追放された悪役勇者と元魔王軍の女幹部
山奥に広がる原っぱの丘の上にポツンと建った木造平屋の一軒家。
僕はそこに住んでいた。
家屋の建築、畑の開墾。麓の村との信頼関係の構築。
最初は色々と大変だったけど、慣れればそれなりに快適なスローライフだ。
「おーい勇者ー! 戦おーぜー!」
たまに訪れてくるこのトラブルメーカーさえいなければ。
「お引き取りください」
まるで友人を玉遊びに誘うかのような口ぶりの彼女に僕はしっかりと拒絶の意を示す。
「つれない事を言うな。修行の成果を見せてやる。この前のようにはいかんぞ!」
「お願いですから帰ってくれないでしょうか?」
再度、拒絶すると彼女はむくれたように頬を膨らませる。
「むう。こんな美しい女からの誘いを無下にするとは。……さては貴様、そっちの趣味が……」
「違う。それ以前に君の場合は中身が問題なんだ」
美しい女とか自分で言うかな。……まあ実際、彼女は美しい女性ではあった。
整った顔立ちにメリハリの利いた体つき。――世界中の美姫にも劣らぬ美貌だと思う。
だが、彼女にはもっと目を引く別の特徴があった。
長い紅髪の後頭部から伸びた一対の角、背に生えた蝙蝠のような羽。体の至る所には鱗のようなものが見えている。
彼女は人ではない、亜人……竜人族。
しかも、彼女はかつて起こった人と魔族の戦争で魔族側――魔王軍の幹部の一人で、幾度となく僕ら勇者パーティーをの前に立ちはだかり、苦しめた相手だった。
その暴れっぷりから敵味方から恐れられ、飛竜戦姫とまで呼ばれている女傑だ。
もっとも、その戦姫様は現在一向に自分と戦おうとしない僕に対して、子供のようにダダをこねているわけだが。
「はあ……貴様は本当につまらなくなったなあ」
「いや、前からこんな感じだったし」
失望したように溜息をつくが、元々僕は誰かと争ったりするのは苦手なんだよ。
「いやいや、もっと魔王に挑んでいた頃のお前は血気盛んで情熱的だったぞ。こう……おりゃりゃー! みたいな」
その頃を思い出したのか、興奮したように彼女は両腕を振り回す。
危ないだろ。君の一撃は岩をも砕くんだぞ。
しかし、血気盛んか。
まあ必死だったのは当たり前だろう。
なにせ、当時の僕ら人間は魔王に攻め込まれて、滅ぼされる直前だったんだから。
「なるほど。つまりまた人間が大ピンチになれば――いや冗談だ。そんな目で睨むなってば」
ふざけんな。
その冗談は笑えないぞ。
それやったら、本気でこの場で滅すからな⁉
「ひぇえ~」
しかし、戦いたいと言っていた割にはこうして凄むとあっさり身を引かせるんだよな。
この違いは何なのだろうか。
……しかしまあ、この女も仇敵であるはずの僕にこんなフレンドリーに話せるものだ。
「てっきり魔王の仇討ちに来たかと思ったよ」
「いやー。あの男にそこまでの義理はないさ」
かつての主に酷い言い草である。
彼女曰くその昔、魔王は竜人族と古い盟約を結んだ。
大きな戦いが始まる折、一度だけ自分に力を貸すという事。
彼女はその盟約として援軍として送られてきていたのだそうな。
「むしろ義理は充分に果たしたぞ。何度貴様の前に立ちはだかったと思ってる?」
「そうだね。君には何度殺されそうになった事か」
毎回、作戦とか無しで単身で騎士団や軍を薙ぎ払いながら、本陣や砦に殴りこんでくるのだ。
こちらからすれば悪夢以外の何物でもない。
「――あれだけ貢献してやったのに、魔王の奴はこちらの事は全然信用もせずに最終決戦は魔王城どころか重要拠点からも私を外してくれやがったんだ。これはもう自己責任だろ」
当時を思い出したのか、当の本人は味方である魔王にも思い出し怒りを向けていた。
味方との連携ゼロどころか、余波で吹き飛ばしてたからなあ。
信用とかゼロだったのは想像に難くない。
だが、こっちとしては正直助かった。
これで彼女は直接戦闘だけなら魔王並の猛者だ。
もしも最終決戦前後で彼女とまで戦う羽目になっていたらと思うとゾッとする。
思えばよく魔王に勝てたものだ。
「しかし、本当にお前らよく魔王に勝てたな。あんなメンバーで挑むとか自殺行為だぞ」
向こうも思い出したのか、その話を振ってくる。
そうだなあ……。本当に苦難の連続だったよ……。
勇者パーティー。
勇者である僕を中心に集められた精鋭。
――と言うのは上辺だけ。
ほとんどが僕の武勲のおこぼれに預かろうとする貴族子弟。もしくは勇者である僕の寵愛を受けようとする貴族子女ばかりだった。
後者はおそらくは僕を繋ぎとめる餌の役割もあったのだろう。
そんな人たちだ。
ぶっちゃけ役に立たなかった。
魔王が差し向けた、王国へ向けて進軍するオーガ軍団。
僕は近辺の獣人族や冒険者たちと連合を組み、国境での死闘にてなんとか撃退できた。
なお、途中でパーティーの世間知らずの騎士のお嬢様が勝手に突っ込んで捕虜にされてたけど、懇意となった傭兵の重戦士と一緒に何とか救出した。
……何がしたかったんだ、あの子。
数多の魔法使いや賢者の卵が集まる学術都市。
なんと学園長が魔族と入れ替わっており、都市の奥深くに貯蔵されていた国宝級のマジックアイテムを奪おうと目論んでいた。
陰謀に気付いた僕らはその魔族と戦いになったのだが、パーティーの自称エリートの魔女さんは最初に繰り出された精神魔法で泡を吹いて気絶してしまっていた。
……勇気を振り絞り一緒に戦ってくれた都市の新米魔法使いの少女の方が遥かに心強かった。
大教会で聖女様が突然消息を絶った。
捜索の結果、魔王と繋がっていた邪神官によって、聖女様は封印されていた悪竜を復活させるための生贄にされかけていた。
ギリギリの所で僕らは乗り込んだが、その聖女様は生贄にされかけながらも、必死にこちらへ回復魔法や結界をかけたりで抵抗してくれていた。
……ちなみにこっちの修道女は乗り込む際に、急に腹痛を訴えて宿の方で休んでいた。
「……お前、本当によく我らに勝てたな」
「すごく頑張った」
そんな簡単な一言で済ませるなよ、と自分でも思うが実際そうだったから仕方がない。
必死にレベルアップと修練を積んで、王国と険悪な他国や冒険者ギルドに獣人族との仲を取り持ったり、魔王軍と内通していたり、腐敗してた教会の上層部を聖女様と一緒に掃除したり……。
毎回毎回が逆境からの大逆転の連続。
正直彼女の言う通り、勝てたのは今でも奇跡だと思ってる。
決戦当日だって、パーティー連中は使い物になるわけがないので、適当な理由で外れてもらって(――と、こっちが言うまでもなく半数位は既にトンズラこいてやがっていたが)、先に挙げたすっかり頼れる兄貴分となっていた傭兵のお兄さんや神童と呼ばれるまで成長してた魔法使いの子、付き合いが長くなった聖女様が合流してくれて、魔王とは彼らと共に戦ったのだ。
もう実質そっちが勇者パーティーと言っても良かった。
「しかし、その魔王を倒したお前がこんな辺鄙な場所でこんな暮らしを送っているとはなあ」
「別にいいだろ」
魔王を倒した功績により、莫大な報奨金、爵位の叙勲――からの王女との結婚。
しかし、魔王を倒して平和を取り戻した祝いの場で、急に王女様は僕にこう言ったのだ。
『勇者よ。私はあなたとの婚姻を破棄します!』
――と、貴族や国賓たちが集まる中で、だ。
彼女が言うには、僕はパーティーに所属していた貴族令息への度重なる暴力、傷害、嫌がらせ。王家に対する不信と不満の陰口、クーデターをほのめかすような言動を繰り返していたのだそうだ。
……うん、どれもこれも身に覚えの無いものだ。
挙句は魔王討伐の功績も自分が独り占めしたという事になっていた。
いや、アレは一緒に戦った皆の勝利だよ。
……あくまで一緒に戦った皆ね。くっついてきてた貴族連中は除外とする。
『あなたの勇者の地位をかさに着た横暴な振るい。決して許してはおけません!』
いつの間にか王女様の隣には勝ち誇ったような顔をしているイケメンがいた。
確かパーティーにも所属していた付与術師……公爵の子息だったか。
しかも二人の周りには令嬢騎士、魔女、修道女――他、今まで共に戦ってきた勇者パーティーの仲間たちが寄り添っていた。……あれ、共に戦ったっけ?
一方で、相変わらず王女様はドヤ顔で僕を糾弾しており、隣の公爵子息はそんな彼女の肩をそっと抱き寄せる。
その様子を見て、王女様と彼がそういう関係であると察した。
……なるほど。
本命の相手がいるので、僕が邪魔になったわけか。ならば食い下がる理由もなかった。
『わかりました。それならば私は身を引きましょう。今までお世話になりました』
こちらも既に意中の相手がいる女性と望まぬ結婚をするのは本意ではないし、それならそれで別に良いだろう。自分が引き下がればいいだけだ。
もっとも、こんな公衆の面前で恥をかかせるような形ではなく、以前に話でもしてくれればこっちも応じて、穏便に済ませられただろうにと思わなくもなかったが。
――だが、話はそこで終わらなかった。
数日後、王都中で僕についてあらぬ噂が蔓延する事になった。内容は先日王女様が僕に言ったようなものだ。
魔王を倒した英雄、一方で魔王以上の脅威ともなりうる存在。
品行方正な好青年(自分で言うのもアレだが)のイメージから滲み出てきたゴシップ。
それが引き金となって、皆の潜在的な恐怖が浮き彫りとなったのだろう。
一転して周りの人間が怪物を見るような目で僕を見てくる。
そういうわけで、色々と疲れた僕は出ていくことを決めたのだ。
「聞けば聞くほど胸糞悪い話だな。私だったらその場でそいつら皆殺しにしてるぞ」
流石魔王軍の幹部といった所か。サラっと怖い事を言う。
「まあ、許してしまったお前もお前だがな」
「だってあの場を切り抜けて、無理矢理王都に居座っても、どんな扱いを受けるのかは目に見えていたからね」
お偉い方と真っ向からやり合うなんて御免被る。
元々、爵位とかそういう権力みたいなの興味なかったし。
そしてなにより……。
「今の僕に勇者としての力は無いし」
魔王との戦いの後、僕の中の勇者としての能力は無くなっていた。
だからこそ、彼らも僕を排斥する事が出来たのだろう。
「だから僕に付きまとっても良い事なんてないんだよ」
「抜かせ。私がお前を追いかけてたのは内面も評価してだ。なにより、勇者の力抜きでも貴様は充分に強いだろうがよ」
過大評価してくれるなあ。
前の決闘だってほとんどそっちの勝ちだったろうに。
何が彼女を納得させないんだろうか。
とにかく、僕はこういう静かな暮らしが性に合っている。
そりゃまあ、たまには人恋しくなる時もあるけどさ。
でも、麓には村やもっと離れた距離に交易都市とかがあって、交流が無いわけでもない。
今だって、こうして騒がしいお客さんも来てくれる……って、こいつをカウントしちゃダメだ。
これだと僕がこの戦闘狂がやって来るのをまんざらでもなく感じているように見えるじゃないか。
「まだ人が恋しいと思えるのか」
「少なくとも助けようとしてくれる人はいたしね」
後から話を聞いたかつて本当に意味での魔王相手に一緒に戦った三人(真勇者パーティー?)や騎士や冒険者たちはすごく怒ってくれたし、中でも聖女様は王国へ直談判すると息巻いており、僕へ謝罪と共に謝礼金や代わりの住まいの斡旋までしてくれた。
もっとも、貰ったお金のほとんどは僕の育った孤児院に送ったし、住まいの方は丁重に断ったけど。
無論、訴えもやめさせた。これ以上聖女様を国のゴタゴタに巻き込みたくなかった。
「お前、それで本当に満足なのか?」
「満足っていうか、少なくとも文句はないかな」
孤児院も王国が何かしてないか心配で、こっそり様子を見に行ったが、弟妹やシスターのお婆ちゃんもみんな元気そうで良かった。
それならば僕がこれ以上あれこれ口を挟む気はない。
「ハッ。なんともまあ人が良い事だ」
竜の戦姫は小馬鹿にしたように鼻で笑う。そして、今度は突然真顔になった。
「――しかし、それなら勇者よ。居場所がないならウチに来ないか? 歓迎するぞ」
ウチ……というのは魔の側、すなわちダークサイドの事だろう。
向こうだって、あの魔王一人で成り立っていたわけではない。むしろ魔王と呼ばれる存在は他にも何人もいて、それぞれ派閥を作っていると聞く。
広大な領地と浮遊城を有する災厄ノ女王。
数多の魔導に精通し、未知の探究のため一人気ままに世界を放浪する堕天眼。
――他にも未討伐の魔王級の魔族や魔獣が多数存在しているらしい。
人と魔族の対立はまだまだ終わりそうにない。
「断るよ」
さっきも言ったが、僕は人全体に絶望したわけじゃない。
この静かな暮らしも気に入っている。
一度裏切られたぐらいであっさり鞍替えするつもりはない。
「クッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
だと言うのに、目の前の彼女は愉快そうに笑う。
その笑いに嘲りの色は見えなかった。
「何がおかしいんだい?」
「そこまで行くとバカを通り越して英雄だな。ああ、英雄だったな。……実を言うとな。断られてホッとしたよ。だってお前がこっち側に入ったら、もうお前と戦えないだろうからなあ」
そっちかよ。相変わらずブレない女だ。
他にも含みのようなものがあった気がするけど、触れないでおこう。
「何より私もあっちで好き勝手やり過ぎたから、どこの陣営からもほぼつま弾き状態だしな! 妹にももう戻ってくるなとか言われたし」
そっちも追い出されてるのかよっ!
というか、妹さんいたのか。
……こんな姉に振り回されて苦労が偲ばれる。
「それでは今日の所は引くとしよう。またくるぞ」
「くるんかい」
塩でもまいてやろうか。
「なあに。次は土産に美味い地酒と肉でも持ってきてやるさ」
「……そっか」
思わず、塩を探す手を止めてしまう。
こんな暮らしをしていても、やはり食事は豪勢な方が良いのだ。
……。
……そんなある日の事だ。
彼女は血相を変えて……いや、いつも以上に嬉々とした表情でやってきた。
「おい。勇者聞いたか⁉ 素晴らしいニュースだ」
なんだろう、言葉とは裏腹に無性に嫌な予感がする。
「なんと魔王の奴が復活したそうだ!」
「――うわぁ」
思わず頭を抱えた。
「どうやら魂を分割させて一時的に休眠していたようだな。王都の人間を半数生贄にして復活したらしい。現在王都はほぼ壊滅状態だそうだぞ。ハハッざまぁ!」
「いや、ざまぁじゃないよ……」
何で君が嬉しそうなんだ。――ってこんな所で呑気にしている場合じゃない。
僕は部屋の端に立てかけていた剣を取る。こんな事もあろうかと手入れだけは欠かさずに行っていたのだ。
「正気か? お前を追い出した連中だぞ」
「そっちはどうでもいいかな。助けたい人たちは他にいるよ」
僕だって聖人じゃない。
正直、貴族や王家はもうどうでも良い。
でも、国全体が滅ぶとなると、共に戦った仲間たちや孤児院の皆とかにも被害が及ぶだろう。
荷物をまとめる僕の姿を眺めていた彼女はやがて大きく息を吐いた。
「やれやれ、仕方ないな。私もついていってやろう」
「……は?」
ちょっと待って。何を言っているのかわからないんだけど。
えっ。魔王と戦う気か?
君のかつての主だろう?
「あの野郎。今回はどうやら自分の傘下以外の魔族や亜人種族にも隷属するように言ってきているらしい。これはもう私にとっても敵でいいだろ」
どうやら今回の復活で以前よりもはるかに強大になり、気が大きくなっているそうだ。
憤慨しているが、僕は彼女を信用していいのかわからずにいた。
「なによりあの魔王とも一度戦ってみたかったんだ。楽しみだなあ!」
あ、大丈夫だ。
この女、強い奴と戦う事しか考えていない。
「なーに。それにもしその王女や他の女共が生きていて、助けに来たお前に手の平を返し、また求婚してきたら私が追い返してやる。安心しろ」
ドンと胸を叩く戦姫様。
別にそこはどうでもいいといいますか、何をどう安心しろというのか。
むしろ、それ以前にこの女が王女たちを殺してしまわないかの方が心配なんだけど。
「さあ、新しい冒険の始まりだ!」
「いや、なんで君が仕切るのさ」
こうして僕は奇妙な相棒と共に二度目の魔王討伐に駆け出す。
この時の僕は知らなかった。
ギリギリ生き残っていたなんでかこちらを逆恨みしてきた姫様や公爵、この事件を機に動き出した魔王、邪教徒の生き残り。――そして帝国との戦い。
かつての勇者パーティーたちとの再会。エルフの姫様や大賢者との出会い。
新しい冒険が始まろうとしているんて。