32■聖職者の仕事
「小春は、他に敵が出てこないか見張ってくれ。道世は小春の護衛をしておけ、俺たちが打ち漏らした敵がこちらにくるかもしれない」
「はい」
「御意」
「むっちゃん、行くぞ」
「おう! ふせっちとタッグを組んで喧嘩なんて久々だな」
「聖衣蒸着、聖衣蒸着」
俺と現喜の二人分の防御魔法をかける。
「なんか身体が光ったぞ」
「防御魔法だ。拳銃で撃たれても無傷でいられるぞ」
「これが防御魔法か」
「俺は右の奴らを相手にする。むっちゃんは左を頼む」
「おう! 任せておけ!」
とりあえずグールなるものの特性を知るために、攻撃魔法ではなく剣技による近接戦闘の準備をする。
俺は、東船橋のシェルターで見つけたマチェットを、腰のホルダーから抜くと右手に持った。
グールの一人もこちらを見つけて向かってくる。
短髪の50代くらいの男だ。髪と瞳以外は普通の人間と変わらない。手には刀のようなもの……というか日本刀そのものを持っていた。
足を止め、相手も2メートルほどの距離を保って対峙する。
相手が動き出し、それを避けようととっさに身体をひねるが、振り上げた刀はこちらの動きを見切ったように右肩を捉える。といっても、様子を見るためにわざと当てさせたのだ。
本来なら上半身をばっさりと切られていたのだが、聖衣蒸着のおかげでまったく問題はない。逆に、敵の方が驚く。
「なに!? 防刃ベストでも着ているのか?」
知能はそれなりにあるようだ。この分だと会話もできそうだな。
「鎌ケ谷のシェルターを襲ったのはあんたたちか?」
「あ? そうか、おまえ、あの食糧を奪いに来たのか?」
「奪う? さらわれた人たちを取り返すだけだろうが」
微妙に会話が噛み合わないな。というか、人間が食糧にしか見えないのか?
「そんなことをすれば、ビーサイドモートさまの怒りを買うことになるぞ」
いつの間にか後ろにもグールの仲間がいた。こちらはキャップを被った40代くらいの男だ。手にはバットを持っている。しかも釘付きの、当たったら痛いどころじゃ済まない武器だ。
「ビーサイドモートってのがおまえらのボスか? どこにいるんだ?」
「それはおまえが知ることじゃない」
そういってキャップの奴が釘バットで俺の頭を殴ってくるが、もちろんダメージはない。
「まさか、おまえもグールなのか?」
「そんなわけないだろ」
同類にされてたまるか。
「ストーン! そいつを抑えろ」
刀の奴が釘バットに命令すると、俺はそいつに背中から羽交い締めにされる。
「今度は一発で首を落としてやる。おまえは危険だ」
そう言って俺の首を切る。が、もちろんそんな簡単に切れるわけがない。
俺はそのまま反撃に出る。羽交い締めにしていた奴を、無理矢理背負い投げのように投げ飛ばすと、唖然とする目の前の敵から、こちらも力任せで刀を奪い取ってそれを遠くへと放り投げる。
「なんてことを! それはビーサイドモートさまからいただいた大切な刀なのに」
「知るかよ」
俺は、目の前の敵の頭部をマチェットで切った。
「一文字斬り!」
ざくりと頭部が地面に落ちる。
頭部を失ってそのまま倒れると思いきや、無くなったはずの頭部が首の付け根辺りから肉が盛り上がり、そのまま再生していった。
地面に落ちたはずの頭も消え始めている。ずいぶんとファンタジーな回復方法だ。
「なるほど、それが超回復ってことか」
たしか、こいつらの弱点は胸にある核だっけ。ゾンビよりは戦いが面倒だが、負けるような相手でもない。
「炎球」
面倒なので全身を燃やすだけ。火だるまになった敵は、転げ回り身体の芯まで燃え尽くすとそのまま灰となる。
「なんだ? 何をした?」
「企業秘密だよ」
「おまえ、絶対殺す!」
釘バットの奴が一時的な昏倒から立ち上がり、俺に向かって走ってくる。
「聖槍」
とりあえず神聖魔法を胸の中心部に打ち込んでみる。
ただ、精度が悪かったのか。敵は止まることなくそのまま襲って来る。核の部分を外したか。
「炎球」
こっちの方が魔力消費も少ないし、全身燃やせるだけ楽である。
と、地道に分析しながら戦っていたら、空から敵の気配が迫ってくる。
グールか?
こいつら飛べるのか? と思っていたら、そのまま地面に落ちてぐちゃりと潰れる。
遠くの方からは、むっちゃんらしき気合いの入った「おっしゃああああ!!」という声が聞こえていた。
「あっちも頑張ってるな」
むっちゃんらしい脳筋の戦い方だ。力任せにぶん殴って、それに魔力で攻撃力が加算されて、敵がとんでもなくぶっ飛ぶのだ。
しかも、心臓の部分にある核を砕いているのだろう、落ちて潰れた敵は回復する気配もなく黒い粒子化して崩れていく。
ある意味想定外の使い方だ。けど、爽快な戦い方ってのはむっちゃんらしいかもしれない。
ん?
銃口か?
「炎球」
物陰から俺を攻撃しようと狙っていた奴に、とっさに魔法を当てる。
難なく倒れる敵。
結局の所、回復能力が厄介なだけで、戦い方は対人戦と変わらない。グールが『脅威ではない』という印象は変わらないか。
「いや、あいつはなんだ?」
奥の方に、一人だけ図体のでかいグールがいた。身長は2メートル近くはあるだろう。
その近くには数匹のゾンビが群がっている。といっても、その中心部にいるグールを攻撃するわけでもなく、おとなしく従っていた。
あれがむっちゃんの言ってた。家畜化されたゾンビってわけか。
「まとめて葬るか……ん?」
ゾンビたちは全部で8体いる。だが、何か違和感を抱いた。
「ゾンビなんて、いくらでも見てきたというのに……そうか」
ゾンビたちは子供なのだ。中には幼稚園児くらいの子もいる。
でも、感染してゾンビ化する確率が高いのは、50代以上じゃないのか?
だというのに、あの中には一人もそれに該当するゾンビはいなかった。
どういうことだ?
俺はデカいゾンビの元へと歩いて行く。
「おい! どうしてゾンビ化した子供がこんなにいる?」
「か、勘弁してください。私はビーサイドモートさまの命令に従っていただけで」
なぜか怯えながら、そいつはそう答える。なんだよ。意外と小心者のグールもいるのか?
「ゾンビ化するのは50代以上の人間なんだろ? 子供の感染がゼロじゃないにしても、どうしてこんなにいるんだ?」
「お助け下さい。私は何も知らないんです」
「知らないわけないだろ。実際に捕まえて従えてるじゃないか」
俺はさらに近づいていく。すると急にグールは笑い出した。
「……ははははは、それはこういうことだよ」
グールは拳銃のようなものを隠し持っていた。懐からそれを取り出すと、引き金が引かれて何かが身体に当たる。
というか、当たった瞬間に跳ね返った。
もちろん、何かしらの攻撃なんて防御魔法で効くわけがない。
「何をした?」
「え? な、なぜ、刺さらない? 防弾チョッキでも着ているのか?」
グールはもう一発、今度は俺の顔を狙って撃つ。が、刺さらずに跳ね返り地面に転がった。
そこで、奴が撃ったものがなんであるかがわかる。
針の付いた麻酔銃の弾のようなもの。たぶん、中に何かしらの薬剤を入れてあるのだろう。
「おいおい、なんの薬を俺に注入しようとした?!」
グール化には薬が必要という話だったが、これは違うだろう。
「おまえ、何者だ? なぜ刺さらない?」
「それよりも、この薬はなんだ?」
俺は転がった注射筒を指差してそう問いただす。
こいつは俺を感染させてゾンビ化させようとしているんじゃないか? あいつの周りにいるゾンビのように。
「私たちの食糧を奪う気か!? ならば力尽くで排除する」
言葉はわかるというのに会話が微妙に噛み合わない。これでは時間の無駄だ。
「炎球」
魔法1つで灰となる敵。こちらの圧倒的な魔法に、抗うこともできない。
結局、図体がでかいだけで、さして強い相手もなかった。
「えっと」
ラスボスらしきグールを葬ったら、おとなしかったゾンビが急に襲って来る。
聖衣蒸着のおかげでダメージはないが、うざいな。
ゾンビといっても、身体が腐っているわけではないため、単純に子供がじゃれ合ってきているようにも感じる。
「だからといって、この子たちを助けられる手段はない」
解毒治癒をかけてからの蘇生は、祖母の時にすでに試していた。
そう、この子たちはすでに死んでいる。だからこそ、神聖魔法が通じるのだ。
「せめて、苦しまずに灰になってくれ。炎球」
一体一体、確実に灰にしていく。それは戦いというよりは火葬と言った方がいいだろう。
こんな時くらい、聖職者としての職業を遂行しよう。
もちろん、これは自己満足でしかない。
だから祈りの言葉は捧げない。




