37.魔王城へ
朝食をしっかりと食べ終え、私たちは宿を出た。
そして、私たちが目指すのは魔界だ。
「たしか、〈黒変〉が最初に起こった場所が魔界なんですよね?」
情報の提供元であるガルクに、改めて尋ねる。
「そうだ。魔界の中心部、魔王城深奥で初めて発見された」
魔王城。
私がこの世界に飛ばされた時、働かされていた場所。
でも、すでに人間の軍隊に滅ばされた場所。
「滅ぼされた魔都だが、残骸は今でも残っているらしい」
「お城は残ってるんですか?」
「まあ、残っているのは残っている」
「………?」
遠回しな言い方に違和感を覚える。
「魔王城が人間たちに最も破壊された場所だ」
「………」
まあ、根城をボコボコにすることは理にかなっている。
帰る場所を失くした上で、再起不能にするのは合理的だ。
(合理的なのが、またこわい……)
「でも魔王城って入っても大丈夫なんですか?」
人間に壊滅させられたのは理解できたけど、魔王城には人間の軍とかが駐屯してはいないのだろうか。ほら、よく征服した後の土地を軍で占拠するイメージがあるし。
「大丈夫だ」
「それはよかった」
「軍の警備など赤子の手をひねるようなものだからな」
「ガルクさん?!」
突然のバイオレンスな発言に、全力でガルクの方へ顔を向ける。
隣で涼し気な顔をしている人狼。
自分の方を見ていると気づくと、微笑まれた。
「いや、こわいですよ!」
「そうか、不安がっている時は微笑めと言われたんだがな」
(多分、村の人に教えられたんだろうな……)
やはり人狼。
腕力でモノを言うことがあるようだ。
そうこう言っていると、偵察に出かけていたエンダーが帰ってきた。
「どうでした?魔界へのルートは確保できそう?」
「問題ねぇ」
「さすが天才悪魔様!」
「まあな」
得意げにルートが描かれた地図を差しだしてくる。
多少迂回しているのは、そこに諸々の障害があるからだろう。
「では、出発!」
有能な悪魔と最強戦力の人狼を伴って、私は魔界にある魔王城を目指した。
「ここが魔界に通じる森……」
見覚えのある森だと思ったら、私が魔界から逃げ出したときに通った森に着いた。
じめっとした空気と作り物のような木々に、少し不快になる。
「魔界に通じるというより、魔都に通じる森だな」
魔界は魔族がいる空間を指すから定義が少し違うと、ガルクが丁寧に教えてくれる。
「なるほど。つまり、私が存在する時点でこの空間はもう魔界と言うことですね」
「そうなる」
突発の魔界講座が開かれていると、先にどんどん進んでいたエンダーが飛んできた。
「おい!さっさと進むぞ!」
ちびっ子悪魔は、イライラしたように私たちを急かす。
きっとカルシウムが足りていないのだろう。
「牛乳飲みます?」
「なんでだよ!」
「せっかちだな」
「うるせぇ!」
二人分のツッコミを入れた後、彼は一人で先に行ってしまった。
はぐれては大変だと、私たちもそのあとを追いかけた。
「あれ?」
魔都の城壁に辿り着いたはいいものの、想定と違っていた。
「軍がいませんね」
本来であれば、この城壁を人間の軍が駐屯しているはずだった。
しかし、ここには瓦礫しかなく、人影すらない。
「匂いは残っているが、薄くなっている」
ガルクは鼻を周囲に向けていた。
匂いとは、人間たちの匂いのことだろう。
「つまり、なぜか人間共が撤退したってことだな」
エンダーが空中で寝転がっている。
なぜくつろいでいるのかはわからないが、彼の言う通りだろう。
「どうしていなくなったんですかね……」
言い知れない不安に襲われる。
何かこう、不穏なものがこちらに迫ってきているような……。
誰もいないという謎はとりあえず置いておき、私たちは今夜泊まれるような場所を魔都の中で探すことにした。
「まだ原型が残ってる家があってよかったですね」
多少ぼろぼろになっているが、雨風をしのげる家を見つけることができた。
ベッドもあることを確認したし、寝ることもできる。
「他は半壊してる家ばっかだったけどな」
エンダーは、ハッと鼻で笑いながら言う。
彼が言っているように、他の建物の惨状は酷いものだった。
「ここまで壊すなんて、よっぽど魔族に恨みがあった人がいたんですね……」
執念を感じるほどに破壊されていた魔都の様子を思い出す。
魔都周辺ですらこうなのだ。
きっと魔王城は原型をとどめていないような気がしてならない。
気になることは多いが、今日はもう寝ることにした。
ガルクは見張りをするとのことで、外に出た。
「いや~、快眠快眠」
「お前グールだろ。寝る必要ないんだから見張りやれよ」
「いや、寝るのは人間時代からのやめられない習慣なので」
エンダーの鋭すぎるツッコミを朝から受ける。
勿論、一睡もせずに見張りをやってくれたガルクには感謝している。
だが、それとこれとは別物だ。
「気にするな。問題ない」
「ガルクさんっ……!」
後光が差しているガルクを拝んだ。
「チッ。おら、さっさと行くぞ」
主人に良い恰好を見せつけた犬に苛立ちを覚え、悪魔はチョロい主人の髪を引っ張った。
「い、いたたた!ちょ、引きずってる!引きずってるって!」
小さな悪魔のはずなのに、どこからそんな怪力を出しているのか。
ネルは若干浮きながら、悪魔にひっぱられていった。
上機嫌な犬と不機嫌な猫に挟まれて、グールは魔王城へと向かった。
「ここが魔王城……」
という名の瓦礫の山か。
城の形を保っていない。
上がこの状態なのだ。
地下がどうなっているのか不安でしかない。
「………地下って無事ですかね」
「どうだろうな」
「不安を煽らないでっ!」
不吉な返事をしたエンダーに詰め寄っていると、ガルクが何かを見つけたようだった。
大きな瓦礫をそこかしこに吹っ飛ばしている。
砂埃がすごい。
「ゴホゴホっ」
「おいクソ犬!穴掘りは遠くでしろッ!」
今回限りはエンダーに同意だ。
砂が目に入って地味に痛い。
お願いだから、こういう突発的な行動は事前に教えてからやってほしい。
「ん。ああ、すまない」
悪いと思っていない様子のガルクに、エンダーの青筋がピクついている。
喧嘩が始まってはまずいと、エンダーを胸に抱き寄せる。
「で、ガルクはどうしてこんなことを?」
エンダーの口元に手を添えているため、彼はモガモガと何かを言っているが何を言っているのかわからない。頼むから大人しくしててくれ。
「ああ、それは―――」
ガルクが口を開いた瞬間だった。
バッと彼は臨戦態勢をとる。
「?!」
何事かと驚いていると、二つの影が近くに降りてきた。
「久しいな」
「久しぶり~」
「!!!」
「貴様らは……」
「ああ、こいつらが例の」
降りてきた『騎士』と『勇者』に、三者三様の反応をする。
ネルは驚愕を隠せず、ガルクは警戒の色を浮かべ、エンダーはジッと観察するような反応を見せた。
「やっぱ逃げれてねぇじゃねぇか」
「おっしゃる通りッ!」
「ぐえッ!おい首!首が締まってる!」
驚きと恐怖と不安がないまぜとなり、抱きしめていたエンダーをさらに抱きしめる。
カエルのような鳴き声が聞こえ、慌てて腕を緩めた。
私の腕から飛び出た彼は、こちらに食って掛かってきた。
「てめ、殺す気か!」
「すみません。幻覚がみえたもので」
そうだ。現実なわけがない。
あの二人はここにはいない。
そう心を落ち着かせ、改めて幻覚が見えた場所に目を向ける。
「………」
「幻覚がじゃねぇよ」
「残念だが、現実だ」
エンダーとガルクが追い打ちをしてくる。
わかってるよ!どう見ても本物が立ってることはね!
「………ゴホン。『騎士』とライトさん、こんなところで奇遇ですね!」
ニッコリと笑いかけ、とりあえず挨拶をしてみる。
他にすべきことなんて、見当もつかない。
「奇遇ではない」
「!?」
耳元で声が聞こえてきたと思ったら、背後から『騎士』に抱き込まれていた。
エンダーとガルクは警戒の色を強めて、こちらをうかがっている。
「まあ、そう警戒しないでよ」
少し離れた場所にいたライトも、近くまで来ていた。
こんなに怪しさ満点なのに、敵意などの悪意を感じないのがさらに恐い。
「オレたち、これから仲間になるんだからさ」
パチンッとこちらにウインクしてきた『勇者』に、ジト目を向ける。
背後から羽交い絞めにされている私をみて、よくも「仲間になる」だなんて世迷言が言えたな。
「ライトさんは相変わらずだ……」
「そこー?聞こえてるからねー?」
不快そうではなく、むしろ嬉しそうにこちらにそう言ってくるライトが末恐ろしい。
ドMの片鱗は昔から見え隠れしていたが、よもやその才能が開花していたとは……。
「粉をかけるな」
背後からひっくい声が聞こえてきた。
腰に回っている腕に力は入り、お腹が圧迫されている。
く、くるしい!
「おいおい、ウインク程度いいだろ?」
「黙れ」
「相変わらずんの狭量さだ」
呆れたように首を振っているライトだが、それで納得しないで欲しい。
はやくこの羽交い絞めにしてくる相方をどうにかしてくれっ!
「まっ、ここじゃなんだし、場所移動しよっか?」
反論する暇もなく、私たちはそのままどこかへ転移させられた。
勿論、『騎士』に拘束されたまま。
(なんで私だけこんな目にっ!)