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9.渦中の栗は拾いたくない


 

 どうも、グールことくーちゃんです。


(じゃなーい!)


 「くーちゃん」とは、ライトという太陽の化身みたいな冒険者に名付けられた名だ。

 名前は何でもいいと思っていたが、そんなことはなかった。ちゃんとセンスのある名前がいい。「くーちゃん」とか適当なのは嫌だ!


(もっと考えて!)


 抗議の視線を送る。しかし、外套を深く被っているため視線を届けることはできなかったようだ。ニコニコしている目の前の人間は、机に手をついて立ち上がった。


「じゃ、出発しようか!」


(……どこに?)


 なんの説明もなく、私は彼に宿の食堂から引っ張り出された。









 王都の街並みはとても綺麗だった。

 水路がしっかりしていて公衆衛生がしっかりしている。さらに、道端に植えられた花々はきちんと手入れされていて生き生きとしていた。鬱々としていた魔族たちの街並みとは大きく異なっている。


(風景はきれいなんだけど……)


 隣で次々と物を買い与えようとしてくるこの人間がいなければ、もっと楽しめたと思えてならない。今も、道端で売られていたブレスレットを嬉しそうにこちらへ持ってこようとしている。そんなライトをおさえ、私はブレスレットを店にかえす。不満げな彼を引きずってその場から離れた。


「あのブレスレット、くーちゃんに似合うと思ったのにー」


 ベンチに座り噴水を眺めている私の隣で、立派な成人男性であろう人物が頬を膨らませて抗議してくる。体は大人だが、中身は子どもな人間なのかもしれない。


「無視しないで~。噴水よりオレの方がキレイでしょ?」


 自己愛に溢れた素晴らしい言葉を聞き流しながら、私はこれからどうするかを考えた。


(この人といるのは、そろそろ危ないかもしれない)


 これまでの経験則上、そろそろ別れた方がいいという警鐘が鳴っている。今まで、この身体でずっと人間のフリをするのは不可能だったから。


 ガヤガヤ


(ん?)


 ぼんやりと考え込んでいると、遠くから騒めきが聞こえる。何事かと思い、隣にいるライトに目を向ける。


(いない?!)


 さっきまで隣に座っていたはずの彼が、忽然と姿を消していた。嫌な予感がして、騒ぎのする方へと走った。






「貴様……!ワシを愚弄するのか!!」


「え~?オレは別にそんなつもり、サラサラないんだけど」


(どうして争いの渦中にいるの……!)


 身なりのいいふくよかな中年男性とライトが言い争いをしていた。いや、つっかかっているのは男性のほうか。ライトは首に手をあてて、どうでもよさそうにしている。その態度が余計に相手を苛立たせているのだろう。


(下手に手を出せないし、出したくない)


「なあ、あの兄ちゃん貴族につっかかってるけど大丈夫なのか?」

「いや、ヤバいんじゃないか」

「あの人、たしか伯爵じゃなかった?」

「え!それ本当にマズいよな……?」


(なんて面倒な人とケンカしてるの……!)


 この世界の貴族の話は、旅の途中で時折耳にした。元の世界のイメージ通り、プライドの塊のような貴族の話が多かった。大方、そこにいる貴族の男性もその類なのだろう。


「ワシをカイロ伯爵と知っての狼藉か?!」


(権力を振りかざしてるし……)


 たいぶ自尊心が傷ついているご様子。プライドを守るために権力を使い出した。権力は使わないからこそ、権威をもつのになぁ。安易に振りかざせば、重みはなくなるよ。

 

 得意げな顔をして、その伯爵とやらが顎をしゃくった。ああしていれば、周りの人間が跪くような人生を送ってきたのだろう。私では想像ができない世界だ。根っからの庶民なもので。


「だから~?」


「……は?」


(ん?)


「癇癪だかシャクヤクだか知んないけど、それって俺に関係ある~?」


(いや、めっちゃケンカ腰)


 ライトはあくびをしながら、伯爵の顔すら見ていない。惜しいことをしたな。あの伯爵の得意顔は渾身の傑作だったのに。横柄さが顏から滲み出ていた素晴らしい作品だった。


「き、貴様ぁあーー!!」


 伯爵はとうとう手に持っていた杖を振りかざした。ライトは伯爵を見もせず、ヒョイとその攻撃を避けた。全く堪えた様子のないライトに、伯爵は周囲を見渡す。そして、彼の近くに座り込んでいた子どもに杖を振り上げた。


「お前のせいで!!」


 しかし、その杖が子どもに当たることはなかった。ライトがその杖を片手ではじいたからだ。


「まったく、子どもに手を出すなんて終わってるな」


「ッ!!」


 馬鹿にしたようなライトの態度に、伯爵は怒りで顔を真っ赤にした。そして何を思ったのか、持っていた杖を近くにいた馬車馬に投げつけた。


 ヒヒーンッ!!!


「――危ないッ!」

 

 誰かがそう言った。杖を投げつけられた馬は、滅茶苦茶に暴れた。そして、その振り上げた前足が馬車の近くにいた人に迫っている。しかし、問題はなかった。あのフィジカルおばけのライトが守ってくれるから。馬の周囲にいた人々を一気に担いで避難させた。そう、例の伯爵を除いて。


「なッ、ワシも助けんかッ!!」


 近くで暴れる馬に怯えながら、横柄に助けを求める伯爵。

 そんな人物に周囲は誰も手を差し伸べない。ライトは伯爵の存在自体見えないかのように周囲に怪我はないかと確認している。

 伯爵を見ているのは一部の周囲の人間と私だけだった。


(あっ)


 馬の後ろ脚が伯爵に襲い掛かった。今度は誰も「危ない」と言わなかった。誰もが因果応報だと思っていたのかもしれない。静観する周囲の伯爵を見る目は、酷く冷めていた。


「ひいぃいーー!!」


 ドゴッ!


 ガンッ!


 鈍い音をたてて建物の壁に叩きつけられたのは、伯爵ではなかった。

 黒い外套が宙を舞う。


「何をしてるんだ!」


 焦りと怒りを含んだ顔でライトが駆け寄ってくるのを見た。大丈夫だと伝えようとしたが、自分がグールだということを思い出す。


(これで大丈夫だったら、人間じゃないってバレるな……)


「お、おい、あんちゃん。その子の顔色悪過ぎないか……?」

「誰が!早く医者を!」

「担架も急いで持ってくるんだ!」


(うわぁー、大事になってる……)


 つつかれたハチの巣の蜂たちのように、人々は駆けずり回る。その原因となっている身なんだけど、そんなに心配される必要ないんだよね。医者に行ったら十中八九人間じゃないことがバレるため、私はもう開き直ることにした。


 スクッ


「え!?」

「た、った……?」

「噓でしょ……!?」


 忙しく駆け回っていた人間たちが一斉に動きを止める。そんな周囲を気にもせず、私は地面に落ちていた外套を拾い、ついていた汚れを払ってからそれを身につけた。一連の流れを素早く行い、助けてくれようとした人たちに90度のお辞儀をして、一目散に王都の門へと走った。











「――えっ?」

「走ってった……」

「重症……だったよな?」


 さっきまであの子がいた場所を見る。そこにはおびただしい量の血痕が残っている。あの子が叩きつけられた壁はえぐれたように凹んだ状態だ。


「軽傷……なわけないもんな」

「そりゃあ、この惨状を見ればそうだろ」

「そうだよな……」

「「「……」」」


 思考がキャパオーバーした彼らは、とりあえず気絶していた伯爵とやらに対処することにした。風のように走り去ったあの子に追いつくのは、あまりにも非現実的だったから。


「あれ、そういえばあのあんちゃんは?」

「伯爵とケンカしてた?」

「そうそう」

「確かに、いないな」


 暴れる馬から守ってもらったお礼をしようとした人々は、困ったように顔を見合わせた。












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