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同期の君が言うことには  作者: 卯月はる
気の合う同僚?
11/29

喧嘩ならよかったのに



翠とはしばらく話していない。


年末に向けてちょうど仕事が詰まっていて忙しいからちょうどよかった。


社内もバタバタしているし、翠と居なくてもみんな気にする暇もないようだった。


「マキちゃん、お昼行く?」

「あ…うーん、お弁当あるから」


真紘が気を遣って声をかけてくれるが、翠と鉢合わせしたくなくて1人でお弁当を食べている。

何かを察しているだろうに、困ったように笑うだけで何も言わないのがありがたい。


「槙田さん」


今日もお昼をひとり寂しくデスクで食べようとしていると、珍しくシステム部の後藤くんが私のところまで来た。


お弁当を手に持って、お昼一緒にどうですか?って。

自販機があるだけのビル1階のフリースペースで、人もまばら。


2人でそこへ移動して、お弁当を広げる。


「川嶋さんと何かありました?」

「え…いや…」

「川嶋さんがすげー機嫌悪くて怖いです」

「翠が?」

「鬼気迫る感じで仕事してます」

「…そっか」


なんで?


これは後藤くんに聞いてもわからないことだ。


だからって私とのやりとりのせいとも思えない。


私がいなくて清々してるんじゃないだろうか。それで、スッキリして仕事に集中できてるとか…?


「そんなの理由なんて槙田さんくらいしか考えられないじゃないですか」


そんなはずはない。


周りにどう見えていたとしても、翠にとって、私は取るに足らない存在で。


「お昼も一緒にいるところ見ないし。」

「あー私最近自炊してて」


苦しい。


視線を落とすと、わかめおにぎりと、めんつゆで焼いただけの鶏肉と人参、ブロッコリー。いい感じに半熟のゆで卵。


「お弁当、珍しいですね。」

「う。後藤くんはいつもお弁当?」

「そうですね。料理結構好きで」


すっご。


向かいに座る後藤くんのお弁当箱には、彩り豊かなおかずたち。


アスパラと人参の肉巻き、ひじき、卵焼き、焼き鮭、ミニトマト、きゅうりの浅漬け。


「え!これ自分で作ったの!?」

「ええ、まあ」

「すごい」


美味しそう。うわあ、そんな立派なお弁当の前で自炊なんて恥ずかしい。


後藤くんの前で自炊って言うのちょっと恥ずかしいな。コンビニで買ってくるんだった。


いや美味しいからいいんだ。自炊自炊。


お弁当を凝視していると、何を勘違いしたのか、


「何か食べます?お好きなのどうぞ」

「ひぃえぇいいんですかあ」


いただいてしまった。変な声が出た。


「ええっと、何かいる?お口汚しですが…」

「いいんですか!?」


こんなに本心から出るお口汚しもなかなかないのだが、居た堪れなくて言ってしまった。

かくして、鶏肉の照り焼きもどきと、おしゃれな野菜の肉巻きを交換した。


「うま。後藤くん天才!?」

「お口に合ってよかった。鶏肉美味しいです」


ごめんねえこんなの食べさせてー!と心の中で悶えたが、後藤くんはほんとに美味しそうに食べてくれた。なんていい子なんだ。


「お菓子も作りますよ」

「もしかして、バレンタインにくれたお菓子も手作り!??」

「あ、まあ…」


バレンタイン、堅苦しい部署の上司やらへの差し入れはないが、女子社員同士で楽しむイベントにはなっている。

とはいえ、人気な男性社員はやはりチョコをもらうものである。


私は男子顔負けなほどたくさんチョコをもらう。誰にもらったかわからなくなるから、その場でうずまきキャンディをお返しに渡すことにしている。


そんな中、クッキーをくれたのが後藤くんだった。スノーボール。


「ええっ、あれめちゃくちゃ美味しかった」

「よかったです。」


後藤くんはマメだなあ。翠はバレンタインも興味なさそうだったな。

普段も課全体への差し入れなら一応受け取るが、個人的には受け取らない。


バレンタインだって、直接渡す人は全てお断りして、デスクとかに置かれているものは捨てようとしていた。1年目のとき、もったいないから慌ててもらったなぁ。

甘いものが嫌いなのと、知らない人からもらったものは気持ち悪いとのことだった。チョコに罪はないのに。

仕方ないから私はホワイトデーに翠の食べたい物を奢ってあげるのが恒例行事だ。


だって、高級チョコとかもらっちゃってるし。


…ああでも、こういう私が楽しかったなって記憶も、翠はずっと煩わしいと思ってたのか…


「槙田さん」


いつの間にか翠のことを考えてたら、後藤くんに意識を引き戻される。


「とろけるチョコ、新しい味出たみたいで。僕これ好きなんですよ」


デザートまでくれた。


「おいしー!」


久しぶりに誰かと共有する食事は幸せだった。

一人暮らしだと、こうやって人と食べる時間は重要だ。


「よかった、ちょっと笑ってくれて」

「え?」


思わずチョコのおいしさに感動していると、後藤くんは私の顔を見てニコニコしていた。


「この前、槙田さん泣いてたじゃないですか。それからちょっと元気なさそうだし」

「あーいやそれは…」


あれは雷が怖かったから。

気まずいのは別件なのだ。


「川嶋さんに何か酷いことされたのかなとか」

「ううん、そういうのじゃなくて」

「じゃあ、喧嘩とかですか?」


喧嘩ならよかったのに。そしたら、ごめんねって謝って、いつもみたいにお昼も一緒にいけたのに。


「うーん、翠にとってはただの同期で、付き纏ってて邪魔だったんじゃないかな。」

「そんなこと…は…」


納まるべきところに納まったとでも言うべきか。

後藤くんは顎に手を当ててしばらく言葉を選んでいるようだった。


「…川嶋さんと付き合ってないって本当ですか?」

「え?うん…付き合ってないけど」

「いっつも一緒だからてっきり…」

「ま、まさか!私なんてただの同期だからさ」


言ってて悲しくなった。


そう、同期。

友達ですらなく。


あーあ、これ自分で思うよりだいぶ凹んでるなー。


「…彼氏は?」

「いない、けど…」


私が答えると、後藤くんは少し考える素振りを見せて口を開いた。


「僕、槙田さんが好きです」

「…へ?」


すき?隙?鋤?……好き?


「えええ!?」


驚きすぎて立ち上がって、ガターンと椅子が後ろに倒れた。

まばらとはいえ、周りの視線が気になって、慌てて椅子を起こして座り直した。


「そんなにびっくりします?」


くすくすと笑って、ふわふわの髪が揺れる。


「バレバレだと思ってました」


そんなことない。そんなわけない。

くりくりでえくぼが可愛いなーなんて、頭はぼんやり現実逃避。


「川嶋さんと付き合ってると思ってましたし、諦めてたんです。」

「ごめん、私」

「あー待って待って!まだ返事いいです!」

「もご」


後藤くんが手に持ってたチョコを、口をふさぐみたいに食べさせられた。おいしい。


「もし、僕にまだ可能性があるなら頑張ってもいいですか?」


考えてみてくださいと言われて、私たちはフリースペースを出た。


エレベーターホールで翠を見かけて、回れ右する私に、後藤くんは困ったように笑いながら付き合ってくれた。






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