何もなかったみたいにフツーなの。
「えっ、えええええ!?」
ボーッと電車に乗り、乗り越しそうになりながら家まで帰った。
現実感のないままお風呂に入り、ベッドにダイブしたところで、叫び出したくなった。いや、叫んだ。
「翠が私を好き…?」
何で?
好かれる要素全くない。よね?
友達だと思ったことないってそういう意味?いつから?まさかね…
…にしても。
「なに、流されそうになってんの…」
何が抱きしめてくれたらいいのにだ!
思い出して悶えた。
付き合ってもないのに!!ちょっと好みのキレーな顔だからって私はそんな軽くないでしょ!
情報の処理が進むほどに、羞恥と自己嫌悪が襲いかかってきて悶え、クッションをボフボフ叩いた。
「くしゅん」
バカだ。くしゃみが止まらなくなって窓を開けた。
翠に呆れられても仕方ない。
ひんやりした夜風が部屋に流れ込む。少し冷静になってきた。
冷静になったとろで、どうしたらいいのか、全くわからないのだが。
「…知らない人みたいだった…」
現実感はまるでない。
冗談で片付けるには、翠が真剣すぎた。
◇◆◇
「お昼?午後イチで資料送らなきゃいけなくて。ごめんね」
今お昼を2人きりで食べるには気まずくて、頼みの真紘には断られてしまった。
「翠と仲直りしたの?よかったじゃない」
「仲直りというか…その…」
「杉下ー!さっきの見積もりさー」
途中で呼ばれて、後で聞くねと言い残して真紘は先輩の方へ行ってしまった。
「部長ー!何かやることありますか?」
「あー、いいよ、先週も頑張ってくれたし、お昼は時間通り取って。」
「…はい」
こういうときは願っても急ぎの仕事は舞い込んで来ないのである。
「茜」
ビックゥとあからさまに肩を震わせてしまった。
「昼飯行くよ」
「う、うん…」
こんなことなら、お弁当持ってくるんだった。何翠の言うこと素直に聞いてるんだ。
近くの席の先輩にも「よかったねーいってらっしゃい」と声をかけられた。
これはこれで別の問題が…
「どこ行く?」
「えっと」
翠の顔を見られなくて、ブルーグレーのタボっとしたセットアップのシルエットを目でなぞる。
「この前言ってた中華?」
「あっ、あーー、う、うん。」
あれ、こんなに近く歩いてたんだっけ。
そんな気もするし、近すぎる気もする。
隣を歩きながら、静かに距離を取った。
「茜、自転車」
肩に手を回されて翠の方に抱き寄せられる。
ふわりと香る翠の匂いに、私は思い出さないようにしていた金曜日の出来事を思い出してしまった。
「はわわ」
自転車が通り過ぎた後私は慌てて翠から離れた。
こんなこと、今までだって何度もあったはずなのに。
「はは」
その一連の挙動不審な私を見ていた翠は、クスクスと笑うだけで、何も言わなかった。
ーーーいいね、その顔。もっと俺のこと意識してよ
耳元で囁かれたそれが、リフレインして頬が赤くなった。
寒いから。寒いからだ。薄着で出てきちゃったし。
何食べる?餃子半分する?なんて、なんでそんな、喧嘩も気まずかったのも、…告白も、何もなかったみたいにフツーなの。
意識してるの、私だけみたいじゃない。
…あれ?