6.黒い結晶
(うわ~マジか。瘴気ってグールにも効くのか)
黒一色の森。
明らかにやばそうな空気が漂っていたが、これが瘴気だと気づいたのは数分後。
体に力が入らなくなったかと思ったら、バタンと倒れた。
(これが所謂、バタンキュー、なんつって!)
しょうもないことを考えているのは暇つぶしをするためだ。この瘴気、グールの身体に効くようではあるけど、一定時間経つと普通に動けるようになるのだ。多分、いったん死んでまた生き返るみたいなサイクルをしているんだと思う。
(タイムロスはあるけど、急ぐ必要もないからいっか)
倒れすぎて顔は土だらけだ。もちろん、この土も真っ黒だ。傍からみれば、石炭を粉にして飴食い競争やったのかと思われそう。人様に見せられる顔じゃない。
(あった!あれだ!)
どんどん黒くなる森を歩いていると足元に黒い結晶が生えている場所にきた。その奥に、他とは一線を画すほど大きな結晶を見つける。
近づいてみてみると、2メートルはあるとわかった。
(いや、でかっ!これは骨が折れそう……)
さて、ここでこのグールが何をするのか疑問に思うだろう。この人、この結晶の正しい葬り方もなにも全く知らない。そもそも黒い結晶と、まったくの初対面である。
(ではこれらを……実食!)
このグール、結晶を食べるという暴挙にでた。
(げぷっ、もうムリ……)
きれいさっぱり周囲の黒い結晶を食べた。
しばらく、黒い食べ物はみたくないかな……。
まあ、この悪食という暴挙にでた理由はもちろんある。
実は、この身体はとても不思議な仕組みをしているようなのだ。
それは、身体をリセットできるというものである。髪を毟られても、体に痣ができても、いつの間にか元に戻っている。グールにされた時の状態に戻されるということだ。
つまり!大量の黒い結晶を体内に入れても、このファンタスティックな能力でその存在をリセットすることができる、ということだ!
(まあ予想では、だけども……)
黒い地面に寝転がりながら、異物感を主張するお腹をさする。
だんだんと眠気が襲ってきた。
結果を見届けないといけないのにと思いながら、意識が落ちた。
~人狼side~
ザワザワ!
外が騒がしいと思いながらも、神狼様に祈りを捧げる。
『リーダー!リーダー!!』
『なんだ』
祈りを中断させられ、多少苛立ちながらも外に出る。
『リーダー見てください!森が!』
『これは……!』
すぐそばまで黒変していたはずの森が、もとの姿に戻っている。驚きで固まっていると、瘴気による結晶化で苦しんでいたはずの者たちが目の前にきていた。
『お、お前たち……治ったのか!』
『はい、治りました!』
大きな結晶をその目に宿し、もう余命幾ばくも無いと言われていたはずの者が元気に答える。その姿は今まで苦しんでいたのが噓のようだ。
『なぜ……突然このような……』
我が動揺していると、森の奥に行っていたのであろう者たちが何かを運んでくる。それは黒い結晶のようだった。
『何を運んできている!』
なぜ災厄の塊である黒い結晶をここに運んできているのかと激昂する。それさえなければ、ニンゲンたちに対して低俗な盗みなどしなくて済んだのに!
『リーダー!こいつが救世主なんです!』
『なに?』
よく見ると、黒い結晶だと思っていたものはニンゲンの形をしていた。
『いや、あのグールか!』
昨日の出来事を思い出す。
突然、この森に現れたかと思ったらすぐに立ち去ったあのグール。
昨日森から出たと思っていたが、まさか森の奥に行っていたとは。
『きっとこいつがあの結晶を消してくれたんですよ!』
興奮しながら我にそう言ってくる一族のひとり。
状況的にそう考えるのが妥当だろう。
『いや、信用できない』
『リーダー?!』
否定的な言葉に、一族の者たちが動きをとめる。喜びに水を差すようで悪いが、この部分は容認できない。そいつは部外者だ。
『リーダー様』
『長老』
あの戦争を森で過ごし、生き残った数少ない者のひとり。そして一族の中で最も長命な『長老』が我の前に歩み出てきた。
『リーダー様、あなた様には多大な苦労をお掛けしました』
『長老様……』
一族の皆は思う所があったのか、一様に口をつぐむ。
『その苦労が、あなた様の心を蝕んでしまったことも想像に難くありませぬ』
『………』
心を見透かされているような心地に、バツが悪くなる。
『あの戦争ではすべてが敵でした。一族の者以外、信用できなかった』
そうだ。あの戦争では同族と思っていた魔族にすら裏切られた。だからこそ、目的のわからない部外者など信用に値しない。
『だからこそ、信じてはみませぬか』
『……なぜだ。そのグールは部外者であり、得体が知れない』
長老と我の会話を固唾を飲んできいていた者たちが声をあげる。
『お、おれは信じてもいいとおもう』
『私も……、あの子はなんだか素直そうだったわ』
『ぼくも!ぼくもいっしょにあそんでみたい!』
『こらっ、今はそんな話をしてるんじゃありません!』
彼らはあの戦争の最中、森で悲惨な虐殺を体験した者たちだった。守り切れなかった負い目がある我としては、無下にできない意見だ。
『俺たちも信じていいと思います。でも、リーダーが決定したことならどんな判断であっても従います』
戦場を共にした心強い仲間たちの声をうけ、心を決める。
『さて、結論はでましたかの?』
長老の柔らかな視線を受け止め、一族の者たちの方に向きなおる。
『このグールを…………』
(はっ!頼む!キャビア、キャビアだけはご勘弁を!)
キャビアに追われるという悪夢から目覚めると、木製のベッドの上にいた。なんだか見覚えのあるログハウスだなぁ。
(あれ、ここ人狼たちの家に似てない?)
それにこの独特な香りは、人狼のリーダーの家で嗅いだような……。
……え゛、森に無断で入ってたことバレた?
(やっばい!逃げよう!)
ドタバタとベッドから降りると、この寝室のドアが開いた。
ガチャッ
「あ、すまない。起きていたんだな」
灰色の髪の男性が、恐縮したように顔を下に向ける。
そう、人間である。
(な、なんだ。人狼の家じゃなかったのか)
ほっと胸をなでおろす。
そして何度もお辞儀をすることで感謝の意を伝える。
「いや、礼はいい。こちらの方が礼をしなければならない立場だ」
(??)
この人にお礼をされるようなことはしていないけど。
もしや!この類まれなる美貌が……!とか思ったけど、速攻で間違いだと気づいた。以前、水面で顔を確認してみたら前の世界と同じ顔だったわ。素材の味がそのままでてたよ。あっ、なんか目から汗が。
「……?どうしたんだ?」
類まれなる容姿の彼が心配する。
相手に悪意はないが、こっちが勝手にダメージを受ける。世の中はなんて不平等なのだと神に直談判したい。まあ、神を信じてないから不可能だけど。
「とにかく、我らを救ってくれてありがとう」
(どういたしまして?)
理由は不明だが、感謝は受け取っておこう。私は流れに身を任せ、長い物には巻かれる主義のグールである。
「我ら人狼一族は、お前に忠誠を誓おう」
(わあ、かっこい……まって)
今、この人なんて言った?人狼って言った……?
え゛、つまり「帰ります~」って嘘ついて森の奥に行ったことバレてる?
(……すみませんでしたーーー!!)
華麗な土下座を決める。
どうかこれで許してください!
「な、突然どうしたんだ?!」
グールの謎の行動に混乱した後、ふと合点がいったように頷く。
「そうか、お前はこの姿を見るのは初めてだったな」
そう言うやいなや、目の前の人間だった人が人狼のリーダーに変わる。
『この姿の方が馴染みがあったな』
そう言われた瞬間、私は意識を手放した。
『おい!大丈夫か!』
彼の声を遠くで聞きながら、キャビアの夢に落ちていった。
(しつこいな!食パンにキャビアはいらないってば!)
はっ!夢か。なにか悪夢を見ていたような……。
『目が覚めたか』
(!?)
私が座っているベッドの隣に椅子を置き、腰掛けている人狼のリーダー。
どうやら、また違う悪夢が始まったらしい。
『驚かせてすまなかった。決して悪気はなかったんだ……』
(?)
こちらの罪を問うにしては、しおらしい様子の彼に疑問を抱きつつも警戒する。この人はやるときはやる人だ。目を潰されかけた私が言うんだから間違いない。
『その、お前には救世主として……』
バタンキュー
私は死んだふりを実行する。ついでに泡も吹いておく。
『どうしたんだ!?おい、おい!ダメだ、医者を呼ばなくては……!』
突然ベッドに倒れ込んだグールに驚き、必死に声をかけた後、彼は飛ぶようにどこかに行った。
(よし、逃げよう!)
さっきの救世主という言葉ですべてを把握した。きっと彼は私を裁く方法として、神に生贄として捧げることにしたのだろう。ほら、人狼一族は神狼を信仰しているっていってたし間違いない。イエス・キリストみたいな磔にされたら、いくらグールでも死ぬかもしれない。なんかグールって神に関連するものに弱そうじゃない?聖力とかこの世界にありそうだから……。
(イヤだ!私はまだ天に召されたくない!)
というわけで、この人狼の森をすたこらさっさっと逃げた。
追手がこなかったのは意外だと思いつつも、その方が都合がよかったので深くは考えないことにした。