7.グール、放浪の旅へ
(いやー、逃げきれてよかった……)
人狼の森をぬけだし、道中にあった雑木林も駆け抜け、今は平野を歩いている。
そよ風に揺れている草と小花が夕日に照らされている。
人狼の森を脱出したのが朝方だった。
現在は夕暮れ時。
行きではこんなに時間はかかっていない。しかし、現在は倍以上の時間をかけてあの集落に帰っている。それはなぜか。はい、道草を食っているからです。
『いや違う!これは無駄な草を食べているわけじゃないんだ!』と主張したい。その証拠は背中や腕に抱えられているものだ。大量の穀物と果物を抱えている。
そう、集落の人たちの食料供給サンタになるつもりだ。
彼らの一番の問題は、食料がないことだ。あの皮と骨しかない姿には、グールであるこっちが心配になる。青白いことを除いては、こっちの方が健康体だ。
(あの栄養状態は流石に見逃せない)
ん?この食料をいれてる大きな袋はどうしたのかって?
……知らなくてもいいことってあると思う。人狼の森でそこら辺にあったのをちょっと拝借したとか、そういうわけじゃないから。泥棒じゃないよ?ほら、森を救った報酬だと思ってくれないかな?!
脳内で懺悔をしながらも、集落にたどり着く。
完全に夜になる前でよかった。彼らはまだ起きているようだ。
数日前と変わらず、沈んだ様子の人々は復興しようとする気力もない。それもそうだろうと思う。そもそも復興するための材木もなにもないのだから。
「……ん?前にきた奴か、ここには何もないから帰りな」
俯いている彼らの中の一人が、こちらの気配に気づいたようだ。
グールの方を見ることすらしない姿は、心が痛くなる。
(こっち見て!)
声が出せないかわりに、その場でジャンプをして存在を主張する。
ドシッドシッ
「「「?」」」
音が聞こえた方に、人間たちの視線が集まる。
「な、なんだあの荷物を背負った奴は……」
「あんなでかいモン持てるなんて、バケモンか……?」
ドサッ
バケモンと言われた者は、背負っていた袋を地面に置く。そして、周囲に見せるように中身を広げだす。中身を傷つけないように、丁寧に取り出している。
「これは……穀物に果物?」
「どうしてわしらの前に広げているんだ?」
人間たちは困惑する。謎の奇行をする存在に、目が釘付けだ。
(驚きをプレゼント!)
得意げな様子のグール。
驚いて固まっている人間たちに、次々と果物を配る。
反応がいまだに追いつかない彼らは、そのままそれを受け取る。
最初は戸惑って口にしなかったが、一人の若者が意を決したようにその果物にかぶりつく。そして「うまい」と呟き、涙を流した。その様子を見ていた人々は、次々と果物を口にする。皆、一様に涙を流しながらそれを頬張った。
彼らのお腹が満たされるまで、グールは果物を渡し続けた。
「ありがとう……本当にありがとう……」
お腹が満たされ、気力が湧いた人たちは壊れた家屋を修繕し始めた。グールに感謝を伝えているのは、力仕事に向いていない老人や女子どもだ。復興をしている彼らの分も感謝してくれる。
(いや……そんな……)
正直、ここまで言われると気まずい。
後頭部をかきながら、果物とは別の袋に入れていた穀物を渡す。いや、押し付けたと言った方が正しいだろう。なかなか受け取ろうとしない人たちの前に、大きなその袋を置き逃げした。
もうあの集落に戻ることはない。
自分ができる範囲のことはここまでだと思ったから。これ以上は彼らの自立心を腐らせてしまうことになる。そんな責任を負えるほどの心の強さはなかった。
(なんだか、善意の押し売りをしたような気がする……)
後悔に似た感情がわく。自身の行動を振り返ると、「あれでよかったのか」という言葉が頭の中でこだまする。
(いや、あの行動が間違いだとは思わない)
偽善と善の葛藤を味わう。
(ま、いっか!)
そして、あまりのシリアスさに思考をぶん投げた。
考えても仕方ないことは、もう仕方ないのだ!
能天気に草花を愛でながら、平野をあてもなく歩く。
グールは、目的地のない長い旅へと踏み出した。
______________________________
太陽は浮き沈みを繰り返し、巡る星々を幾度も数えた。
あの集落を去ってから、平野を彷徨い、山を登り、谷を越えた。
道すがら、あの集落と同じような状態の人々に多く出会った。その度に、彼らの気力が回復するまで陰からそっと手を貸した。決してこの姿を見られないようにした。旅の途中で、やはりグールは人間にとって不気味な存在だと認識したためだ。流石に腕がもげた瞬間を見られたのはダメだったかー。
しかし、驚いた人間たちの顔はとても最高だった。時折、彼らを驚かしたい衝動に駆られるが、この症状はもしかすると病気かもしれない。なお、この病気を治す気はない。だって、人生には驚きと面白さが大切だから!
例の黒い結晶も、何度か見かけた。発見次第、すぐにすべて捕食した。無論、おいしくない。食べた日の夜は、必ず悪夢を見た。(前回はキクラゲに体を絞められた夢だった……)
様々なことがあったが、比較的に穏便かつ隠密に行けた気がする。外敵に襲われることがなかったということが、なによりの証拠だ!誰かに守られているんじゃないかと思うほどだった。
なんにせよ、今は人間たちの首都である『王都』と呼ばれる場所を目指している。
目的?そんなもの面白そうだからに決まってる!今までの方向も面白いか否かで決めていたから問題ない。問題があっても、逃げ足の速さは自負しているから大丈夫!
今いる荒野から『王都』は結構な距離があるらしい。
速足でいかなくては!
(いざゆかん、『王都』のもとへ!)
さすらいのグールは面白さを求め、『王都』を目指したのであった。
???「はあ、また変なことを考えているな……」
息巻いているグールを、離れた所から見守っている者がいた。
灰色の髪にはターバンのようなものを巻き付け、片目はその布で隠れている。どうやら顔を隠そうとしているようだ。それ以外に不審な点はない。ごく普通の旅装束をまとっている人間の男性だ。
「毎回毎回、心配させられるこちらの身にもなってほしいものだ」
軽く頭を抱えながらも、付近にいた肉食の獣を投げナイフで仕留める。
黄昏時の薄暗さの中で、金色の二対の瞳が周囲を見渡す。
「さて、ここの敵は一掃したか」
仕留めた獲物のもとへ歩み、それを回収する。
その様子をうかがっている小動物たちが陰からこちらを見ている。怯えたような小動物たちの姿に、複雑な思いを抱く。
「もし我が姿を現わせば、お前もあんな目で我をみるのだろうか」
問いかける視線の先には、陽気に鼻歌を歌っているグールがいた。
グールを見つめるこの人物は『ガルク』という名であり、人狼だ。ついでに言うと、人狼の森でリーダーと呼ばれていた。人狼一族の中でも屈指の強さを誇る者だ。
そんな彼だが、現在はただのグールの護衛をしている。それも無償で。さらに言うと、護衛対象には存在の認識すらしてもらっていない。完全なる慈善活動。
彼にとっては、それでも構わなかった。彼の目的は、一族の教えである「忠義」を果たすこと。森を救ってくれたグールに、その恩を返せればそれでよかったのだ。
しかし、彼はその恩返しとは別に、あのグールの無頓着さにヤキモキしていた。
(なぜそこで寝る。暖かくしないと体を壊すかもしれないだろう)
(雨に打たれた服をどうして乾かさない。体温が奪われるだろう!)
(こんなに近くで自分を狙っている獣にどうして気づかない!)
終始こんな心配をさせられていれば、なかったはずの母性もわくだろう。彼を突き動かすものは、「忠義」以外に「庇護欲」が追加された。彼の現在の心境は、雛鳥の独り立ちが心配でついて回る母鳥だ。本物の鳥たちは、本来そんなことをしないだろうが。
こうして、グールの知らぬところで勝手に彼女の保護者が誕生していた。
『おい、そこは危険だと言っているだろう!』
なんとも小言が多そうな保護者だが、その声が届いていないことは彼のグールにとっては僥倖だったのだろう。