41.結晶喰らいの代償
グニャグニャとした紫とも青ともつかない空間の中。
うーん、宇宙空間みたいだ。
私は『騎士』に抱かれた状態で、その中を落下していた。
「うわああああ―――って、ん?」
ずっと感じていた浮遊感が突然なくなった。
そして、周囲の風景も一変していた。
「これは……」
さっきまでいた玉座の間と酷似した空間。
異なっているのは、黒ずんだ空間だということだ。
「瘴気?」
「そうだ」
『騎士』は私を地面に降ろす気配がなく、そのまま玉座へと足を進める。
あのー、降ろしていただきたいんですが。
「ここで魔王を砕いた」
豪華だったであろう玉座は、真っ黒に染まっていてかつての姿を想像することもできない。
黒い破片が所々、椅子に食い込んでいる。
これは間違いない。
黒い結晶だ。
意識することなく、それに手が伸びる。
(これは、また私の仕事が……)
『黒い結晶を喰らう者』
なぜか、脳裏にその言葉が浮かぶ。
とうとう自分は、考えなくても結晶を喰らおうとするようになったようだ。
(習慣っておそろしいなー)
その結晶に手が触れようとした瞬間、大きな手に掴まれる。
「何をしている」
「ああ、そっか」
そういえば、『騎士』は知らないんだった。
私がエンダーと共に、結晶を除去していることを。
「あー、これは私の養分となり得るものというか……珍味というか……」
「何を言っている」
(くっ、『騎士』のくせに正論をっ)
いまだに手を掴まれ、結晶に手が届かない。
確かに、知り合いがこの禍々しいものに手を伸ばしたら、止めるのが普通だ。
(普段はあんなに非常識なのに……!)
失礼なことを思いつつ、『騎士』をどう説得する(誤魔化す)か考える。
不審げな顔をしてる『騎士』を横目で確認する。
(正攻法は無理そう……)
『騎士』を誤魔化せるような、何か……何かはないか……。
ふと、元の世界で見た特集を思い出す。
『これでイチコロ!上目遣い特集!』
(上目遣い)
今の自分の状態を確認する。
『騎士』に横抱きにされていて、『騎士』の顔を見上げる形になっている。
イケるッ!
「『騎士』」
キュルン
「………」
無反応の『騎士』に心が折れかけながらも、必死に眼球を上に向ける。
なけなしの涙腺も刺激し、目を潤ませる。
「わたしぃ、これを食べるのが趣味なの」
キュルキュルン
(うぐあああッ!いっそコロしてくれーッ!)
自我が崩壊していく音を聞きながら、必死に『騎士』へ媚びる。
そして、肝心の『騎士』の反応をうかがう。
「…………」
(ダメだッ!無言で無表情だ!)
どうやら私は、自分のプライドを無為に失っただけだったようだ。
これが、骨折り損のくたびれ儲け。
(もう消えたい……)
すべてに堪えきれず、両手で顔を覆う。
ガシッ
「ん?」
顔にあてていたはずの片手が、『騎士』に掴まれている。
これでは半分しか顔を隠せない。
手を放していただけないだろうか。
「もう一度」
「は?」
「もう一度やってくれ」
「え?」
この『騎士』、悪魔か。
あの恥でしかない姿を、もう一度さらせと言っていやがる。
「い……」
嫌だと言いかけ、慌ててやめる。
「………もう一度やったら、私が結晶をどうしようと手出ししないって約束してくれますか?」
「する」
即答だ。
なるほど、この『騎士』は羞恥でこちらをコロす気のようだ。
「わかりました」
ガリッ
(うん、これで最後かな)
結晶の残骸をすべて食べ終わる。
なお、『騎士』は私との約束を守った上、結晶を集めるのも手伝ってくれた。
上機嫌そうだったのが、なんとなく恨めしかった。
え?ちゃんとあのぶりっ子をしたのかって?
……あの再演については、ノーコメントでいかせていだたく。
「なぜコレを食べるんだ」
浄化された空間を眺める『騎士』が、至極もっともな質問をしてきた。
「うーん、食べたら〈黒変〉が治まるから……ですかね?」
正直、たまたま結晶を食べて、たまたま〈黒変〉が治まっただけなんだけど。
いつの間にか、結晶を見つけたら食べるようになったのも、ただの成り行きだし。
「………」
じっとこちらを見つめてくる『騎士』に苦笑する。
「ああ、特に体に異常はないですよ」
「そうか」
予想通り、彼は心配してくれていたようだ。
『騎士』の考えていることは、本当にわかりずらい。
「さて、用は済みましたし、帰りますか」
そう言うと、『騎士』は両手を広げてきた。
どうやら帰る時も、横抱きで帰らなければならないみたいだ。
「………手をつなぐのは」
「駄目だ」
抵抗も虚しく、私は『騎士』の腕の中に収まった。
『騎士』の亜空間は、行きと同じようにジェットコースターだった。
『ああ。あの子が』
浄化された玉座には、そう呟く者がいた。
「エンダー、浄化してきたよ!」
ぜひ相棒に褒めてもらおうと、エンダーの元へ走った。
しかし、彼がこちらを見た瞬間、鬼のような形相で飛んできた。
「オマエッ!バカかッ!!」
「え?え?」
予想外の罵倒に困惑する。
どうして?いつもなら、悪態をつきながらも「よくやった」と言ってくれるのに。
「こっち来いッ!」
エンダーに引きずられ、みんなと離れた場所に連れていかれる。
鏡を取り出した彼は、私の顔の前にかざした。
「あ……」
顔には、黒い斑点が現れていた。
これは、最近現れ始めた異常だった。
「前も、その前もッ!問題ないって言ってたじゃねぇのかよッ!」
激昂するエンダーに、返す言葉を失う。
この症状が現れる度に、一時的なものだから大丈夫だと誤魔化してきた。
そう言わなければ、エンダーは結晶を食べることを止めるだろうから。
「今も問題はないですし、そう心配しないでください」
「黙れッ!帰るぞ!」
「ちょっ」
私は問答無用で意識を奪われた。
意識を失う前にちらっと見えたエンダーの顔は、今にも泣きだしそうだった。
「待て、悪魔」
「クソ騎士に構ってる暇はねェんだよッ」
「落ち着け」
『騎士』は、焦りを隠せない悪魔をその場に留める。
宙に浮かんでいるネルに視線をうつし、その顔に手を伸ばす。
「これはいつからだ」
落ち着いた様子の『騎士』に感化されたのか、エンダーも次第に落ち着く。
ガルクとライトは静観している。
「……少し前からだ」
エンダーは、ネルが結晶を食べると顔に黒い斑点が現れるようになったことを話した。
本人が、そのことを隠したがっていることも。
「こいつは問題ないって言ってるが、本当に不調がないのかはわかんねぇんだよ」
力なく俯く悪魔に、『騎士』は目を細める。
この悪魔は思った以上に、契約者のことを心配しているようだ。
「これは俺がもらい受ける」
「ハア?!嫌に決まってんだろッ!」
「俺の元にいれば、結晶に触れることもない」
「……!それは……」
目に迷うを浮かべる悪魔に、そのまま押し切ろうと口を開く。
しかし、そこに横やりが入る。
「まあまあ、ネルちゃんの意志が一番なんじゃない?」
ライトは悪魔の傍に立つ。
邪魔が入った。
「一度、拠点に戻るべきだろう」
人狼のその言葉に、魔都に立てた拠点へ戻ることになった。