私はずっと一緒にいたいのに…
カカカカコンッ
小気味いい音を立てて、ボーリングのピンが綺麗に倒れた。
「ナイス!」
戻ってきた翠と入れ替わりに重たいボールを持つ。戻ってきた翠は足を組みながら、余裕だ。
「スペアの次だからな、ガーターとかやるなよ」
「やんないよ!…ああっ」
手元が狂って、溝を走るボール。
「バーカ」
「5本以上倒したら翠抜けたのに!」
「ははっそれでも俺ストライクだから次で離すけど」
「あ!そっか!」
「ほらほら、2投目行っといで」
「うー余裕が憎い!」
あ、楽しい。こういうかけ合い。
最近、翠といるのに上手く話せてなくて、だからボーリング連れてきてくれたのかな。
表面上はいつも通りで、笑ってもくれるし、軽口も叩いてくれるけど、上手く切り返せなかったのだ。
そりゃあそうなるでしょう。
私が、男の人に口説かれたことなんてないからかもしれないけど。
◇◆◇
「今回は勝てると思ったんだけどなー」
「スタミナなさすぎ。最後フラフラだったじゃん」
負けた私が買った唐揚げとポテトを、ベンチに並んで2人でつまむ。コーラは翠が買ってくれた。
平日で人のいないスペースで、夜景がキラキラとゆらめく。
こういうのがいい。
こうやって何でもないことで笑って。
「あはは…は…」
ポロポロと涙が落ちてきた。
「…どうした。」
翠はゴシゴシと袖で私の頬を拭う。
夜景と一緒に、翠の輪郭が歪む。
「今日、すっごく楽しくて」
「うん」
「翠とは、こういうのがいいの。男女とか関係なく、バカ言って突っ込まれて笑ってるくらいがいい。」
付き合わないって言って翠と話せなくなるのも、付き合って友達の気軽な会話ができなくなるのも、飽きられて友達にも戻れなくなるのも嫌だった。
「最近ずっとこういうのできなくって、急に恋愛とか言われても、どうしていいかわかんない」
ワガママなのもわかってるけど、やっぱり翠は大好きな友達で、そんなの選べない。
「だって…私はずっと一緒にいたいのに…」
声が震えた。
「俺だってそうだよ」
「え、え!?」
「ずっと一緒にいたいから、付き合おうって言ってるんだけど」
ぱちくりと瞬きをする。
それに合わせて、ポロンと涙が落ちた。
「まぁ…確かに今まで素行はよくなかったけどさ…」
はあとため息を落とされて、私はビクリ震えてしまった。
「茜は難しいこと考えないで、アホなまま笑ってればいいよ」
「ひ、ひど…」
顔を上げると、翠は怒るどころか穏やかで。
翠の指が頬に触れて、涙をぬぐう。
「茜とバカ話してるのが好きなんだからさ」
白い肌、二重の瞼、やわらかそうな薄紅色の唇。
私を射抜く漆黒の瞳に、見惚れる。
「けど…」
キレーな翠の隣にいて絵になるのは、どんな子だろうって、ずっと…それこそ、初めて会った頃から考えていて。
「…翠は…付き合うなら…フワフワ可愛い女の子の方がいいかなって」
「はぁ?それ、俺が言った?」
「…言ってない、けど…」
友達だから、気後れしなかったけど。
友達だと思ってたから、隣にいられたけど。
一重だし。守ってあげたくなる女の子じゃないし。ちっちゃくないし。背も高くてヒールを履いたら翠と同じくらいで可愛くないし。胸だってなくて女らしくないし。
「俺のことはどうでもよくて、茜の気持ちは?」
「私…?」
「茜が俺を男として見れるかどうか。キスとかハグとかできそうかってハナシ」
矛先が私に向けられて、私はたじろぐ。
「友達から恋人に付き合い方が変わるんじゃなく、友達にキスとかハグのおまけがついてくる感じ」
「おまけ」
「うん、おまけ」
差し出された手に、条件反射でお手をするみたいに手を重ねた。
指を絡めて恋人繋ぎにされる。骨ばった、冷たい手。
「嫌?」
フルフル首を振る。
嫌なわけがない。だって、相手は翠だ。
「…じゃない…」
「じゃあ」
コツンとおでこを合わせられて、至近距離で目が合う。
ふんわりと、翠の、ジュニパーベリーの香りが鼻腔をくすぐった。
「キス、してみてよ」
何バカなこと言ってんのって怒ってもいいのに。
あのとき額に触れた、やわらかい体温を思い出してしまった。
そして思ってしまった。
そのキレーな顔に、やわらかそうな唇に、触れたいなって。
目をぎゅっと瞑って、一瞬だけ触れた唇は、ちょっと冷たくて、思っていたよりずっとやわらかかった。
眼を丸める翠を見て我に返る。
ーーーあれ、私、何して…
「あ、わ、ちが、その…」
「違うの?」
「あの…」
逃げようとした手は、放してもらえなかった。
頬が熱い。耳も熱い。きっと顔は真っ赤だろう。
「キスもできそう?」
羞恥で何も考えられずにコクンと頷いてしまった。
翠はふっと吐息だけで笑って、私の唇をそのやわらかい唇で触れて、角度を変えて何度も喰んだ。
心地よさに、強張った体の力が抜けていく。
「あ、や、なに…」
翠の顔を真正面から見れなくて、おいでと言わんばかりに両腕を開く翠の胸に、飛び込んでいた。
翠の香りに包まれて、とっても落ち着く。
「…騙されやすくて心配…」
「え?」
「何でもない」
ぎゅうと抱きしめられて、心臓はドキドキうるさいのに、なんだか心地いい。
「茜は俺のこと嫌い?」
「う、ううん」
「じゃあ、好き?」
「ん、」
「好き?」
「……好き」
好き。大好き。
それはわかるのに。
「ねえ、付き合おうよ、茜」
繋いだ手と反対の手で私の髪を梳きながら、耳もとで囁く。
しっとりした翠の声。
「俺はずっと一緒にいたいくらい茜が好きで、茜も俺を好きで、キスもハグもできるなら問題ないでしょ?」
そうかな?そうなのかな。
翠の好きと、同じ好きかわからなくてもいいのかな。
キスもハグも、おまけで。
たぶん…心地よいとすら、思ってしまっていて。
そしたら、翠と今まで通りいられるなら、いいのかな。
もう友達は無理だって、翠は言っていて。
今頷かなかったら、それでおしまい?
「……っ」
怖くなって、でも簡単には頷けなくて、また涙が出てきた。
違ったらどうするの?
こんなに中途半端で翠を傷つけたら、私は、立ち直れないのに。
「…ごめん、急かしすぎた」
幻滅されたくなくて、嫌われたくなくて、傷つけたくなくて、翠の背中に回した腕に力を入れた。
翠はそれを、どう受け取ったのだろうか。
友達の好きなら要らないと翠は言った。
この、腕の中を心地よいと思ってしまう“すき”だけで、翠の“恋愛感情の好き”に応えていいのかが、わからなかった。