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47■苦渋の決断


「なんで魔法のことを知っているんですか?」

「それは大した事じゃないよ。私の身体はね。薬を使って回復をしないように止めているんだ」

「どういう意味ですか?」

「それは……はぁ……はぁ」


 男の呼吸が苦しそうに浅く、速くなる。


 俺は、少しでも楽にしてやろうと男の仮面を取った。


「お父さん?」


 それは真後ろから聞こえた。その声はたぶん、信乃ちゃん。


「……ああ、バレてしまったね。だが、しかたがない。もう私も限界だ」

「お父さん。お父さん……どこ行ってたの!」


 涙を流した信乃ちゃんが彼の元に近寄って、その胸に抱きつく。


「信乃……大きくなったな」


 男は抱きついてきた彼女の頭を撫でる。


 感動の親子の再会といっていいのだろうか? 何かモヤモヤするものを感じる。


 そしてその違和感に気付く。


 男の髪は白髪交じりなのではなく、毛染めをしているだけのようだ。というのも、彼の毛の根元はすべて白髪であった。


 さらにマスクを取ったことで、瞳の色が誤魔化されていたことに気付く。マスクの目の部分には色の付いたガラスが付いていた。そして、この人の瞳は赤色である。


 白髪で紅い瞳。これは、俺たちがよく知っている者の特徴。


 ……そうか、この人が生きているのはグールになったからで、本来ならオレたちの敵。


 でも、信乃ちゃんは二度も助けてもらっている。


 グールは精神に異常をきたすのではないのか?


 とはいえ、信乃ちゃんのお父さん……七塚信雄の身体に何かが起きている事はたしかだ。


 親帆さんとの合体技を使えば、回復能力が増幅され死者すら呼び戻せる。これを使わない手はないだろう。ただ、むっちゃんとの合体でかなり魔力を消費してしまっている。


 ならば、それ以上の人数で魔力共有をすればいい。


「小春、道世、親帆さん。力を貸してくれ」


 俺が何を言わんとしているのかわかってくれたようで、すぐに手を繋いで輪を繋ぎ、魔力を共有する。


 コツはだいぶ掴んできたので、あとはスペシャルな魔法を発動させるだけだ。


 『PerfectHeal』


 全ての傷を癒す大魔法。癌でさえ治す絶大な効果を持つ魔法なのだ。


「頼む!」


 両手を握って祈る。


 だが、その祈りは徒労に終わった。


「なんで?」


 頭の中で小春が悔しそうな声を出す。


「魔法が発動しないのね。……三好さんがサトミくんに何を言ったかがわかったわ」


 親帆さんが真実に気付く。


 そして、魔力共有が切れた。隣に現れた親帆さんが力無く語る。


「父は、グールになってしまったのね。人間をやめたあの人に、回復魔法は通じない」


 その言葉に信乃ちゃんは驚いたように姉を見上げ、そして自分の父の顔をもう一度確認する。


「でも、だったらなんで俺たちを……信乃ちゃんを二回も助けてくれたんだ?」


 俺のその疑問に、七塚信雄がこう答えた。


「それは薬で抑えていたからだよ」

「薬?」

「反社会性パーソナリティ障害を抑える薬だよ。首筋に直接打つ注射だ。といっても、効果は一時的なものだ」

「もしかして、それでグールになった人は救われるんですか?」


 一縷の望みだ。元は人間であり、自分の意志で悪逆非道なことをしているわけではないのだ。七塚さんのように心を取り戻せれば救いはある。


「いや、副作用が酷すぎてこの薬は使えた物じゃないよ。肺と脳に多大なダメージを与える。グールとしての身体に作り替えられていなかったら、とっくに死んでいただろう」

「だったら、命に別状はないんですね」

「そう、死にはしないが……」


 信乃ちゃんの顔が、安堵する。が、次の七塚さんの言葉で彼女は心にナイフでも突き刺されたような気持ちになっただろう。


「薬はもう効かないんだ。効き目は摂取するごとに1時間ずつ短くなってきている。もともと無理矢理自我を保たせていたからな。身体に耐性ができてしまうんだよ」

「七塚さん。薬を最後に飲んだのはいつですか?」

「そうだな、30分ほど前かな。あと数十分で私の自我は消失する。もう薬を打っても効果はないだろう」

「……」

「……」

「……」


 一同が息を飲む。


「あと数十分で私は自我をなくし、残虐性に心を奪われるだろう。そうなったら信乃を守る事はできない。いや、守るどころかこの子を殺すことになるだろう」

「なんとかならないの? お父さん」


 それは信乃ちゃんの悲痛の叫び。


「一時的でも、自我を保てただけ奇跡なんだよ。こればかりは、どうにもならない」

「……っ」


 信乃ちゃんがつらそうに俯く。


「ごめんな、信乃。もう信乃を守れない。けど、こんなにも頼もしい仲間がいるならば私も安心だ」

「え?」

「信乃……私のお願いを聞いてくれるか」

「お願い?」

「私がまともでいるうちに私を殺してくれないか?」


 それは酷な願いだ。


「やだ……やだよ。お父さんはお父さんだよね」

「頼む。私はおまえを殺したくない」

「いいよ。お父さんになら殺されても」

「それはダメだよ。殺すのはおまえだけじゃないんだ。私はここにいる全ての人を殺すことになる。それは親帆もだよ」

「お姉ちゃん……も?」

「そんなことを私にさせないでくれ」

「けど……あたし、そんなことできないよ……できないよ」


 信乃ちゃんは七塚信雄の身体にしがみついて大泣きする。


「信乃にそんな願いをするのは親としては最低よ。信雄さん」


 親帆さんが、悲しそうな顔をしながら七塚信雄を見ている。


「親帆。君は私を恨んでいるのか? 母親と信乃を捨てた私を」

「恨んでなんかないわ。それとこれとは別よ」

「そうか……」

「あなたはどこかでひっそりと死ねばいいの。わたくしたちに関わることなく。だから、信乃を巻き込まないで」

「お姉ちゃん……そんな言い方は……」

「そうだな。私が悪かったな。だけどな、今の私に自死はできないんだよ。グールの本能が、己に致命傷を与えることを避けるんだよ」

「ちくしょう! だったらオレが」


 むっちゃんがいたたまれなくなったのか、自ら名乗り出る。


「ゲンちゃんやめて。わたくしのためにも信乃との間に決定的な溝を作らないで」


 そりゃそうだ。むあっちゃんが父親を殺したら、きっと信乃ちゃんは一生彼を許さないだろう。


「どうすればいいんですかね。先輩」


 小春もいたたまれないのか、不安そうに俺に問いかける。


「ここでまともなあの人を殺したら、それはただの殺人になってしまう。そんなことは誰にもさせない」

「じゃあ、どうするんですか?」


 俺は再び七塚さんに話しかける。


「自我を保つ薬はまだあるんですよね?」

「ああ、ここにある。だが、打ってももう無駄だと思うぞ」


 彼は胸ポケットからパックされた薬剤の入った注射器を何本か出す」


「この人がまともでいるうちにそれで縛って、豹変しそうになったら薬を打つ」


 その案に七塚さんは苦笑いを浮かべる。


「それで効くなら苦労はしない」

「効かなかったのなら、拘束して置き去りにすればいい。道世。おまえのバックパックにロープが入っていただろ?」


 俺は後方にいた彼女にそう問いかける。


「ええ、持っていますけど」

「グールの能力は超回復だけだろ? 筋力が人並みなんだから、そんなに簡単に解けないはずだ。その間に距離をとる」


 誰かが見つけた時には、この人はグール化して娘のことなんか忘れているはずだ。


 そのとき、この人が脅威なのであれば、敵対した人間に殺される。グールの倒し方も共有されているだろうし。


「あまりいいやり方ではありませんね。主」


 珍しく道世が俺に意見をする。


「単純に悪をやっつけるって構造じゃないんだから、しかたねえだろ」

「他に方法がないんだから仕方ないよ。ミッチー……」


 逆に小春が、俺の意見に賛同してくれる。


「信乃ちゃん。それでいいか?」


 俺は信乃ちゃんの方へと視線をむけた。彼女は、無言でコクンを頷く。が、何かを思い付いたようにこう告げる、


「せめて、お父さんがお父さんでなくなるまでお話がしたい。ダメ?」

「信乃。あまりサトミくんを困らせないの」


 親帆さんは、信乃ちゃんを後ろから抱き締める。彼女の目には涙が溜まっていた。血は繋がっていないとはいえ、親帆さんにとっても七塚さんは父親なのだ。


「わかってる。サトミさんがダメって言うならそれに従う。それが約束だから」


 ちょっと前の信乃ちゃんだったら、もっとごねてきただろう。けど、今は俺に従順になってきているな。状況を理解してきている証拠だ。


 けれど、残酷だけど、信乃ちゃんには七塚信雄が変容するさまを見せないといけないのかもしれない。


 そうでないとこの子は、ずっと父親のことを引き摺るだろう。ここに置いていって、誰かに殺されたとしても、生死不明の状態だったのなら、彼女は父親の影を追いかけ続けてしまう。


 そんなことをさせてはダメだ。


「信乃ちゃん。君の望みを叶えてあげるよ。けど、条件がある」

「条件って?」

「七塚さん……君のお父さんが変容した時点で、すぐに立ち去ること。これが守れなければ、すぐに出発する」

「うん、わかった」



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