幸せになるのはああいう女の子
待ち合わせした同期を待ちながら、エントランスのガラスに映った自分を見る。
「うーん、フツウ」
みんな、コレの一体なにがいいのか。
飾り気のない黒髪のベリーショート。
高い鼻、一重瞼で切れ長の眼。薄い唇。
スカートがどうにも苦手で、常にパンツスーツ。太いローヒールのパンプス。
アクセサリーもネイルも、めんどくさくて続かない。
マナー程度の化粧はしているが、ソバカスを消すのはとっくに諦めたし、女らしい印象からは程遠い。
白いワイシャツに包まれた胸はささやか。筋肉質で盛るほどの贅肉もなく、打つ手なしだ。いや、別にいいんだけど。
バレー部だった学生時代の「男の子みたい」という印象から、あまり成長していないのだろう。
「悪い、遅くなった」
声をかけてきた男はシステム部にいる同期、川嶋翠だ。
黒のワイシャツ、白黒の不思議な柄のネクタイ。営業部では見られない服のセンスと自由さだ。
漆黒で自然に流されたストレートのマッシュヘアで、細い銀縁の大きい丸メガネ。
色白で唇はぽってり薄紅色で、よく見るとパッチリ二重で下まつ毛まで長くて、キレーな顔立ちの男だ。
相変わらず美人だなあ。可愛いなあ。本人に言ったら怒りそうだから言わないけど。
メガネは黒縁だったりベッコウだったり、おしゃれに抜かりはない。
仕事中はしていないが、休みの日はシルバーのピアスなどをしている。
筋肉ゴリラの兄と弟を見て育った、体育会系の私の周りにはいなかったタイプ。
キレイなガラス細工みたいで、新卒の型通りのリクルートスーツでさえ小洒落て見えた。
新卒の研修を早く終わらせたい空気がありあり。話しかけられたときこそ穏やかそうな表情を作ってくれるが、基本無表情で近付きづらいオーラがあった。
最初は壊さないようにおっかなびっくり接していたが、話してみると普通の男の子。
切り返しが鋭く、今ではポンポン言い合える親友だ。
同期で漫画やアニメ、ゲームの趣味が合い、よくこうやってお昼の時間をともにする。
「すい!何食べる?ラーメン?唐揚げ?トンカツ?包み焼きハンバーグ?」
「…選択肢コッテリしかねぇな。」
私と同じ営業部の同期、杉下真紘も一緒に行くことが多いが、今日は外回りのようで、翠と2人だ。
最初こそ、付き合ってるんじゃないかとウワサされもしたが、私があまりにも女らしくないためか、同期仲良いねーと言われるようになるのに時間はかからなかった。
入った行きつけの定食屋で、私は迷わず唐揚げ定食を頼み、翠は焼き魚定食を頼んだ。
「わーアユミちゃんSNS更新してるよーはぅ…お美しい…」
「好きだねー」
先日、真紘に誘われて行ったイベントで会ったのは、引退した私の青春、元モデルの高藤アユミちゃんだったのだ。
聞けば、真紘の幼馴染で想い人らしい。
なんでもっと早くに教えてくれなかった。
「顔ちっさかった…スタイルよかった…白かった…ふわふわだった…ねえ?」
「まあ普通に可愛かった。」
「可愛かったアユミちゃん…本物のアユミちゃん…」
「お前はいいのかそれで」
「だってアユミちゃんだよ!?雑誌でいつも可愛く美しく可憐に微笑んでいたアユミちゃんだよ!可愛すぎて毎日SNS見てコメント送ってたんだよ!泣くかと思った…」
「おーそうか」
「ほら、見てくださいよ、この笑顔。家宝ですよ。ぐふふ」
「ヨカッタネー」
「心がこもってない!」
「何回も聞かされてるからな。許せ。」
緊張して声が裏返る私に、にっこり微笑んでくれるのが最高によかった。
元モデルというのが納得の美女と真紘が並んで、一見美女と野獣みたいなのも。
真紘が忠犬のようにわふわふいっているのも。
そして、幼馴染の真紘にだけ、ツンツンしてくだけた口調になるのがまたよかった。
末永くお幸せになってほしい。
そう、幸せになるのはああいう女の子だ。
黙々と食べながら聞いてないフリをして、翠はまあまあちゃんと聞いているのを知っている。
結局話しすぎてかっこんで、お店を出ることになるのはいつものこと。
「コンビニ寄ってい?」
「うん、いってらー」
コンビニの前で待っていると、女性が私の前に立った。
「槙田さぁん」
声をかけてきたのは秘書課の美女、野原静。
ふわふわに巻かれた髪、完璧なメイク、可愛らしいピンクのネイル。
どうやってバランスを取っているのか不思議になるピンヒール。
「川嶋くんも一緒?」
にっこりと、でもどこか物言いたげな視線に気がついた。
うんうん、任せて!
「私仕事抱えてるので、戻らなきゃ。代わりに待っててもらえますか?」
「うん、わかったー」
満面の笑み。
細くてふわふわで可愛い。
私は急ぎの案件もないのに、翠を置いてオフィスへ向かった。
◇◆◇
同期として友達として、私は翠の幸せを願わなきゃいけない。
「オイ。なんだアレは。」
「アレ、とは?」
「しらばっくれんな。面倒くさいんだぞ、断るの」
「気を利かせたんだけど」
「余計なお世話」
「いだだだだ!」
ほっぺをつねるだけつねって、わざとらしく大きなため息をついて、翠は営業部を出て行った。
隣の席の同僚には「相変わらず仲良しですねー」なんて言われた。
私は首を傾げた。
本気で気を利かせたつもりだった。
よく楽しそうに話し込んでるから。満更でもないのだろうと。
わざわざ別フロアの私に文句を言いにくるほど、悪いことをしたつもりはなかったのに。