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グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
5.〈黒変〉
51/53

51.さよう……なら?



「ネル!ネルッ!!」


 ゼノの声が遠くから聞こえる。

 この人、こんなに切羽詰まった声が出せるのかと場違いに思う。


「おい!このバカ契約者!」


 まったく酷い悪魔だ。

 死に際でも罵ってくるなんて。

 久しぶりに会えたんだから、最期くらい笑ってよ。


「ネル!」


 ガルク……。

 結局、私のことを生贄にしようとしてたのかわからなかったな。

 でも、人狼の森にはもう一度行っておけばよかったかもしれない。


 “パキパキッ”


 身体が固まってくのがわかる。


(このまま結晶になるのか)


 彼らの悲鳴のような泣いているような声を聞きながら、そっと笑う。





 少し前、私は結晶の破片を食べた。

 そしてその瞬間、全身に激痛が走った。

 


 道中で空気が澄んでいくのがわかった。

 ……これから自分が消えることもわかった。


 最期は外で空を見たいという一心で、なんとか中庭まで這い出た。

 地べたに座り、枯れた噴水にもたれかかる。


 その瞬間、ゼノ、エンダー、ガルクが現れた。


 彼らは虫の息の私を見て、目を見開いていた。

 その様子を笑う暇もなく、私の体の結晶化が始まってしまった。




(ああ、もう彼らの声も聞こえない)


 身体の感覚はすでにない。

 死の静寂はこんな感じなのかとしみじみする。


 この意識は、一体いつまで保っていられるのだろう。


『やあ、結晶の宿主』


(来やがりましたね、影野郎め)


『口が悪くなったね』


 夢でしか会えなかった()()()が、私の死に際を見に来ていた。

 どうやら今の私は、夢を見ているような状態らしい。


(で、何の用です?)


 こうなることを予見していたであろう影が、なぜここに現れているのか。

 絶対に、お悔やみを申し上げにきたわけじゃないだろう。


『まあ、なんというか、不具合が発生した』


(この期に及んで、不具合)


 消えつつある奴に、なんて話をしてるんだ。

 問題は今後も生きている者たちで解決してくれ。

 どうせなら、安らかに逝かせてほしい。


『君、このまま消滅できないよ』


(…………は?)


 まったく、この影はなにを言っているんだ。 

 すべての結晶を吸収した私は、こうして実際に消えかかっているじゃないか。


『君、何か変な契約した?』


(エンダーとなら契約してますけど……)


『いや、彼のは問題ない』


(そうなんですね)


『それ以外でおかしな契約は?』


(いや、そんなのするわけ……)


 いや待て。

 不確定要素が一つだけある。


 ゼノだ。


 彼なら、こちらが知らない間にヤバい契約とか結んできててもおかしくない。

 例えば、互いの魂が結びつくような契約とか……。


(死がふたりを分かつまで系……)


『やはり、そうか』


(えっ?ほんとに結ばされてた?!)


 うんうんと頷く影に、言い知れぬ恐怖を覚える。

 まさか、ゼノの「来世までストーカーする」という発言は本当だった……?


『結晶は記憶する。つまり、君の魂を記憶した結晶は君の魂と共に消えなければならない』


(まったく迷惑な話ですよ)


 淡々と論理展開をする影に、精一杯の悪態をつく。

 できることなら、この影も道連れにしていきたいくらいだ。


『そして、君の魂は何者かに引き留められている状態だ』


(つまり?)


『結晶も君も消えないということだ』


(複雑な気分ですね)


 消えずに済んだことは喜ばしいが、〈黒変〉が終息しないことはまったく喜ばしくない。

 やっと諦められた自分の命に、また期待をもたせようとしてくるのは卑怯だ。


『こうなったのも何かの縁』


(うん?)


『君には他のことをしてもらおう』


(……はい?)


 急に方針を変えてきた影に脳が追いつかない。

 あれ?この影、私諸共〈黒変〉を消し去ろうとしてた鬼畜ですよね?


『王都で〈黒変〉の真実を知りなさい』


(嫌です)


 なぜこちらが言うことを聞く前提になっているのだろうか。  

 〈黒変〉の真相とか、特に興味とかないんですけど。


『そうか』


(……やけに、あっさりしてますね)


『真実を知ることで、君が消えることなく〈黒変〉を終息させる方法を見つけられるかもしれないのに』


(……この性悪め)


 〈黒変〉はこの世界で害にしかならない。

 私がこのままこの世界で生きていくなら、消滅させておくべき事象だ。


 それをわかっているからこその提案、いや命令だろう。


『早く目覚めた方がいい』


(また急になにを)


『君の()()()()()が暴れ出しそうだ』


 影がそう言った瞬間、意識が急速にどこかへ引き込まれ出した。

 まだまだある疑問と文句を影にぶつけることもできないまま、私の意識は反転した。






















 通夜のように静まり返ったある屋敷。

 そこでは、誰もが暗い表情をしていた。


「なあ、いい加減落ち着け」


 屋敷にある一室で、ライトは寝台から離れようとしない人物に声をかける。

 その人物のために食事を持ってきたのに、当の本人はこちらに目もくれない。


「ゼノ、ネルちゃんは生きてるよ」


 2週間以上も寝台にへばりついているゼノは、安らかな表情で目を閉じているネルから目を離そうとしない。


「今は待つ時だ」


 慰めの言葉をかけるが、彼には届かない。

 この言葉をかけるのも、何度目かわからない。


 ネルが目覚めてくれたら、万事が解決するのだが。


 しかし、いくら化け物じみた奴でも2週間も食べ物も水も口にしていないのは危険だ。

 誰が何を言っても反応しないゼノに、こちらもほとほと困っている。


「じゃあな、オレは行くぞ」


「………」


 まったく反応しないゼノを残し、部屋を後にする。






 屋敷を歩きながら、ライトはあの時のことを思い出した。




 例の廃城に着いた頃、ネルはほぼ全身が結晶化していた。

 ゼノが彼女をかき抱いて声をかけていたが、すでに意識はなかった。


 黒い結晶と一体になったネルは、まさに〈黒変〉そのものだった。


 『勇者』としてやるべきことはわかっていた。

 〈黒変〉の消滅のため、結晶を彼女ごと砕くことだ。


 剣に手をかけた瞬間、強烈な殺気を向けられた。


 ゼノだ。

 黒い瘴気を出し始めたネルを守るように腕に閉じ込め、こちらを睨んでいた。


 互いの意志がぶつかり合ったのは、あれが初めてだった。

 いつも自分がなかったゼノが、明確な意志をもって対抗してきたのだ。


 それにたじろいだ瞬間。

 ネルの結晶化が止まった。

 それだけじゃなく、みるみると元のネルの身体に戻っていった。


 原理はわからないまま彼女をゼノの屋敷まで運び、今に至る。



「あの悪魔と人狼はここに来るたびに湿気た顔をするし」


 きっとこの暗い雰囲気は彼女が目覚めるまで続くのだろう。

 本当にげんなりした気分になる。


「ネルちゃん、頼むから早く起きてー」


 軽い物言いとは裏腹に、声に込められた感情には重いなにかがのっていた。

 『勇者』は味気なくなった屋敷を見渡して、深くため息をついた。




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