シアワセ初体験②
そこから先、僕は有頂天モードで飲み食いに突入した。
料理は確かにおいしい。野鳥の丸焼き。羊肉のパイ。豆のスープ。
テーブルには、小さなナイフは並んでいるけれど、フォークはない。この世界には、まだ食事用のフォークがないのだ。食事は手づかみで豪快にやる。スープだって、素焼きのボウルから直に飲む。
エリカ姫も手づかみで野鳥の手羽先をかじっている。気取ったところが一ミリもない。
エリカ姫が、にこにこしながら、僕に何か伝えようとしている。距離があるから、彼女がただ口パクしているのが見えるだけだ。骨だけになった手羽先をぶんぶん振りまわしている。もっと召し上がれ、とか言ってるのかなぁ? はい、はい、もっといただきますよ、僕も。
笛や太鼓やタンバリン。口笛もまじって。祝宴の場はどんどん盛り上がって。勢いで、僕はゴブレット三杯くらい飲み干して。
あっちこっちで(僕も含めて)満腹ゲップがもれるころ、楽団長が声たからかに言った。
「さあ、テーブル片づけて、片づけて」
その掛け声とともに、みんなわあわあきゃあきゃあ言いながら、ベンチから立ち上がり、ベンチもテーブルも適当にずるずる移動させる。宴席のまんなかにスペースを作ろう、というのだ(つまり、王宮の広間といっても、これくらいのほほえましい規模)。
あっというまに、踊りの輪ができる。
すると、エリカ姫がノリノリで輪に加わった。
彼女の豪快な食べっぷり。そして、この気さくな振舞い。何もかもが僕の胸を熱い矢となって貫く。
ジャジャビットが話していたとおり、宴はまったくの無礼講だった。ふだんなら、エリカ姫のそば近くへ寄るなど絶対に許されないような下々風情が、喜色満面で姫の手を取って踊っている。
踊りといっても、男女が一対一で組んで踊るわけじゃない。フォークダンスだ。とはいえ、侮るなかれ、曲のテンポがものすごく速い。二十人くらいの男女が手をつなぎ、輪をこしらえたり、スクゥエアになったりして、動きまわる。みんな、ほとんど小走りになっている。踊り疲れた一団が輪から抜けると、別の男女数人が新たに輪に加わる。はっきり言って、この人たち、ドラッグでもキメたんじゃないの、ってな感じ。それくらい、泥くさくて、エネルギッシュなのだ。
驚いたことに、いつも冷徹を気取ってるふうのジャジャビットまで、強引に誘われてではあったけれど、ステップらしきものを踏んでいる。なかなか粋に踊るから、にくたらしい。
いや、ジャジャビットなんかどうでもいい。エリカ姫はどこ行った? 踊りの輪がぐるぐる回るので、ほんの一瞬のことながら、深紅のドレスを見失った。
――と思っていたら、
「踊ってくださいますわね」
ひえっ、とか、たぶん間抜けな声を僕はもらしたと思う。
エリカ姫が背後から現れて、僕の右手を彼女の両手でサンドイッチにしたのだ。そのサンドイッチをぶらんぶらん軽く振って、姫は小首をかしげ、極上の微笑みを放つ。
シアワセは、もぞもぞするかわりに、僕の体の中心部分で小爆発した。