8.王都
「なあ、知ってるか?最近、『聖女』様が現れたらしいぜ」
「はあ?んなわけねぇだろうが。ここ数百年いなかったのに、そうひょっこり現れるわけないだろ」
「いや、本当だって!ここ最近、各地が『浄化』されてるんだよ!」
「え、マジで?」
「ああ、だから『聖女』様がいるんじゃないかって噂になってんだよ」
(『聖女』様かー)
王都の近くにある町の食堂で、そんな話を耳にする。ここに来るまでも、この噂はちょくちょく聞こえてきた。もしかしたら、多少の信憑性はあるのかもしれない。
(いやー、『聖女』様なんてグールの私にとっては「触るな危険」だからなぁ)
「聖」がつくものはだいたい天敵だと思いながら、のんびりとグラスに入った水を飲む。そうして待っていると、店員さんが注文した料理を持ってきてくれた。
「こちらの気まぐれサラダでよろしかったでしょうか」
にこやかにそう言ってくる店員さんに、無言で頷く。喋らない客を訝しく思うわけでもなく、彼女は笑顔のまま店の奥に入っていった。
(案外、喋らなくてもどうにかなるものだな)
時々どうしようもない連中に絡まれることもあったが、無言の怪しい奴でも比較的受け入れてくれる人が多かった。人の出入りが多い所ほど、その傾向が強い。
(案外、王都に行っても目立たないかも……?)
そんな希望を胸に、王都の道へ旅立った。
「怪しい奴はいれられないんだ」
現在、王都まで着いたはいいものの、門番に止められるという問題が発生していた。
(おかしい……。検問があるのはもっと先、王城の近くの門だけだと聞いていたのに)
想定外の状況に困り果てる。さすらうグールが身分証などを持っているはずがない。
「というか、こいつ怪しすぎないか?フードで顔を隠してるし、話さないし、疑ってくれと言っているようなもんだぞ」
様子を見ていたもう一人の門番が、険しい顔でそう言ってくる。これはまずい。今ここで身分を証明できなければ、そのまま牢に入れられそうな雰囲気だ。
(……王都は諦めるか)
そう決断して、どう逃げるかを思索していると、背後から陽気な声が聞こえた。
「なあ、そいつを入れてやっちゃくれないか?」
「あ、あなたは……!」
身軽そうではあるが、使いこまれた装備をきた男性。輝く銀髪は短めで、耳にはピアス。背中には長剣を背負っている。きっとベテランの冒険者かなにかだろう。しかし、こんな知り合いは絶対にいなかったはず。
(こんなに旅しても、友人ひとりできなかったからね……)
心に予想外の傷を負いながら、彼らのやり取りを見守る。どうやら、あの少しチャラそうなお兄さんはすごい人物らしい。二人の門番たちが赤べこのようにペコペコ頭を下げている。大丈夫かな、あのまま首もげたりしないだろうか。
「わ、わかりました。あなた様がそう言うのでしたら……」
門番たちは困惑した様子だったが、結局私は王都に入れることになったらしい。お礼を伝えるために、例の人物に向かって頭を下げる。彼はニコニコしたまま、こちらをじっと見ていた。
「ねえねえ、なんで王都に来たの?」
「………」
「やっぱり観光?それならいいスポットを知ってるんだけど、行かない?」
「………」
王都に入れたはいいものの、入るのを手伝ってくれた例の人物につき纏われることになった。最初のうちは、恩人だからと相手をしていたが流石にしつこ過ぎた。
(お願いだから、静かにして……)
こちらが声を出せないことを理解した彼は、このように機関銃のように喋り倒している。頷くか首を横に振るかの二択だが、それすらもしたくなくなるほどのマシンガントークだ。
「あっ、いい宿あるから紹介するよ!」
善意しかありませんというような彼の顔に、断りを入れる気力もなくなってしまった。そうして、私はこの陽気な人物に紹介された宿で休むことになった。
~宿の裏にて~
「さ、て、と」
門の前で足止めくらっていた小柄な子を宿に案内した後、オレは目的の人物と接触することにした。昼間でも十分に暗いここは、密談するのにピッタリだ。
「そろそろ出てきてもいいんじゃねぇか?」
影よりも一段と暗い暗闇に問いかける。スッと出てきたのは灰色の髪の男。やはり、気配を消す力量が半端じゃない。
「あんた、あの子のことずっとつけてただろ。なんでだ?」
「その前に、我の質問に答えろ。あの者をどうする気だ」
「どうするって、どうもしないけど?」
「何の意図もなく、貴様のような者が手を貸すはずがない」
奴さんは大層オレのことを警戒しているようだ。毛を逆立てて牙をむいてくる獣のように、こちらを睨みつけてくる。
「ふ~ん、この短時間でオレのこと理解するなんて、もしかしてオレのファン?」
「殺す」
「おー、こわっ」
冗談はほどほどに、質問に答えることにする。そうでないと、今すぐ殺されそうな雰囲気だ。戦うのは好きだが、今はそういう気分じゃないからやめておく。
「あの子を助けたのは気まぐれ……」
「………」
ジャキン
灰色の髪の男は、鋭い鉤爪を構える。
「というのはウソで、あんたを誘い出すためさ」
そう、あの子を助けたのは気まぐれでもなんでもなく、それにつき従っている様子のこの男に興味が湧いたからだ。
「だって面白くないか?特になんでもなさそうな子を守る手練れのやつ。オレだったら絶対にちょっかいをかけるね」
「……実際に今かけているだろう」
「あったりまえじゃん。だって、オレだからね」
得意げなオレの顔に嫌気がさしたのか、男はため息をついて壁にもたれた。やだな~、別にオレは面倒な存在じゃないのにー。
「貴様、これ以上我らに関わるな」
「え~やだ~」
「この警告をきかぬのなら、我は容赦しない」
「うーん、でもあんたあの子に認知されてねぇじゃん」
「………」
「だったら、あの子の保護者でもなんでもないあんたの言うことを聞く必要なくない?」
ガキンッ
必死に守ろうとする姿が子をもつ獣のようで、からかうと面白いくらい反応が返ってくる。今も、オレの顔に飛ばしてきたナイフが、背後の壁に刺さっている。避けなければ、脳天をかち割られていただろう。
「殺意高いなー」
「黙れ、あの者には絶対に手を出すな」
「はいはい、わかったよ」
「……ふん」
オレの返事にひとまず満足したのだろう。武器と殺気をしまってくれた。よかったよかった、流石にここで殺りあうのは目立ち過ぎる。
「手は出さねぇよ」
(ちょっかいは出すがな)
ほくそ笑みながら、目の前に佇む男を眺めた。
宿の裏でそんな出来事があったとも知らず、グールは必要のない睡眠を貪った。
目を開けた頃には、朝日が光り輝いていた。
(うん、めちゃくちゃ良いベッドだった)
満足気な表情を浮かべて、宿の食堂に向かう。
すると、そこには見知った顔の先客がいた。
「やあ!おはよう」
昨日の賑やかなお兄さんだ。
いい笑顔でこちらに手を振っている。
(果てしなくチャラい雰囲気をまとってる……)
朝からイヤな予感しかしないが、声をかけてきてくれた人を避けるわけにもいかない。とりあえず、彼の隣に座ることにした。あんなに手招きされたら、無視することもできないし。
彼が一緒に注文してくれた料理を食べ終え、さっきからずっとこちらを見てくる目の前の人物に目を向ける。食べ終えるのを待っていてくれたのは、せめてもの慈悲だったのかもしれない。
「さて、腹も満たされたところで自己紹介しよっか!」
テーブルに両肘をつき、手であごを支えながらニコニコと笑いかけてくる。やめて、そんな陽のオーラで見てこないで、滅される。
「オレはライト!よろしくな」
名前まで明るかった。名は体を表すとはよくいったものだ。私では対抗できないほどのコミュニケーション能力だ。心から、今喋れなくてよかったと思った。喋れてても、上手く喋れなかっただろうからね!
「君の名前は……」
(あ、勝手につけてもらって構いませんよ)
「どうぞどうぞ」というように手を動かし、意思表示をする。その様子に一瞬キョトンとした後、我慢できなかったように笑った。
「……くっ、はは!そっかそっか、オレが名前をつけていいってことだね?」
(うんうん)
彼はしばらく悩んだ後、閃いたように顔を上げた。パッと開いた目は、金色に光っている。輝きでいったら、太陽といい勝負をしている。
「うん!くーちゃんにしよう!」
(?)
「黒い外套を着てるから、くーちゃん!」
(………)
こんな太陽の化身みたいなイケメンでも、やっぱり苦手なことはあるんだなと思った。