仲直りしたくて。
髪を梳く感覚で目が覚めた。
「やっと起きた。」
「すい…?」
眠い目をこする。ここはどこ。
ああ、翠の部屋か。
ベッドに寝たまま肘をついて私を見下ろす翠にぼんやり思い返す。
いろいろ買い込んで戻ったとき、翠は寝息を立てて寝ていた。
相変わらずキレーなご尊顔で。
青白い頬にかかる、髪の毛を耳にかける。
普段はメガネで隠れているまつ毛が綺麗に見える。やわらかそうな唇は、いつもより血色悪くて。
すうすうと規則正しい寝息を立てている翠に見惚れているうちに、睡魔に襲われたところまで思い出した。
「おはよ」
「わ、私寝てた!?」
床に座ったままベッドに突っ伏して眠っていたらしい。立ち上がると肩から毛布が落ちた。
「えっと…すぐ食べれるもの買ってきたから。」
「ありがとう。」
「ええっと、元気なら、私、帰ろうかな…?」
翠は起き上がってベッドに腰掛け、私を見上げる。
「ここまで来ておいて?」
伸ばされた手が、スルリと私の頬に触れる。
「…翠、と、この前のこと、ちゃんと話したくて。その、体調よくなったら時間…」
「寝たから調子いいよ」
それで?と、目で先を促される。
「えっと、翠と…仲直りしたくて。」
「ふうん」
スッと細められる目に怖気付きそうになる。
「あの、でも、翠が私のこと友達と思ってないのもわかったし、憶えてないけど何かしたなら謝りたくて、嫌なとこあるなら…」
「ほーんと、なんにもわかってなくて腹立つ」
二の腕を掴まれたかと思うと、視界が反転する。
「ぎゃ」
目の前に翠のキレーな顔。その後ろには、天井。
「えっ」
「こんなとこまでノコノコついてきて、何されても文句言えねぇぞ」
「…なっ…?」
手はベッドに縫い付けられて、身動きが取れない。
華奢に見えても、翠は男の人で、きっと翠が本気で何かをしようとしたら、私は敵わないんだろう。
レンズ越しではなく、私を見つめる黒い瞳に囚われた。
鋭い瞳は、獲物を見つけた鷹のそれで。
「好きだよ、茜。」
ーーーすき?
翠の匂いに包まれて、クラクラする。
頭の中に靄がかかったみたいに、何も考えられなくて、翠の瞳に囚われて見惚れる。
「わ、わたし、も」
「友達としてとか言ったら怒るからな、この鈍感」
翠は何を言っているのだ。
私だって翠が好きだ。大好きだ。でも。それは。だって。翠は。
顔の横に肘をついて、視線を逸らすことも許されない。
触れ合った体から感じる翠の体温を、私は知っている。
怖がる私を宥めて、抱きしめてくれた腕を。酔った私を抱き止めてくれた胸を。
ああ、なんでそんなの今思い出してるんだろう。
「恋愛対象として、好き。わかる?」
わかる。わからない。どういうこと?
「もう友達は無理だから。俺限界」
唇の触れそうな距離で、身動きが取れない。
この前みたいに、このまま抱きしめてくれたらいいのに。
ーーー違う、そうじゃなくて。
恋愛?好き?翠が?
言葉を咀嚼できずに、頭の中をぐるぐる回る。
「キスもセックスもしたいし、友達の好きなら要らない」
「な、っ!?」
混乱が巻き起こる頭の中、カチリと言葉の意味を理解した。
頬が熱くなる。
警戒心持てって、そういう…
「は、はなして…!」
我にかえって腕に力を入れても足をバタつかせても、絡め取られる。身動きが取れない。
翠はそのまま私を抱きしめるみたいにして、私の耳元で囁く。
「いいね、その顔。もっと俺のこと意識してよ」
でも、翠に限って。だって私は男友達みたいなもので。…え?
「す、すい」
名前を呼んだ声は、掠れて消え入りそうに小さい。
今私をこうしているのは翠なのに、助けを求めるのも翠しかいないなんて。
「その気になったら男は力で押さえ込めんの。」
フッと拘束が解かれた。
起き上がって後ずさって翠から離れる。
頬が熱い。心臓が今さらドキドキと鳴り始めた。
「わかった?」
はくはくと、言葉は何も出てこなくて、私はただ無言で何度も頷いた。
何が起こった?
私はいっぱいいっぱいなのに、翠はベッドの上であぐらをかいて満足気。ずるい。
「早く付き合うって言ってね。俺、気長くないからさ」
「な、んで、付き合う前提なの」
絞り出した声は、泣いてるみたいに震えてた。
翠はニッと口角を上げただけだった。
「泊まって行く?何もしない自信はないけど」
不敵な笑みに、私はふるふると首を横に振って、翠から距離を取った。
荷物を持ってフラフラした足取りで玄関へ向かうと、翠も玄関まで見送ってくれる。
「月曜は弁当持って来んなよ」
くしゃくしゃと髪をかき混ぜて、念を押した。
翠の家から、駅までをとぼとぼ歩く。
「……え?」