4.ある集落
昨日と変わらず曇り切った空!
時が止まっているかのような不気味な森!
グールであるこの私に相応しいどんよりさ!
(じゃなーーい!!)
洞穴から出て、森の中を進む。
あまりにも森を抜けられないことに、気がおかしくなりかけているようだ。
(この森、迷いの森というやつ?)
某ゼ○ダの伝説みたいなやつ。あの軽快な音楽が聞こえる。(幻聴)
足りないのは、霧が立ちこめてないところか。視界は冴えわたっているのに、抜けられないこの森のほうが迷いの森とかよりも凶悪かもしれない。
めげずに足を進める。
突然、膜のようなものを通り抜けた感覚がした途端、空気がかわった。
(……?心なしか空気が乾いた気がする)
今までのジメジメした空気がカラッとしたものになる。
明らかに変化が生じたことに気が付く。
不思議に思いつつも歩いていると、視界がひらけた。
目の前には丘陵が広がっている。
青々とした草木が陽の光をうけ、生命を輝かせている。
清々しい解放感を味わう。
(爽快だ~)
深く息を吸ってゆっくりと歩く。
後ろにある森には絶対にかえりたくないと思った。あそこにずっといたらカビがはえる。グールにカビがはえたら、いよいよ終わりだろう。体にキノコは生やしたくない。
(ん?あそかに何か……)
よくよく目をこらしてみると、遠くに集落のようなものが見えた。
グールになって目も良くなるし、力持ちになるし、いいこと尽くめでは?
無尽蔵の体力で、グールはその集落を目指すことにした。
(うわぁ、人だ!人がいる!)
久しぶりに見た大量の人間に心が躍る。
仕事場で冷たくなった状態の人間は時折みかけていたが、生きている状態の人間は『騎士』以外に初めてだった。
体はグールでも、心は100%人間だ。同族をみて喜ばないはずがない。
草陰でこっそりと人間たちを覗き見る。
人間がいることに喜んでいたグールだったが、彼らの様子がおかしいことに気づく。服はボロボロで、汚れた頬は瘦せこけている。なによりも表情が暗い。
(何があったんだろう)
彼らの会話を聞くために隠れながら近寄る。
「もうここもおしまいだ」
(おしまい?!)
「ああ、どうせ奴らにやられる」
(奴ら……?)
「勇者様たちは魔界にいってしまわれた……。ここを守ってくださる者もいない」
「そうだな、いっそのこと自分たちの手で」
(いけない!)
ガサッ
「なにやつ!!」
「奴らか?……それでもいいか、皆と逝けるなら」
「ああ、もう失うものもないしな……」
(やめて!心苦しい!)
あまりにも辛い彼らの言動に、グールの心はダメージを受ける。ついでに、化け物扱いされていることに悲しさと気まずさを感じる。そんな大層な者じゃなくて申し訳ない……。
(しかし、無害なことをどう伝えるか……)
言葉が話せないグールは悩む。グールのいる草むらには人間たちの視線が集中している。これは困ったと思ったグールは何を思ったのか草むらから出てきた。
「や、奴らじゃない……?」
「しかし新手の可能性も……」
ズサァッ
「「「!?!」」」
このグール、土下座した。
スライディング土下座したのである。
これには人間たち、大パニック。
「な、なぜ地面に伏したんだ?」
「わからん、特殊な魔法の動作か?」
「こんなにも情けない動作の魔法なんてあるか……?」
(ボロクソだ……!)
顔を地につけたまま、グールは心に傷を負っていた。
あまりの出来事に本音が出るのはわかるが、あまりにも素直すぎる本音は人を傷つけるということを知っていてほしい。伝える方法ないけど。
「だ、だが、敵意がないことは伝わるな」
「ああ、なんとなく謝られている感じがする」
「わしは命乞いのように見えるが」
人間たちはグールの滑稽な姿に、警戒心を緩めた。
こんな突飛な行動をするやつに、いちいち警戒するのも馬鹿らしくなったようだ。数人がズサッと座り込む。いろいろと諦めたようだ。
「おい、攻撃してこないならお前さんもこっちに来い」
「そうだな……、どうせ何されても構わないしな」
「なにもないからな」
人間たちの予想外の歓迎に驚きながらも、グールはそっと近寄る。しかし、遠慮しているのかボロボロの家屋の陰に隠れている。隠れてはいるものの、顔がちょこんと覗いている。
「……可愛げがあると思うのはわしだけかの」
「いや、おいらもそう思う」
案外、温かい眼差しを感じながら、彼らの様子を観察する。
彼らがボロボロで疲弊しているのは分かっていたが、今彼らがいる広場も家屋もボロボロだ。まるで何者かの襲撃をうけたように。
(彼らを襲う者がいる?)
荒らされた畑、破壊された納屋、物が散乱し踏み荒らされている道。
明らかに非常事態の香りがする。
「はあ。今夜も来るだろうか……」
「それなら今日で全滅だろう。それが、せめてもの救いか……」
やはり彼らを絶望に落としている存在がいるようだ。それも複数の敵がいるということが話から推定できる。加えて、この破壊の様から相手が凶暴であることがうかがえる。
(……なにかできないかな)
そうすれば、きっとこの人たちは私に感謝するはずだ!
……別に、彼らの様子に心が痛むからとかからじゃない。そんな善人のようなことはするつもりはない。なんせグールだからね!グールに善悪ないから!……笑顔がみたいとか思ってないから。
グルグルと考え込みながら、破壊されている痕跡を観察し始めた。グールのこの行動を不思議に見ながらも、人間たちは好きにさせることにした。どうせ守るべきものも失うものもなくなってしまった。今更、何をされてもどうでもよくなっている。
(これは……噛み痕?)
敵は牙をもっているようだ。ふむ、攻撃力はないけど耐久力は無限大のグールで勝てるだろうか?いや、やるしかない。どうせ死ねない体なのだから、惜しむ必要もない。
ザッザッザッ
「ん?おーい、どこに行くんだ?」
動き出したグールに、誰かが気づいて声をかける。
「放っておけ。こっちに興味がなくなったんだろ」
もう一人が無気力に言う。
(驚きをお届けしよう)
そう密かに決意しながら、踏み荒らされた跡を辿っていった。
平野をぬけ、雑木林をぬけ、真っ黒な森にたどり着いた。
現在、絶賛囲まれております。
『なぜ、この人狼の縄張りにやってきた』
二足歩行の狼に詰問される。
どうして狼は喋れるのに、限りなく人間に近いグールが喋れないんだ……!
『何を考えている。さっさと質問に答えろ』
グルルルル
一際大きい体の人狼が低く脅すように唸る。
きっと彼がここのボスなのだろう。民族っぽい服装を皆着ているが、彼が一番目を引く文様が刻まれている。言語もあるし、彼らが文化をもつ知能生命体だとわかる。
(いや、喋れないんですけど)
言語もある。知能もある。文化も高水準のところで生きていた。
なのになぜ!今の私は話せないんだ!!
『……項垂れていないで話してくれないか。こちらも対応に困る』
この人、いい人なのかもしれない。
『さもなくば殺す』
あっ、そんなことなかった。
グールは焦ったように自身の口を指し、顔の前で手を使ってバツをつくる。
意訳:喋れません。
『……話せないと?』
(そうそう!)
『ふむ、よく見たらグールか。話せなくても不思議はないな』
(この人狼、話がわかる人だ!)
『だが、グールに知能があるとは聞いたことがない』
(あっ、やべ)
絶体絶命かと思われたその時、一匹の人狼が前に出る。
『リーダー、こいつは特殊個体かもしれません』
『特殊個体……。なるほどな、それなら知能があってもおかしくない』
リーダーと呼ばれた人狼は、出していた爪をおさめる。
『ついてこい。お前の目的をじっくりと聞いてやろう』
爪はおさめても牙は出したままの人狼たちと共に、彼らの森に入れてもらえることになった。果たして彼らは、あの集落の人々を襲った者たちなのだろうか。
(根はいい人そうなんだけどなぁ……)
疑問を抱えたまま、人狼の森を訪れる。