11■ゾンビがはびこる世界でも、やはり敵は人間
朝食は米を炊いておにぎりにし、中に駄菓子のカリカリ梅を刻んで入れる。
うん、米はいいな。異世界ではほとんど小麦だった。それもパンよりも麦粥の方が多かったと思う。
マンションを出発し、西船橋方面へと向かうことにした。小春の情報では、そこのシェルターはまともな運営をしているらしい。情報を得る為に立ち寄る予定だった。
「車でもあればいいんだけどな」
戦争や自然災害が起きたわけでもないので、道路の状態は悪くはない。
「車はいたる所に放置されてますけどね」
そのほとんどが事故をおこして壊れているか、バッテリーが上がってエンジンがかからず、さらにガソリンを抜かれている車ばかりだ。
「ガソリン抜かれているってことは、車を持っている奴もいるんじゃないか?」
「浦安のシェルターは車を何台か持っていましたよ。でも、ほとんどは着火剤代わりにしたり、暖房用の燃料に使ってましたね」
平時なら危険な使い方ではあるが、灯油が手に入りにくい状況ではそれもしかたがないか。
「個人で車を持ってる奴はいないのかな?」
「どうでしょう? メンテナンスができませんし、ガソリンも安定して入手できませんから、変な場所で動けなくなったら致命的ですよ」
ゾンビに囲まれた中で車が立ち往生したら、それはホラーだ。というか、そんな映画があったかもしれない。
しばらく歩くと、小学校らしい建物が見えてくる。場所は船橋を過ぎた辺りだ。
「ここはシェルターじゃないのか?」
学校名が書いてあるところに『下総中山シェルター ニューキャッスル』と看板が置いてあった。
だが、校門は開けっ放し、校舎の窓硝子はほとんどが割れている。とても避難民がいる場所には思えなかった。
「もともとシェルターとして機能していたのかもしれませんけど、ホードの夜に大軍に襲われて崩壊したのかも」
「ああ、なるほどな」
昨日、小春が話していたことだ。それが原因で、彼女は2つのシェルターの崩壊を見ている。
ゾンビ化しなくても、それはそれで地獄な世界だ。
「シェルターは物資を溜め込んでますし、ゾンビはそれには見向きもしないので、一掃できればお宝ゲットですよ」
小春がそんな提案をしてくる。
「そういえば、ホードって30日周期に来るって事だよな?」
彼女は一ヶ月ごとに襲われているという話だ。
「そうですね。でも、まだ二回しか起きてませんし、今後どうなるかわかりませんよ」
「その2回目が起きてからどれくらい経つ?」
「えーと……26日ですね」
「赤い月の夜は満月なんだよな?」
「ええ」
「だとしたら周期は27.3日。いや、満ち欠けの周期は29.5日だったな。ということはあと3日か」
ランダムとはいえ、もしどこかのシェルターに世話になるとしても安心はできない。
だとしたら、対ゾンビの拠点を作って数千体のゾンビを朝まで裁けばいい。そしたら俺たちの勝利だ。
そういや、魔王軍との戦いで『砦作り』に借り出されたよなぁ。あの経験を活かせば、鉄壁の拠点を作れるかもしれない。
と、その前に一仕事するか。
俺はボロボロになった目の前の校舎を観察する。
ガラスは割れ、屋内にはたくさんの不気味な人影が窺える。それはこの拠点へと襲いかかったゾンビたちや、それで噛まれてゾンビ化した人たちが、ぐるぐると同じ場所に滞留しているからなのだろう。
「どこかのシェルターに行くにしても、土産を持っていった方が情報交換はしやすいよなぁ。ただの難民に見られても困るし」
「漁るんですか?」
「そうだな」
「ゾンビはどうします? 昨日みたいにアンデッドを退散させて一掃しますか?」
「昨日はすぐに休む予定だったから魔法を惜しみなく使ったけど、まだ朝一だし……魔力は温存しておいたほうがいいだろう」
「じゃあ、各個撃破ですね。お供しますよ。先輩」
やる気満々の小春。防御の指輪でゾンビに対する恐怖が薄れてきたのだろう。
「いや、小春は校門前で待機してくれ。建物内で囲まれたら逃げ場がないぞ。いくら指輪のチートがあっても、退路を確保できなきゃ意味がない。防御効果の時間切れでケガをすることになる。最悪死が待っているだけだ」
小春はまだ戦闘手段の決め手にかける。なので、歩くサンドバッグ状態だ。
「まあ、足手まといになるってなら、待機しておきますけど」
「悪いな。サクッと漁ってくるよ」
小春にそう言うと、校舎内へと入っていく。
中に入ると、すでに何体かのゾンビがこちらに気付いて歩いてきた。
「地道に行くか」
前もって聖衣蒸着を自身にかけて防御しつつ、目に入ったゾンビは手持ちのナタで斬りつけていくというプランを立てる。
「炎球も使いたいが、建物内だと火事になる危険性が高いからなぁ」
そんな独り言を呟きながら探索を開始した。
ゾンビの数こそ多かったが、それほど難易度の高いものでもない。物資は三階にある校長室に集められており、缶詰などの食糧を持てる分だけ確保する。
さらに、何かないか探してみた。
「お、手回し式の充電器か」
文明が崩壊して間もないから、まだバッテリーが使える機器も残っているだろう。こういうのは持っていると重宝する。
「あと、持ってくとしたらこれか」
次に手にしたのは、大型のマチェット。今持っているアウトドア用の簡易なナタではなく、切れ味良さそうな小型の剣である。
素振りをしてみる。
シュッと空気を切る音が心地良い。
異世界でショートソードを使っていた身としては、とても馴染みやすい大きさだ。
魔法ばかりに頼るのもよくないだろう。いつ魔力が消失して魔法が使えなくなるかわからないのだから。
さらにいくつかの物資をバックパックへと入れていく。
「お、ビーフジャーキーか。異世界でも燻製肉はよく食ったなぁ。ある意味懐かしいぞ。あとは、調味料として固形コンソメがいいかもな。見つけたら入手しといてくれって小春が言ってたし」
持って帰る物資は厳選する。
「これくらいにしておくか」
他の避難者も、ここに漁りに来ることもあるだろう。根こそぎ持っていくのは遠慮した方がいい。
戻る途中で小春が心配になったが、まだ十数分だ。俺がいなくなったあと、すぐにゾンビに囲まれたとしても、物理防御の魔法はタイムリミットとなっていないはずである。
「……せんからね!」
外から小春の興奮した声が聞こえる。そして、何人かの人の気配が。
急いで彼女の元へと向かうと、そこには30代くらいの大男と、半グレっぽい若者の集団に囲まれているのが見えてくる。
「勝手に逃げ出しやがって! 手間かけさせるんじゃねえ!!」
「わたしは、あなたたちの所有物ではありません。あんな所に戻りたいわけないでしょ」
「そうはいかない。女は貴重なんだよ」
「物扱いしないでください!」
小春のその強気な発言に、大男は彼女の頬をひっぱたく。
「おまえに拒否権なんてないんだよ」
そんな状況を見てしまい、瞬間的に怒りがわき上がった。
「……」
だが彼女は無言でニヤリを笑う。大男はそれには気付いていないようだ。まあ、指輪のおかげで物理的な攻撃は効かないから、痛みはないのだろう。
「連行しろ!」
大男が部下にそう指示をすると、小春の腕が二人の男に掴まれる。
一瞬、炎球を叩き込んでやろうかと思ったが、さすがにオーバーキルだろう。かといって人間相手に剣技を使うのはためらってしまう。
ここは筋力強化と防御の魔法で対処するか。
「筋力強化」
一般的な聖職者の武器は、刃の付いていなメイスやモーニングスターだ。どれも力技で相手を倒す武器なので、筋力強化の魔法は神聖魔法にもある。
とはいえ、俺のメイン武器は剣であった。聖職者なのに。
「聖衣蒸着」
魔法で自身を強化すると、一気に小春の元まで駆け出す。彼女を捕まえている男の一人に照準を定め、拳で思いっきりぶっ飛ばす。
「うげぇえ!!」
助走を付けて殴ったので、数メートルほど吹っ飛んでいく。まあ、殺さないように手加減はしたつもりだけどな。
「てめえ、誰だ?」
リーダーらしき大男が俺を睨むと、その取り巻きたちも囲むように圧力をかけてきた。