47.酒を飲むのは自己責任
王都の街は常に賑わっている。
華やかなドレスを翻し、日傘をさしている婦人や令嬢たち。
シックなジャケットに身をつつんだ紳士や令息たち。
ここは貴族の御用達らしい。
一組のカップルが傍を通り過ぎた。
「ねえ、お聞きになって?とうとうあの町も……」
「大丈夫さ。王都は聖騎士たちがいるんだ」
「でも、被害は広がっているんでしょう?」
「それがなんだ!俺たちは被害を受けてないだろう」
「それもそうね」
ウフフアハハと人々が行き交う大広場。
彼らには〈黒変〉への危機感などないに等しいようだ。
今もなお、黒い結晶は広がり続けているのに。
「………」
噴水の縁に腰かけ、石畳の地面を見つめる。
様々な靴が視界に現れては消えていく。
せわしなく移り変わる視界に、取り残された気持ちになる。
俯く私の顔に影がかかった。
顔を上げると、大量の荷物を持ったライトがいた。
「あれ?ネルちゃん、疲れちゃった?」
「ライトさんはどうしてそんなに元気なんですか……」
同じ距離を歩き、同じようにウィンドウショッピングしたはずだ。
なのに、どうして、こんなにも疲労の差があるんだ!
「えー?買い物楽しいじゃん!」
「陽だ……陽の者だ……」
圧倒的陽キャ感に、目が潰れる。
あと、『勇者』がウィンドウショッピング好きって……。
解釈違いだとか言われたりするんだろうか。
「ネルちゃんは何も買わないの?」
今の今までライトの買い物に振り回されてきたが、自分の買い物はしていない。
だって、今回の外出の目的は買い物じゃないから。
「特に必要なものないですし」
必要だと思う前に、ゼノが用意している。
最近乾燥してきたから乳液ほしいなって思ってたら、ドレッサーの上にあるんだよ?
もはや、あれは恐怖体験だった。
「ドレスとかアクセサリーとか欲しくない?」
「欲しくない」
「えー」
ドレスを着て行かなければならない場所なんて行かないし、アクセサリーは紛失する自信しかない。人並みにオシャレは好きだけど、圧倒的に見る専門なのだ。かわいい服をかわいいと思う感覚はちゃんとある。
「ゼノにドレス姿見せたら、面白いことになりそうなのに」
「私で遊ばないでください!」
この人、私を使って遊ぼうとしてる。
巻き込まれる方の気持ちも考えてほしい。
こっちが後始末をする未来が、ありありと浮かぶ。
「私のことはいいですから!買い物楽しんできてください!」
後ろ髪を引かれているライトの背中を押して、近くの店に放り込んだ。
店員に捕まった彼を見届け、念願の一人行動に出る。
まずは、酒場を目指した。
ガヤガヤ
「お~い!ねえちゃん、酒が足んねぇぞ!」
「はーい、ただいまー」
「ねえちゃん、こっちも!」
「はいはい、順番ですよー」
真っ昼間からアルコールをひっかけている大人たち。
そういえば、お酒を飲むのに時間帯なんて関係ないと言ってた吞兵衛がいた気がする。
ウェイターの邪魔にならないように、空いているカウンター席に座る。
一番隅っこの席だから、フードを被っている姿でも目立たない。
よかった……。入った時に不審者扱いされなくて……。
フードをしっかりとかぶり直していると、近くに二人組の男たちが座った。
私は手元にあるグラスを口元へ運んだ。
「おい、聞いたか」
「ああ、“黒騎士”のことか」
(“黒騎士”?)
耳慣れない言葉に、彼らの会話へ意識が向く。
「そうだ。まさか聖騎士があんなに強いとはな」
「聖騎士じゃねぇよ。元聖騎士だ」
興味深い話に、耳をそばだてた。
そして、彼らの会話を聞いていてわかったのは、〈黒変〉を前線で対処しているのが元聖騎士の“黒騎士”と呼ばれる人物だということだ。
(元聖騎士……)
若干一名、元聖騎士な人物を知っている。
いやでも、ゼノの髪色は白だ。
黒ではない。
(でも、彼と知り合いの可能性はあるかも)
以前、ゼノが聖騎士たちと共に〈黒変〉に対応していたのを見たことがある。
まあ、それを現場で見た結果、監禁されるという苦い思い出が……。
とにかく、ゼノも〈黒変〉に関わっている以上、“黒騎士”のことを知っている可能性は高い。
(でも、聞いても素直に答えてくれないだろうなぁ)
和解(?)みたいなのをして、監禁は解いてもらえた。(現在:軟禁)
でも、私が〈黒変〉に関わることは地雷であることは変わらなかった。
口を滑らせてその単語を言おうものなら、監禁コースに一直線だ。
(危うく、またあの部屋に入れられるところだった……)
あの時のことを遠い目で思い出していると、二人組の男たちがいなくなっていた。
どうやら、これ以上の話は聞けないようだ。
お会計を済まし、お昼時で人が多くなった酒場を後にした。
「ネルちゃん、どこいってたの」
プンプンと可愛くもないライトの膨れっ面を拝む。
周囲の女性の目がハートになっている意味がわからない。
目を逸らして沈黙していると、首元に顔を寄せてきた。
「!?」
ライトの奇行に目を見張っていると、彼の鼻先が首筋に触れた。
全身に鳥肌が立つ。
だ、大動脈あたりをとらえられた……!
「………ネルちゃん、お酒飲んだ?」
ギクッ
「え、え?……ま、まさか!」
口元をおさえ、呼気に含まれるアルコールをなんとか誤魔化そうとする。
しかし、そんな小手先の誤魔化しではダメだったようだ。
至近距離にあるライトの目が、明らかに座っている。
お酒を飲んだことがバレてしまった。
「ネルちゃん」
「ご、ごめんなさい」
(いや待って、なんでお酒飲んだことを咎められてるんだろう)
グールになる前から成人してるし、ライトに叱られている理由がわからない。
反論しようと顔を上げ、あまりの顔の近さにすぐに俯く。
ダメだ、圧がすごい。
ここはとにかくやり過ごそうと、沈黙し続ける。
すると、顔に生暖かい空気を感じた。
「?」
それが気になって、顔を上げた瞬間だった。
チュッ
「!?」
「「「キャーーー!」」」
黄色い悲鳴を背景に、自分の鼻をおさえて後ずさる。
え?この人、鼻にキスしてきた?
「なっなっ……!」
「お仕置きだよ」
パチンとウインクをしてきた軟派男に、握りしめた拳をかざす。
「わ~、暴力はんた~い」
「待ちなさい!このチャラ男め!」
女性陣たちの熱い視線を浴びているライトを追い回した。
一向に捕まらない犯人に追っても無駄だと気づき、帰りの馬車に直行した。
なお、その馬車にさっきまで追い回していたライトが乗っていたことを追記しておく。馬車の中では、意地でも奴の方を向かないようにした。些細な抵抗だと言うんじゃない!