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グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
1.始まり
5/53

5.人狼の森



『ほう?我らの森を見てみたいと』

(そうそう)


 私はリーダーと呼ばれている人狼の家にお邪魔していた。

 ログハウスのような建築様式は、彼らが高度な技術をもっていることが感じられた。だからこそ疑問に思った。「彼らがあの人間の集落を襲うだろうか?」と。


(まずはあの人たちから奪った物がないか確認してみよう)

 

 そばに人狼の誰かがいるなら、という条件で許可がおりた。

 さっそく周囲を観察する。






 しばらく観察した後。


(特にあの人たちから奪った物はないみたい)

 あの集落の人々が奪われた物は家畜や作物、農具だ。奪えるものはすべて奪ったようだった。

 ここには、それらがなかった。彼らが蓄えた食料があり、農具の代わりに狩り用の武器があった。まかり間違っても、あの集落から農具を奪うことはしないのではないかと思った。



『疑問は解けたか』

 今までそばで監視していた人狼のリーダーが声をかけてくる。

 まさかこの森のトップに監視されるとは思わなかった。まあ、そのおかげで観察中にちょっかいをかけられることがなかったから、よかったと思うべきなのか……。


(一応は)

 うんうんと頷く。


 しかし、私は確かにあの集落の人から聞いた。

 「あの人狼どもめ」という言葉を。深い憎しみをこめた言葉は、私の耳に低く響いた。聞き間違えということはあり得ない。


 

 こうなってしまっては仕方ないと、直球勝負に出ることにした。

 私はあの集落の惨状を人狼のリーダーに説明した。(絵で)


『我らがニンゲンの集落を襲ったか、だと?』

 下手くそな絵に四苦八苦しながらも、なんとか伝えることができた。しかし、意図が伝わっても彼の反応は芳しいものではなかった。


『そうか、お前は我ら人狼一族が襲ったと考えているわけだな』

 人狼のリーダーが苦笑しながら言った言葉に、慎重に頷く。



 


『それがどうした』


(……つまり、襲ったのはあなたたち)


 好戦的に牙をむき出しにしながら笑う人狼のリーダーに、抱いていた期待が揺らめく。私の最初の予想は当たっていたことになる。


『この世は弱肉強食だ。弱い者は食われて当然だろう』

 馬鹿にしたように、人狼のリーダーはこちらを見る。

 その瞳は揺れている。


(でも、あなたは苦しそうだ)

 攻撃的な表情には似つかわしくない、悲し気な光が瞳にともっていた。




 じっと見つめてくるグールに苛立った人狼のリーダーは、グールの目に鋭利な爪を突きつけた。今にも目を抉り出そうとしている。


『なんだその目は。不死身のグールでも目が見えなくなるのは避けたいだろう?」

 脅すようにグールの目に爪を寄せる。

 

(………)

 グールは、それでもなお人狼のリーダーから目を離さない。


『っ!』

 脅しているはずの彼がたじろぐ。

 グールの目から逃れるように目を逸らす姿は、とても頼りない。


『……はあ、もういい』

 根負けしたのは人狼だった。

 グールに向けていた爪をしまうと、そっと話し始めた。



『聞いてくれるか、我の罪を』









 この森にすむ人狼一族は誇り高き種族だった。

 この森で狩りをし、この森の果実を食していた。


 『神狼』という先祖を信仰しており、不義を犯すことは決して許さなかった。我らは神狼様の「忠義」の教えを第一としていたからだ。

 この教えが破られることはなかった。



 あの戦争が起こるまでは。



 我らは魔族といえども、神狼を信仰している特殊な立場の種族であった。主な魔族や魔物が『魔王』を信仰している中で、かなり異質な一族だったのだ。


 それが要因だったのだろう。『魔王』と『勇者』、いや一部の『魔族』と一部の『ニンゲン』が引き起こした戦争のせいで我らは壊滅した。無関係な我ら一族を戦争に駆り出し、前線でニンゲンたちと戦わせたのだ。


 我らは最初、激しく抗議した。しかし、多くの魔族たちに戦争の参戦を強要されれば、折れるしかなかった。そうでなければ、我らは魔族の手で破滅させられていただろう。


 同族よりも異種族に狩られるほうが、ましだと思ったのが間違いだったのかもしれない。ニンゲンたちとの戦いは熾烈を極めた。しかし、やっと休戦を迎えられた矢先、戦争から帰還した我らを迎えたのは一族の亡骸だった。



 我らに恨みを抱いたニンゲンたちが我らの森を襲い、弱い者しか残っていなかった森では大量虐殺が起こった。女子ども、老人や負傷兵たちは無残な姿で殺されていた。生き残っていたのは、ほんの一部の者たちだけだった。










『我は守れなかったのだ、一族の皆を』

 悔いるように言葉を絞り出す。


(それは……)


『今残っているのは、戦争で帰ってきた者たちが大半だ。ニンゲンに恨みをもっている者が多い。お前がいう集落を襲った者がいてもおかしくないだろう』

 わきあがる思いをふり払うように首を振る。


『この話を聞いた上で何を為す、知恵あるグールよ』

 人狼のリーダーはグールを真っ直ぐに見つめる。


(………)

 正直、人狼たちの気持ちも人間たちの気持ちも両方わかる。当事者でないからこそ、双方の言い分に理があると思う。しかし、そう思うだけではこの状況は改善しないだろう。


『それにニンゲンたちの食料を奪ったのは、恨みからだけではない』




『この森に〈黒変(こくへん)〉が起こったのだ』




(〈黒変〉?)


 彼の説明によると、〈黒変〉とは何の前触れもなく様々なものが黒ずんでいく現象らしい。そして問題なのは、黒ずんだものからでる《瘴気》だ。これを吸うと体から黒い結晶ができ、その結晶が一定の大きさになると死んでしまう。


(やばすぎ……)


『結晶の大きさは個体差がある。だから、いつ死んでもおかしくない災いだ』

 深くため息をつきながら、近くの木にもたれる。

 その木はまだ黒くなっていない。


『それによって森が死につつある。動物も果実も少なくなっている』


(それで食料を必要としていた)

 すべての謎が解けた。

 戦わなくて済んだのは幸いだったが、さらなる問題が出てきた。


(瘴気か……)

 項垂れながら木に凭れる人狼のリーダーを盗み見る。

 彼は疲弊しきっているようだ。思い出せば、この森の人狼たちはみんな疲弊していた。まるであの集落の人間たちのように。




(このグールの見せ場がきたということか!)

 不死身になったことを有難く感じた。

 私であればその瘴気の影響は受けない、と思う。












 その日の夜。

 人狼たちに、もう森から去ると伝えた。

 



 そうして、私はこっそりと黒変した森の最奥へ向かった。




 








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