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21■クレナイヒメ


「……先輩、先輩!」


 小春の声で我に返る。


 自分が触れているのはゴヤマさんの左手、そして、その中指にはアグニの指輪が填まっていた。


「え?」


 これで二度目だ。俺が異世界に置いてきた想い出の品が、再びこちらの世界で具現化する。


というか、よりにもよってこいつなのか? カトリナとは正反対の性格っぽいんだけど。


「師匠? これはなんです?」

「それは魔法を発動できる指輪だ。魔法を習得していないものでも、炎系の基本攻撃魔法を打ち出すことができる」

「うそ? 魔法?」


 ゴヤマさんの目がキラキラと光り出した。そして、左手を天に向けて指輪を嬉しそうに見る。


「魔法を発動するにはイメージが必要だ。呪文はなんでもいい。トリガーとなる言葉を紡ぐだけでいいんだ」


 俺がそう説明すると、道世は巫女舞のような不思議な踊りを繰り出した。


「深淵に眠る炎の輝きよ。燃え盛れば闇に舞い散り、その光は絶望の暗闇を破り、生命を燃やし尽くす。魔力の奔流を糧とし、炎の精霊を呼び寄せ、熱気を湧き立たせ、燃え盛る炎の渦巻きを創り出せ。我が手に宿る力よ、憤怒の炎を解き放て!」


 彼女は指輪のある手を、前方にある看板に向けて突き出す。そして、決め台詞のようにこう告げる。


「インフェルノ!」


 彼女の手からは、俺と同等の魔法『炎球(ファイア・ボール)』が撃ち出され、前方の看板に直撃した。


 俺に近づいてきた小春が、耳元でぼそりと言う。


「先輩。魔法を発動するのに、あんな長い呪文は必要なんですか?」

「いや、『炎球(ファイア・ボール)』程度の短い詠唱で十分だけど」


 本人ノリノリだから突っ込む気にはなれなかったのだが、本来はトリガーとなる短い言葉でよかったのだ。呪文詠唱が自動で組み込まれているマジックアイテムなのだから。


「でも、楽しそうですね」


 小春は幼子でも見るように、微笑ましくゴヤマさんのことを見ている。


「まあ、個性と思えばいいんじゃね?」


 なんか足を引っ張られそうな予感がするのは気のせいか? それでも、防御特化の小春よりは戦闘面では頼りになるだろう。


 魔法の効果に感動して、しばらく放心していたゴヤマさんが、嬉しそうにこちらへ向かってくる。


「し、し、師匠! この指輪はなんですか? まるで宝具ではありませんか。本当に魔法が使えるなんて」

「昔、俺が持ってたものだ」

「え?」

「信じてくれるかどうかはわからないが、実は俺、異世界帰りなんだよ」


 この子はある意味純粋で、悪い子じゃなさそうだ。多少はこちらの事情を話してもいいだろう。


 師匠とか呼んで慕ってくれるみたいだし、俺が口止めしたら命がけで守るはずだ。


 俺はかいつまんで、これまでのことを話した。


「師匠! では、この指輪はお返しいたします。それほどの想い出の品を受け取るわけにはいきません」


 予想通り、わりと根は真面目な子だった。


「実は、俺。指輪なしでその魔法が使えるんだよ。ほら、炎球(ファイアボール)


 さきほどゴヤマさんが魔法で攻撃した看板に、俺も魔法を当ててみる。


「す、すごい!! 魔法を習得されているなんて! まだまだ我は未熟者デス」

「この世界で未熟とか関係ないから。修行しても普通は魔法は使えないって」

「本当にお返ししなくていいんですか」

「俺には必要のないものだよ」

「わかりました。師匠より賜りし宝具。大切にいたします」


 頭を下げてひざまづく。というか、その格好好きだな。俺の臣下でもないってのに。


「大げさだなぁ」

「魔法が使えるようになれば、終末の戦士としても格好がつくというものデス」

「そうなのか?」

「これで師匠をお守りすることもできます」

「自分の身は自分で守れるよ。だからそれは、ゴヤマさんが自分の身を守るために使うべきだ」


 似たような台詞をカトリナから言われたなぁ、と感慨深くなる。


「え? その、なんて器の大きい方なのでしょう」

「いやいや、買いかぶりすぎだって」

「お願いがあります」

「なんだ?」

(あるじ)とお呼びしていいでしょうか?」


 師匠も(あるじ)も、どっちでも変わらない。


「別にいいけど」

「ありがとうございます。我は、(あるじ)に忠誠を誓います」

「……まあいいか」


 小春は『悌』、ゴヤマさんには『忠』の文字が手の甲に刻まれている。これは偶然か? いや、この状況は何かに似ているのだけど……なんだっけ?


(あるじ)。実はもう一つ、お願いがありまして」

「まだあるのか?」

「はい。わたくしのことは『ゴヤマ』ではなく、『クレナイヒメ』とお呼び下さい」

「……はぁ」


 俺は大きくため息を吐いた。


 メンドクサ……。




**



 新しく加わったゴヤマさん。


 本名は五山(ごやま)道世(みちよ)というそうだ。どこにも『クレナイヒメ』の要素はないけどな。まだ小春の方が苗字に『紅』が入っているぞ。


 ちなみに本人曰く、漢字で『紅姫』と書くらしい。


 そんな五山さんが『クレナイヒメ』と呼んでくれと懇願してくる。


「却下。別に親しい間柄でもないし、ニックネームで呼ぶのは早いだろう?」

「いえ、ニックネームではなく、真名。そう真名なのデス」


 おまえ、今思い付いただろ?


「しらんがな。五山さん」

「せめて苗字で呼ぶのはやめていただけますか?」

「なんで?」

「その……あまり格好良くないので」


 まあ、小春からも新しい苗字で呼ぶのはやめてくれと言われてるし……。まあ、それくらいなら妥協してもいいか。


「だったら『道世』でいいのか?」


 女の子の名前呼びは異世界で慣れている。なにせ、あの世界は苗字を持たない平民が多かったからな。


「その名前もなんというか、古臭いというか、平凡というか」


 あー、もう、メンドクセーな。


「平凡ではないだろ。『世界に繋がる道』って意味じゃないか。格好いいぞ」


 こういう子は持ち上げてやればいい。


「え? 格好いい? そんなことを言われたのは初めてで」


 五山さんは顔を赤くして嬉しそうに、はにかんだ。


「それに犬山道節と二文字違いじゃないか」


 たしかあのキャラも火の術を使えたはずだ。


「そ、それはさすがに渋すぎます……」


 はにかんだ顔が一瞬で不満げな顔に変わる。しまった、持ち上げる方向を間違えた。軌道修正しなくては……。


「まあ道世でいいだろ? いい名前じゃないか」

「はい。主がそうおっしゃるなら」


 その後、道世は身の上話を始める。


 彼女はこれまで数々のシェルターを渡り歩いてきたようだ。と、いってもそのほとんどが中二病を発症しすぎて、うざがられて居心地が悪くなったり、あからさまに追い出されたりと、散々だったらしい。


 ただ、少し前に彼女がいたシェルターは『ホード』によって、集まったゾンビたちに壊滅させられたという。


 小春の同じような境遇だ。『ホード』がランダム襲撃説だってのには説得力が出てきたな。


 道世は、わりと修羅場をくぐってきた猛者という見方もできるのだが、中二病ってのがポンコツっぷりを発揮しているような気がする。


「先輩、雨ですね」


 ぽつりぽつりと雨粒が身体に当たる。が、すぐに豪雨となり全身がずぶ濡れの状態なってしまった。


 とりあえず近場の低層マンションに避難し、軒先で雨宿りをする。


「濡れたままはよくないな。洗浄気流(クリーニング)


 俺は自身に汚れを飛ばし、温めて乾燥させる生活魔法を唱える。


「先輩、その魔法はなんですか?」


 一瞬で乾いて綺麗になった俺を見て、小春が問いかけてくる。


「異世界でよく使っていた生活魔法だ。あっちでは風呂はほとんど入れないからな、こういう魔法が重宝するんだよ」

「わたしにもかけてくださいよぉ」

「そうだな。濡れたままだと風邪をひく」


 俺は小春と道世にクリーニングの魔法をかけてやる。


 小春は不思議そうに自分の匂いを嗅ぎながら「あ、これ便利じゃないですか。お風呂入れなかったから、けっこう気にしてたんですよね」

「気にするって?」

「こうやって先輩に近づいても『臭い』とか思われませんし」


 小春が息がかかるくらいに近づいてきて、そう言って笑う。


「お、おお」


 別に匂いなんて気にしないのだけどな……。



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