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グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
5.〈黒変〉
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48.同じで同じじゃない


楽しい楽しいお出かけから帰った日の夜。


「え?ゼノさんが屋敷にいない?」


 欠けた月を窓から眺めていると、やってきた使用人にそう伝えられる。

 そうか、彼は屋敷を空けているのか。

 道理で、帰った時に屋敷がざわついていたわけだ。


「いつ帰ってくるんですか?」


 何気なく聞いたことだった。

 特に何の意図もない質問。


 しかし、この質問に使用人は顔を青くした。


「いえ……実は、それが―――」





「王命で〈黒変〉の消滅を……?」


 人の身で……アレを消滅しようと言うのか。


 ……不可能だ。

 アレはこの世界に混ざらないモノ。


 万物は灰となって地に還るけれど、あの結晶は決して地に還らない。

 燃やしても、埋めても、また〈黒変〉となって現われる。

 すべて、()()()から教えられたことだ。


「〈黒変〉は消せ―――」


 ――いや、それを伝えて何になるんだろう。

 〈黒変〉は誰にも消せないと、わざわざ不安させるようなことを言うべき?


「………いえ、何でもないです」


 不思議そうにしていたが、用件を済ませた使用人は部屋を出ていった。

 

 もう一度、夜空を見上げてみる。

 分厚い雲で見えなくなった月。

 

 一人になった部屋は、なぜか少し寒く感じた。

 













 



 以前よりも賑やかになったゼノの屋敷に足を踏み入れる。

 その足で、この屋敷でもっとも大切されている部屋へ向かう。


「やっほー!遊びに来たよ~」


 ライトは堂々と窓から、その部屋に侵入する。

 しかし、すぐに違和感に気づく。


「……ネルちゃん?」


 いつもなら、「出口はあっちです」と悪態をついてくる部屋の主がいない。

 周囲を見渡すが、何の気配も感じられない。

 耳を澄ませてみると、使用人たちの慌てた声が聞こえてくる。


「ネル様はどこに?!」

「おい!誰かあの方を見たか?!」

「いえ……、朝から誰も……」

「「「なにィッ!!?」


 どうやらあの子は、お留守番なんてできる子じゃなかったようだ。

 まったく手のかかる子だ。


「あちゃー、……あいつになんて報告しよう」


 あいつに様子を見てこいと言われて来たのだが、想定上最悪の報告をしないといけないようだ。荒れ狂うあいつの顔が容易に想像できる。


 このまま報告しても面白いが、もっと面白いことを思いついた。


「ほんと、見ていて飽きないよ」


 身支度を整えるべく、ライトは屋敷を後にした。

 なお、かの屋敷が阿鼻叫喚の地獄絵図だったことは言うまでもない。

 






























 



 柔らかな緑が風に揺れている丘陵。

 その先に連なる山脈には、白い雪化粧が施されている。


 あの山脈を越え、こちらに来たのは数週間前のこと。

 

「……屋敷、大丈夫かな」


 無論大丈夫なわけなかったが、ネルはそのことを考えないことにした。

 彼女には、他にすべきことがあったから。


「結晶がなーいっ!」


 サクッと〈黒変〉を消滅させて屋敷に戻ろうと思っていた。

 ……いたのだが、全く〈黒変〉が見つからない。


 王都から遠く離れたこの場所は、自然がいっぱいで空気が澄んでいる。

 澱んだ空気なんて一ミリも感じられない。


「ここまで遠くに来るつもりはなかったのに……」


 あまりにも見つからない〈黒変〉に意地になってしまった。

 「もうちょっと、もうちょっとしたら見つかる!」って思ってたら、ここにいた。


 こんなに屋敷を空けるつもりはなかったが、もう仕方がない。

 ここまで来たら〈黒変〉を見つけるまで帰らない。いや、帰れない。


 ゾクッ


「……ん?」


 背中に謎の悪寒が走る。

 頻繁に感じるこの悪寒だが、毎回、特に何も起きない。

 毎度のことながら、気味が悪い。


 フワっ


「!」


 風の中に、わずかだが鼻につく臭いがした。

 何かが焼け焦げたかのような、嫌な臭い。


 山脈を背に、臭いがする方角へと向かった。












「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「助けてくれッ!!」

「死にたくない!!!」


「殺せッ!!」

「一匹も逃すな!!!」

「死ねェッ!!」


 逃げ惑う魔族たちを、剣を掲げる騎士たちが追い詰めている。


 いや、騎士だけじゃない。

 村人のような服装をした人々もいる。

 松明を持った彼らが魔族たちを……。


 


「……………え?」


 丘陵が緩やかに谷になっている土地で、悲痛な叫びが(つんざ)く。

 谷底からは燻ぶる煙があがっている。

 この鼻が曲がりそうな臭いには、覚えがあった。


 生きた肉が焼け焦げる臭い。


 気持ち悪さに下を向く。

 吐きそうだ。


「うっ」


 何度か見たことがあるこの光景。

 これは“残党狩り”だ。


 人間たちを捕らえ、オモチャのように殺した魔族たち。

 逃げ惑う無力な魔族たちを追い詰め、殺す人間たち。


 残酷なほど美しい対比だ。


 滲んだ視界に、この戦場を指揮する者と目があう。


「……っゼノさん」


 最も会いたくない人と、最も酷い場所で出会ってしまった。


 純白だったはずの騎士服は、黒く染め上げられている。

 どれほどの血を浴びれば、あんなに黒ずむのだろうか。


 気が付くと、首と手足に光の拘束具がつけられていた。

 

「ネル」


 静かな声に、視線を上にあげる。

 服は黒く汚れているのに、顔は相変わらずキレイなゼノ。


 久しぶりに見た惨劇に、頭がボーっとする。


「ネル」


 ああ、名前を呼ばれている気がする。


「……来い」


 身体が温かい何かに包まれたのを感じながら、意識が遠のいていった。


























「おい、ゼノ」


 風をまとったライトが、谷底にある天幕に現れる。

 布団に包んだ存在を横抱きにしているゼノは、視線すらよこさない。


「こんな光景を見せる必要なかったんじゃないか」


 焼け焦げた魔族たちを喜々とした顔で蹴る人々。

 “残党狩り”の成功を知らせる、恒例の光景だ。


「過保護なお前らしくないな」


 訝し気な彼に、ゼノは何も答える気はなかった。

 これは、自分だけの思いだ。


「お前も協力しただろう」


「さて、何のことかな」


 ライトは風を手中におさめた状態で、そっぽを向いている。

 〈黒変〉の隠蔽も、今回の誘導も協力したくせに、喰えない奴だ。


「じゃあな、ネルちゃんをちゃんとケアしろよ」


 一瞬で消えた奴から、腕の中にある大切な存在へと意識を向ける。


 今回の件で、心に深い傷を負っただろう。

 あるいは、傷を広げたと言った方が正しいか。


 魔族でも人間でもない、中途半端な立場のネル。

 魔族の醜さも、人間の見苦しさも見てきたはずなのに、いまだに両者を信じている節がある。


 人造人間である自分と同じ境遇のネル。

 魔族でも人間でもない自分たちには、互いしかいないはずだ。

 いないはずなのに。

 

 ―――同じはずなのに、同じじゃない。

 決して()()()()に堕ちてこない。


「俺とお前は()()だろう?」


 守る価値のない者共など、放っておけばいい。

 大切な者は、互いだけにすればいい。


 そうすれば、俺と()()だ。


 すーすー


 安らかな寝息をたてるネルに、そっとキスをした。



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