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46.変化する心



 夜明け前の部屋は、まだ薄暗い。

 まるで今の私の心を映しているようだ。


「〈黒変〉が消えれば、私も消える……?」


 このまま、ずっとこのまま生きていくのだと思っていた。 


 コツ


「………」


 額を窓にくっつける。

 朝の空気に冷やされたガラスが心地いい。


 私は……近いうちに死ぬのか。


「……よかった」


 十分に冷えた頭を、窓から離す。

 窓の外にある木に、二羽の小鳥が肩を寄せ合っていた。


















「起きていたのか」


 朝日が出てきた頃、『騎士』がやってきた。

 少し服が汚れている。

 きっと、外で仕事をしてきたのだろう。


「ゼノさん」


「!!」


 『騎士』ではなく「ゼノ」と呼んだ私の顔を、驚いた様子で凝視してくる。

 そうなるのも当然か。今まで頑なに名前を呼ばなかったから。


「一緒にお話しませんか」


 固まったまま動かないゼノに笑いかける。

 暫くして、彼は窓の傍にいる私の元へフラフラとやってきた。


 普段の泰然自若さからは想像もできない彼の様子に、思わず笑みが零れた。

 死を前にして、やっと『騎士』……いやゼノに真っ直ぐ向き合う気になるとは。


「そうですね、とりあえず私の旅の話を聞いてくれますか?」


 窓辺に腰掛けた私は、無言で頷く彼にあの頃の話を語る。

 彼はじっとこちらを見て、耳を傾けている。


 こんな素直なゼノは初めて見た。

 どうやら、壁をつくっていたのは私の方だったのかもしれない。

 歩み寄るフリをして、心のボーダーラインは決して踏ませなかったようだ。


(タイムリミットを目前にして、やっと心の内側に入れる気になるなんて)


 いや、心の内側にゼノをいれたのは、どうせ自分が消えることがわかっているからか。


 刺すような朝日をこの身に浴びながら、自分の話を彼にした。

 気づいた時には、太陽が空の真上にあった。











 監禁生活が続いたが、あの日からゼノと話をするようになった。

 そのおかげか、彼の精神が安定していったのが見て取れた。


「外に出たいか」


「え?」


 いつものように、夜にゼノと話している時のことだった。

 彼が突然、そんなことを口にした。


 今まで閉じ込めること一辺倒だった彼が……!

 これはとても良い傾向なのでは。


「そうですね。……でも、いいんですか?」


 話していてわかってきたことだが、彼は私が消えることを極度に恐れている。

 まあ、前科しかないから……。(脱走したり誘拐されたり殺されかけたりetc.)


「構わない」


 穏やかな顔で窓の外を見ている彼に、胸が痛んだ。

 近いうちに、この顔を歪めてしまうのか。

 月明かりに照らされた横顔から、静かに目を背けた。


「……ありがとうございます」


 彼の視線を追うと、芽吹きだした木の幹が目に入った。

 彼らは次の命の準備をしているようだ。


「………」


「どうした」


 心なしか柔らかいゼノの声に、無性に胸をかきむしりたくなった。

 その場を適当に誤魔化し、私はカーテンを閉じた。























 数日後。

 空は澄み渡り、絶好の外出日和となっていた。


「ネ~ルちゃん!遊びにきたよ~」


 そして、晴れやかな外出気分に横やりを入れてくる『勇者』がいなければ完璧だった。


「酷い!オレを無視しないでっ」


「ゼノさんでさえ、遠慮してついてこないのに……」


 私の言葉に、ライトは「おやっ?」という顔をした。

 こちらに視線を投げ、上から下へと舐めまわすように見てくる。


「………なんですか」


 ぐるぐると自分の周りをまわる不審者に頬がひきつる。

 これが『勇者』とは、世も末である。


「いや~、いつもカワイイけど、今日は格別にカワイイね!」


「………ありがとうございます」


 サムズアップしてくる彼に、何かしらの疲れを感じてしまった。

 どうしよう。まだ出かけてすらいないのに、もう部屋に帰りたい。


「ゼノさんは執務室にいると思いますよ」


 暗に「ついてくるな」という意味を言外に含ませる。

 勘のいい『勇者』様はとても好ましいと思う。


「そっかー。じゃっ、オレと二人きりのお出かけだね!」


 ああ、好ましくない『勇者』様だったか。

 勘が悪いにもほどがある。

 絶対わかっててやってるでしょ!


「………」


「ライトさん?」


 急に黙り込んだ彼に、少し不安になる。

 ちょっと邪険に扱い過ぎたかな。


「ほら、サンドイッチあげますから」

 

 俯く彼に一切れのサンドイッチを差しだす。

 貴重な昼食をわけてあげるのだから、感謝して欲しい。


「……ん?ああ、ゴメンゴメン!なになに、どうしたの?」


「やっぱいいです」


「あ~、待ってよー」


 ライトはまったくなんでもなかったようだ。

 今見せた優しさをなかったことにしたい。


「うん、コレおいしいね」


「!?」


 持っていたはずのサンドイッチが消えていた。

 バッと犯人を見ると、手についたパンくずを舐めていた。


「かっ、返せーーっ!!」


「う~ん、ムリ」


 「てへぺろっ」とでも言っているような顔で煽ってきた。


 許すべからず!!


「あとナチュラルに馬車に乗り込むなー!」


「ほらほら、出発するよー」


 ライトのペースに完全に呑まれた私は、そのまま彼と出かけることになってしまった。


 頼む、帰ってくれ。

 二度とない外出かもしれないのに!






















________________________________


 ガタッゴトッ


 馬車の中で、男女が向かい合って座っている。

 いや、片方は窓の外に顔を向けているから向き合ってはないないか。


 目の前でブスくれるネルに、ライトは自然と口角が上がる。

 本当に見ていて飽きない子だ。


『おい、見るな。減る』


(ゼノ、うるさいぞ)


 まったく心配性な奴だ。

 こうして本人には内緒で監視しているのだから。

 

(外出ごときに千里眼使うなよ……)


 異常な執着心をネルに向けている相棒に呆れる。


 ……なんて。

 思ってもないことは、言うもんじゃないな。


『黙れ』


(人の脳内勝手に覗いといて、なんて言い草だ)


 これだから、精神魔法の意思疎通は嫌いなんだ。

 考えていることを勝手に知られる。


(お前はせいぜい鏡で、ネルちゃんを見るんだな)


『殺すぞ』


(血の気が多い奴ー)


 出発する前も、脅しをかけてくるくらいの元気さだ。

 そのせいで、ネルちゃんのデレを見逃すとこだった。


(サンドイッチおいしかったな~)


 ブツッ


「あれ」


 どうやら、通信が切られてしまったようだ。

 ネルが訝し気にライトを見る。


 すると、突然。


 ドゴーンッッッ!!!!


「え?なにごと?!」


 遠くから聞こえてきた轟音に、目の前の小さな体が飛び上がる。

 音の方角的に、さきほど出発した屋敷からだ。


「半壊で済んでたらいいね~」


「あの音ヤバいって!!」


「アハハ~」


「笑い事じゃないですよ!」


 混乱しているネルを眺めて愉しむ。

 そして、心中が荒れに荒れているだろう『騎士』殿を想像して笑った。








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