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シアワセ初体験①

 ジャジャビットに連れられて王宮の広間へ足を踏み入れると、晩餐会はすでに始まっていた。

 そこに集った老若男女の手にはゴブレットがあり、いちばん奥の一段高い位置にある長テーブルの手前で、灰色の髪の男がなにやら朗々と語っている。どうやら、国王と王妃とそのほかの王族たちに敬意を表しつつ、祝宴の開会の辞を述べているようだ。

 エリカ姫はテーブルの端のほうにいる。深紅のドレスを着ている。


「……エマリアナの大地を照らし、雪を融かし、土を温め、芽吹きを促すため、日輪が帰還の途についた。長い夜に乗じる悪霊どもは恐れおののき、去ってゆく。今宵は大いに飲み、歌い、床を踏み鳴らして踊るべし。悪霊どもを笑いと足音で蹴散らすべし。――まずは、冬の悪霊どももお寄せつけにならなかった国王陛下の、ご意気の軒昂たるを称えて、この酒杯、乾すべし!」

 いっせいに一同が「乾すべし!」と唱和する。


 にぎやかな音楽が弾けた。壁際に陣取った楽隊が、笛や太鼓を鳴らしはじめたのだ。タンバリンの音もまじる。

 エリカ姫が僕を見つけてくれ、微笑みながら、さりげなく手を振ってくれる。僕は舞い上がった。


「さあ、おまえも飲め」

 ジャジャビットが僕の袖をひっぱった。僕は、遊園地の屋外テーブルで「おい、ここで飯にするぞ」と父親に振り回されている小学生みたいに――両親は僕が幼いころに相次いで病死しているから、僕にはそんな経験はないんだけど――従順にベンチに腰を下ろした。視線は、深紅のドレスのエリカ姫に吸いよせられっぱなしで。姫も、ずっとこっちを見てくれているみたい。

 え? なんでだろう? 足元からシ・ア・ワ・セの四文字が這い上ってくる感じ。


「まずは、乾杯だ」

 まずはビール、って東京の居酒屋で出るオヤジの定番っぽく、ジャビットが言う。素焼きのゴブレットを僕のほうへ、すっ、と押してくる(末席の参加者たちは素焼きのゴブレットで、上席の男女は銀製のゴブレットで飲んでいる)。中身は、カルピスでもメントスコーラでもない。もちろん、お酒だ。


 シアワセがもぞもぞするので、僕は、ついうっかり言われるままにするところだった。

 お酒なんて、この世界に紛れ込むまで飲んだことはなかった。こっちに来てまだ三か月たらずなのに、僕はすでにお酒で失敗している。失敗して、ジャジャビットにいいように丸めこまれ、変態野郎に成り下がったのだ(こう表現すると、かつては尊いほどに真面目な中学二年生だったかのような意味になっちゃうけど……)。


「飲むんだ、トーマ。料理もうまいぞ」

 またも、エリカ姫の微笑みが、長テーブル半ダースほど離れた向こうから、ピカピカッ! 

 すると、シアワセのもぞもぞがなんか妙な位置に達した。


(あ……そこ……ダメ……!)

 一瞬、アホの発作に襲われ、夢見心地でゴブレットを乾す。


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