええっ!?」
今度は私が赤くなる番だった。
そんな私に、アユミちゃんは更に
「外見とか人の目を気にしてるのは、マキちゃんの方なんじゃない?」
「あ…」
俺のことはどうでもいいと、私の気持ちを翠は訊いた。
翠を男として見れるかどうかで言ったら…多分もうとっくに男の人として意識してる。
キスもハグも心地好いのを知ってしまった。
翠と離れてしまうのが怖いだけで。
友達なら、翠が他の可愛い女の子を選んでも隣にいられるし。
…あれ?だってそれってまるで。
「好きかわからないって言いますけどぉ、マキちゃん的に『アユミちゃんくらい可愛くても』好きな人に好かれてるか不安になるんですよぉ」
「う…」
「他の女の子にとられちゃっても後悔しないですかー?」
「そ…れは…」
今までだって、可愛い子に仲を取り持つお願いをされる度、ほんとはちょっと嫌だった。でも断る理由は私にはなくて。
翠が嫌な顔すると、安心して。まだ隣にいられるって。
時折する彼女の話も、そんなに大切そうにしてないのを気にならないフリで聞いて。
その嫉妬心もまるごと、友達が心配だからって言い聞かせて。
バカだな。もうそんなのって。
「わ…たし…翠のこと、すきなんだ…?」
思わず出てきた言葉に、アユミちゃんはニッコリと微笑んだ。
「どうしよう」
私翠に拒否と思われても仕方ないことばっかりしてない!?
それで呆れて最近はただの友達として接してたとか?
最近の翠の行動を思い返して青ざめ、居ても立っても居られなくなる。
「のんびりしてる場合ですかぁ?」
「…翠に会ってくる!」
立ち上がる私に、はーいとヒラヒラ手を振るアユミちゃん。
「あ、お会計」
「この前まぁくんのお仕事の穴埋めしていただいたお礼です」
「いやいやいや」
「ダメですぅ。どうしてもって言うなら次はご馳走してくださぁい。カワシマスイくんとのハナシもまた聞きたいですぅ」
財布を出した私を、手のひらでピシッと止めた。
ああもうアユミちゃんかっこよすぎる。惚れ直しちゃう。
この後真紘と待ち合わせるというアユミちゃんに手を振って、私は走り出した。