45.定め
「やっほー、ネルちゃん!調子は―――」
「ライトさん、出口はあちらですよ」
「辛辣っ」
ある日の午前、窓もドアも魔法で封鎖されている部屋に『勇者』がやってきた。
ちなみに、こうして部屋に監禁されている身だが、これが結構快適。
許可されている読書をしながら、何度目かの彼の来訪に対応する。
「にしても、あいつも極端だよね~」
あいつとは、100パーセント『騎士』のことだ。
ライトは簡単に言っているが、極端も極端だ。
『騎士』には“程々”を覚えて欲しい。
「ライトさん、あの人の仲間でしょう。なんとかしてください」
「何度言われても、それはムリ」
私が座っている椅子の近くまできた彼は、わざわざこちらの顔を覗き込みながら言った。
監禁生活で精神的に参っているこちらを、あえて煽ってくるスタイルだ。
「役に立たない……」
「本人目の前にいるから。悪口は陰で言って?」
彼は笑いながら、私の持っていた本を取り上げた。
「返してください」
しかし、彼はニコニコしたまま、黙ってこちらを見てくるだけ。
私は本を諦め、目の前に立っている客人の相手をすることにした。
「〈黒変〉はどうなってますか?」
「ありゃ、先にそっちから聞いてくる?」
おそらく彼は、『騎士』について聞かれることを期待していたのだろう。
残念だったな。こちらからは意地でも聞かないぞ!
「う~ん、それが最近おかしな事が起こってるんだよね」
「おかしな事?」
詳しく聞いてみると、どうやら最近〈黒変〉が自然消滅する事態が増えているらしいのだ。これは明らかにおかしい。〈黒変〉は、瘴気を生み出すあの“黒い結晶”を消滅させなければ治まらない。そして、“黒い結晶”の消滅方法はいまだに判明していない。
私がやっている結晶の捕食行為も、本当に結晶を消滅させているかどうかもわかっていないのだ。
(それなのに、〈黒変〉が自然に消滅している?)
「まっ、こちらとしては有難い限りだよ」
ライトは興味なさげに、軽くそう言った。
彼はこの異常事態を楽観的に捉えているようだ。
嫌な予感がする。
心のざわめきが収まらない。
気分が落ち着かないこちらの様子に気づいた彼は、軽く雑談をして帰っていった。
まあ、物言いたげな顔をこちらに向けながら転移はしていたけども。
(こういう引き際とか、大人だなぁって思う)
不覚にも、ライトのいい部分を噛みしめる。
そして、引き際が良いもう一人の大人を思い出す。
「『騎士』も引き際だけはいいんだけど……」
そう、『騎士』もこちらの様子を気遣って早めに退散するのはする。
でも、引き際がよくたって監禁してきてるという大きなマイナスがあるから、好感度などにつながるわけがない。
最近は『騎士』の来訪よりも、『勇者』の来訪が増えてきた。
もしかすると、『騎士』の方は〈黒変〉の対応で忙しいのかもしれない。
あれ、『騎士』が忙しくなるなら、『勇者』も忙しくなるのでは……。
「いや、あの人は年中遊び惚けててもおかしくないか」
人族の希望に対して酷い評価を下す。
仕方ない。日頃の行いのせいだ。
下らないことをつらつらと考えていたその時だった。
「ぐッ!!」
突然、強烈な胸の痛みに襲われる。
心臓が圧力をかけられたかのように圧迫されている。
(苦しいっ……!)
ここまでの痛みは、聖力を伴う攻撃を受けた時以来だ。
しかし、周囲には聖力をもつ物なんてなかったはずだ。
ここは『騎士』が作り出した完璧な檻なのだから。
私を傷つけるようなものを置いておくはずがないのだ。
(ダメだ……もう意識が……)
ドサッ
椅子から崩れ落ちたことを感じながら、暗い世界へと落ちていった。
「ああ、やっと来た」
低い、穏やかな声に目を開ける。
目の前には揺らめく影が立っていた。
(影……)
どうやら夢の世界にきたようだ。
さっきまでの胸の痛みが消えている。
「痛みは治まったかい」
(なぜ知って―――)
「その痛みは私のせいだからね」
(!!)
あの心臓が潰れそうな痛みが、この影のせい?
一体どういうことなのかと、影から距離をとる。
睨みつけたかったが、影のどこを見ればいいのかわからずやめておいた。
「上の方を睨んではどうだ?」
(戯言はいいから早く!)
敵か味方かわからない相手のジョークになんて付き合ってられない。
さっさと答えを吐いて!
「ふむ、君は不思議に思わなかったのかい?」
(?)
「どうして自分があの〈黒変〉を治められるのか」
(!)
確かに、最初は疑問だった。
どうして私はあの結晶を食べられるのか。
どうして私はその行為で〈黒変〉を治められるのか。
でも、〈黒変〉を消すことで喜んでくれる誰かがいるなら、それでよかった。
“どうして?”なんて疑問は、心の奥底に沈んでいった。
「君が選ばれた存在だから」
(………)
「―――というのは違う」
諭すように言ってくる影に、『そんなこと思ったことない!』という反発心と『本当に思わなかった?』という疑心が生じてくる。
本当に、人の心にさざ波を立てるのが得意な影だ。
「君は創られた存在だ」
(創られ……?)
この世界に来た時の記憶がフラッシュバックする。
魔方陣の上に座り込む自分。
そして……首を切り落とされる自分。
そうやって、私はグールに体を創り変えられた。
「さて、君はなぜグールになったのか」
ジワリと心に黒い染みが広がっていくようだ。
嫌だ。知りたくない。
「君はね、〈黒変〉を消滅させるためだけに創られた存在なんだよ」
影は、お前の存在価値はそれだけだと言っている。
(違う、そんなわけない!私は……私は人間だ!道具じゃない!)
苦しい、悔しい。
どうして、こんなことを言われなければならない!
それじゃあ、最初から……最初から私が〈黒変〉を消すことは決まっていたってこと?
私の意志でやったことじゃない……?
「君は言葉通り〈黒変〉のためだけに存在している」
俯く顔に、黒い影が纏わりつく。
いつの間にか、影がすぐ傍まで来ていた。
「結晶をすべて集めた君は、〈黒変〉と共に消える定めだ」
(!!)
〈黒変〉が消えたら……私も消える?
何を言っているんだろう。意味が分からない。
「〈黒変〉は私の……いや我々の業だ」
放心する私を置き去りに、影は話を続ける。
「私はもう影でしか姿を保てない」
影が一瞬、何かの姿をとる。
しかし、すぐに霧散してしまった。
「君に託す」
(……ッ待って!)
どんどん薄くなる影に、手を伸ばす。
伸ばした手が空を切り、私の意識も反転した。