13■西船橋シェルター
昼過ぎ頃に西船橋駅に到着した。周辺を探索し、その近くにあったシェルターに立ち寄る。
そこは小学校の避難所を使用したオーソドックスなシェルターだと、小春が解説していた。たいていは、学校の敷地内にシェルターを作るそうだ。
看板には『西船橋シェルター fifty storms』と書いてある。
下総中山のシェルターで入手した物資を手土産に、情報交換を申し出ることにする。さらに、缶詰類と10キロの米は重くてかさばるので、それより軽い非常食と交換してもらうことも考えていた。
「すみません。えっと……」
中に入れてもらう為に、門の内側で立っている見張りと思われる男に声をかけることにする。
「だから、ダメだって言ってるだろ」
その強い口調は、初めは自分たちに向けられていると思った。
だが、よく見ると彼の隣には小学生くらいの男の子がいる。その子を叱っているようだった。
「ミコの具合がだんだん悪くなってるんだ」
「それは知っているよ。でも杉崎さんに診てもらったんだろ。彼の言う通りにすれば、いずれ」
「いつ治るんだよ! もうずっと寝たきりなんだぞ!」
「仕方ないだろ。ここは病院じゃないんだし、薬も設備もないんだ」
「だから! アボシのばあちゃんが言ってた世界樹の樹液を手に入れれば」
「ユウマ。そんなのは空想の産物だ。万病に効く薬なんてねえよ」
「べつにシン兄ちゃんに取りに行けなんて言ってないだろ。俺一人で行くって」
「おまえ、ゾンビにビビってガタガタ震えてたじゃねーか」
「もう慣れたよ!」
「とにかくおまえ一人での外出は許可できない。教室に戻ってろ。今日は授業があるはずだ」
「もう、シン兄ちゃんのわからずや!」
男の子はそう言い放つと駆けだしていった。
門にいた男は深いため息を吐くと、ようやくこちらの視線に気付く。
「おや、お客さんかな? それとも避難民?」
「どっちかといえば客ですね。物資と情報の交換が希望です」
「どっかのシェルター民じゃないの?」
「いえ違います」
「まあいいや。イガラシさんに訊くから、そこで待ってて」
男は首から提げたトランシーバーを手に持つと、後ろを向いてそれでどこかと交信をする。
「こちらシンカワ。応答願います」
『こちら本部イガラシだ。何かあった? どうぞ』
「205っす。視認できる範囲に男女2名のみ。どちらも高校生っぽい子供です。オーバー」
『わかった。案内役を派遣する。どうぞ』
「案内役はいつものメイちゃんっすか? オーバー」
「そうだ。到着するまで警戒態勢を解くな。どうぞ』
「ラジャーっす。以上交信終了」
目の前の男は、こちらを向くとこう告げる。
「しばらくしたら女の子が来るから、その子と一緒にリーダーの部屋に行ってくれ」
「わかりました」
**
「大変だったね。本八幡のシェルターは、こちらでも噂になっていたよ」
ここのシェルターのリーダーである五十嵐さんという人が応対してくれた。30代くらいのひげ面のおっさんだ。
俺たちは今、校舎内の会議室のような場所にいる。まずは岩上とのトラブルを大雑把に説明した。
「まだ手下の連中が無事なんで、気をつけて下さい」
「リーダーの岩上は、殺してないんだよね?」
真剣な目で俺を見る五十嵐さん。俺たちが危険な存在じゃないかを探っているのだろう。
「ええ、俺たちにそんな度胸はありませんから。でも、多少ケガを負わせてしまいましたが」
「でも、あれは正当防衛ですよね」
小春が俺に話を合わせてくれる。嘘ではないが、半分は嘘か。殺そうと思えば殺せたのだから。
「なるほど。事情はわかったよ。そうだな……きみたちが望むなら、避難民としてここのシェルターで暮らすことも可能だ。どうする?」
「ありがたい申し出ですが、俺たちは大洗まで行くという目的があるので」
隣の小春に目線を移し、そう告げる。
「大洗? きみたちだけで大丈夫なのか?」
「ええ、ゾンビの動きには慣れてます。あいつらトロいですから、コツさえ掴めば逃げるのも簡単ですし」
再び五十嵐さんに視線を戻すと笑顔で答える。こう言っておいた方が向こうも安心するだろう。
「大洗か……茨城までの道のりを徒歩で行くには相当大変だ。道中、気をつけるんだぞ」
車でもあればいいんだけど、地道に行くしかないだろう。
「はい。あと、食糧を少しわけていただきたいんで、こちらと物々交換できないでしょうか」
俺は背負っていたリュックの中から缶詰と米を取りだして、テーブルの上へと並べる。
「缶詰類はありがたい。イモと乾物ばかりで、味気ない食事が多かったからな。ここらへん周辺の食料品店は漁り尽くしてしまったんだよ」
俺は下総中山のシェルターのことを教える。いちおうゾンビは排除したから、探索すれば物資がまだまだ入手できるからな。
「それが本当なら、物資の情報はありがたい。感謝する」
「俺たちが交換を望むのは、比較的軽くて栄養価の高い非常食です」
のんびりと、たき火で自炊料理を作れるとは限らないからな。
「あ、先輩。非常食だけだと飽きるんで、自炊用にイモでいいんで交換してもらっていいですか?」
小春が口を出してくる。まあ、料理担当がそう言うなら従うことにするか。
「五十嵐さん。非常食とイモ類もいくつか交換できますか?」
「ああ、構わないよ。イモはジャガイモとサツマイモがあるが」
俺は小春の方に視線を向けると、彼女は嬉しそうにこう答える。
「半々でお願いします」
「わかった」
「あと、何か武器があれば交換して欲しいんですけど」
「武器か……」
「俺は近接でなんとかなるんですけど、この子は遠距離武器じゃないときつそうなんで」
俺は、隣の小春をちらりと見る。
「なるほど。まあ、ないことはないが」
まあこれだけの施設を維持しているのだ。物資を調達するのに必要だろう。
「ただで譲ってもらおうとは思っていません。こちらと交換していただければと」
俺は鞄に入っていた手回し式充電器を取り出す。これは、本体についたハンドルを回すことで電子機器を充電できるのだ。
この手のものはいくつあってもいいはずだろう。数が多ければ効率はあがるはずだ。
「おお! 我々としてもそれは欲しい。よし、とっておきの武器と交換してやろう」
五十嵐さんは一度部屋を出て行くと、しばらくして戻ってきた。手にはハンドガンを持っている。
「まさか、本物じゃないですよね」
「国家が崩壊したとはいえ、この国でそう簡単にハンドガンは手に入らないよ。これはモデルガンだ。ただ、ちょっと改造されているがな」
「改造ですか?」
「ゾンビを怯ませるくらいはできるぞ。うまく眼球に当てれば視覚を奪うことできるし、ゾンビが忌避する弾に変更すれば一時的に追い返すことも可能だ」
「ゾンビが忌避する弾ですか?」
「とあるサプリをBB弾状に加工しただけだがな。慣れれば君らでも作れると思うよ」
そう言って、彼はポケットから小袋を取り出す。それは市販品のサプリメントだった。
「なるほど抗酸化作用のあるサプリですか」
「残念ながらゾンビを倒すまではいかないが、お守り程度にはゾンビを退散させられるよ。特別にうちで加工した100発入りの弾をつけてあげるよ」
「すごいですね。ありがとうございます」
「うちにはこういうのを改造できるマニアが結構いるんだよ。まあ、本物の銃には敵わないがな」
俺はハンドガンを五十嵐さんから受け取り、その感触を確かめる。思ったより重いけど、慣れれば小春にでも扱えるかな」
小春にそれを渡してみる。
「あ、はい」
そういって、それを両手で構える。もちろん、人には向けてはいけないってことは彼女もわかっている。
「試し打ちをするなら、そこの壁に撃ってみるといい」
五十嵐さんがそう言って左側の壁を指差す。そこはダーツの的があった。円形で放射線状のデザインのやつだ。
「小春、撃ってみろよ。どうせおまえが使うんだから」
「まあ、そうですね。えい!」
運動音痴を自称する彼女でも、モデルガンの腕前は悪くなかった。
弾は中心よりややズレたところ、いわゆるシングルプルという場所に当たった。
「もう一発。えい!」
こんどは中心部のダブルプルに当たる。あれ? めちゃくちゃ腕がいいんじゃね。たった2発の試射で中心に当てたぞ。
「これはすごいですね。うちのシェルターでも、ここまでの腕の者はいませんよ」
「俺も感心しています。こいつが、ここまでできるとは」
「あはは。ゲーム系ならまかせてよ」
「いちおう射撃ってスポーツなんだけどな」
そのあとの取引は順調に行った。
あとは俺や小春の知らない情報を仕入れておこう。
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