第2話 無能聖女の旅立ち
「「ご苦労様でした。マスター」」
「こちらこそご苦労様。スケイ、カーク」
そう言って二人の男――スケイリアとカークライトは跪いた。彼らは私がマスターを務める『王国の影』の直属の部下だ。二人とも優秀な部下で、スケイリアは剣での戦闘を得意とし、カークライトは素手での戦闘を得意としていた。
「それで、お父様は何か仰っておりましたか?」
色々と問題のあった先代マスターであるお父様――ムサッシ・ローズから10歳にしてマスターの座を引き継ぐこととなった。彼の問題は天職にあって、彼の天職である『剣聖』は暗部組織である『王国の影』とはもっとも相性の悪いものと言える。
しかし、他に候補者がいないまま先々代が亡くなったことにより、必然的に彼がマスターを引き継いだのが不幸の始まりだった。そんな冬の時代を終わらせたのが私だった。
「ご苦労であった。しばらくはお前の自由にせよ。とのことです」
「そう、ありがとう」
お父様の跡を継いだ私だったが、私が15歳になって成人の儀で天職が『聖女』と出てから生活は一変した。すぐに第一王子であるロベルトとの婚約が整えられ、勇者パーティーへと組み込まれた。お父様は断固として反対していたが、聖女に対する王家の影響力はどうにもならなかった。
「前世の記憶が影響しているのかなぁ……」
私には前世と前々世の記憶がある。前々世の頃は日本と言う国に住んでいて、とあるブラック企業に勤めていた。そこでは日々仕事に追われて結婚どころか彼女を作ることもできない状況だった。
その後、私は過労で死んでしまったのだが、その時に私は自分を大事にしてくれる人と結婚したいと願った。
そうして転生した私は聖女となった。貴重な聖女である私は王国の第一王子と結婚して、とてもとても大事にされた。その結果として、私は後宮と呼ばれるところに閉じ込められてしまった。そこは例えるなら要塞のような牢獄であった。私は外に出ることはおろか、夫である第一王子以外には外部の人間との関ることすら禁止された。
そんな堅牢な後宮にあっても、私は1年ほどで暗殺されてしまった。だが、殺される直前に冥土の土産として聞いた彼の話はとても興味深いものだった。大事にされたことこそ無いものの、色々な国に行ったという話を聞いて、私は自分が求めていたものが何であるのかを初めて知った。そして、それを願った結果、今度は暗殺者として転生したのだった。
「いずれにしても成人の儀に使った水晶玉が原因か……」
聖女の力の一つに『鑑定』の能力がある。この能力自体は『賢者』とか『神官』などの天職でも使えるのだが、これを使うと相手の天職を含めたステータスを見ることができる。この能力で見た私のステータスはこんな感じである。
名前:フローレス・ローズ
年齢:17 性別:女性 レベル:31
力:13 知性:15 器用:48 敏捷:40 生命:35 精神:15 運:1
天職:社畜 聖女 暗殺者
スキル:聖光付与、鑑定、回復魔法1、隠密99、隠蔽99、暗殺:99、ナイフ:52、クロスボウ:65、偽装:72、根性:82
聖女と判定されたのは、水晶玉で見た人間の問題だろうと思われた。特に聖女は教会にとっても特別な天職であることが大きい。人間、見たいものしか見えないとはよく言ったものである。
「そう言えば、『王国の影』は誰が動かしているの? お父様?」
一番ありそうな最悪の想定で訊いてみると、意外な答えが返ってきた。
「先日までは俺たち2人で動かしておりました。今後はマスターと3人で動かしていく予定です」
「えっ……? 自由とはいったい……」
「問題ございません。依頼はローズ家を仲介する形に変更しておりますので、何かあれば先代から連絡が来るようになっております」
「それって大丈夫なの?」
お父様が依頼内容を聞いて大人しくしているのかしら、と疑問に思っていたら、スケイリアが補足してくれた。
「問題ございません。先代が勝手に動こうとすれば、俺たちに連絡が来るように監視をつけております」
「人的リソースの無駄遣いが過ぎるわ!」
しかし、影に来る依頼内容を下っ端に受けさせるわけにもいかないので、妥当な判断だと言えるだろう。
「要するに、私たちが必要ない依頼は他の人に任せて、必要な依頼が来たら私たちが動く。それ以外は自由にして良いってこと?」
「はい、そのような形にしておきました。細かい判断は俺とカークがするので、マスターは重要な依頼を対処していただければ問題ありません」
本当に重要な依頼など早々あるものではないので、完全ではないものの自由にできるということだ。
「分かりました。では旅に出ましょう」
そこまで自由にできるのであれば、前世のころから憧れていた自由気ままな旅に出るのも悪くない。どうせ、重要な依頼ほど期限も長く設定されるため、旅をしながら適当にこなすこともできるはずである。
特に私は前世で散々監禁されてきたのである。その分を取り戻してもバチは当たらないはずだ。
私は前世で聖女になって以来、初めて神に感謝の祈りを捧げた。
「もしかしたら、私の回復魔法が弱いのは監禁されてたせいかも知れないわね。毎日のように神に呪いの言葉を吐いてたからなぁ……」
前世の私の信仰心は監禁されたことにより、あっという間にゼロになった。それでも聖女としての力が失われなかったのだから不思議なものだ。まったく聖女とはいったい……。
そこまで思考を巡らせて初めて、私が前世の記憶に引きずられていることに気付いたので、慌てて話を旅に戻すことにした。
「そう、旅よ。依頼のついでに旅する感じでいいんじゃない?」
私は笑顔で2人に提案した。2人ともそれならば、と頷いてくれた。私はカークライトに旅のための荷物を出すようにお願いすると、彼は虚空から衣装ケースを取り出した。
「マスター。こちらでございます。それから、こちらもお持ちください」
カークライトは一本のダガーを差し出してきた。
「マスターの愛用されていたダガーになります。鞘はローズ公爵家の紋章となっております」
「ありがとう。使わせてもらうわ」
ローズ公爵家の紋章は意外と使い勝手が良かったりする。何よりも髑髏に薔薇のマークは印象に残るらしく、貴族の中には紋章を見ただけで震えあがる者もかなりいる。もちろん、それは我が家が『王国の影』の元締めであるという噂によるものが大きいのだが……。
「うん、特に違和感は無いわね」
私はダガーを鞘から引き抜くと軽く振ってみる。ミスリル製の刃は非常に軽く、久々ではあったが手によく馴染んでいた。ダガーを鞘にしまって腰に差すと、2人の方を向いて微笑んだ。
「それじゃあ、出発するけど、旅の途中は『マスター』は禁止ね。『お嬢様』あるいは『フローレスお嬢様』で頼みますわ。それでスケイは護衛の騎士、カークは執事っていう設定でよろしく」
「「かしこまりました。お嬢様」」
私の指示に2人は恭しく頭を下げる。
「それじゃあ、出発しますわ。最初の目的地はやっぱり港町ね。ってことで、ユーロポートに向かうわよ」
「「はっ」」
こうして私たちの旅は始まったのだった。