36.エンダー
私たちは居酒屋を出て、すぐに宿を探した。
なんなく宿を探し出せはしたが、問題が起こったのは部屋割りだった。
「なんでオレサマがお前と同室なんだよッ!」
「ネルと一緒にさせるわけないだろう。我と一緒なのはお前の監視だ」
「クソ犬ッ!」
「なんだ仔猫」
二人の言い争いが迷惑になってないか心配になり、周囲を見渡す。
目に入ったのは頬を赤らめる女性陣だった。
(なぜ?)
頬を赤らめる要素がこのケンカにあるのかと改めて彼らの方を見る。
灰色の短髪に美しい金目のガルクと、見た目だけは大人の姿になっているエンダー。
双方ともに容姿が整っていることは大前提にある。
その美しい男二人が胸倉をつかみ合いながら、熱く語りあっているわけだ。
(……なるほど、彼女らは二人を愛でているのか)
赤く上気した頬はまだましで、鼻血を出している人もチラホラいる。
二人が彼女らの脳内でどう扱われているかはわからないが、私は二人に合掌して割り当てられた部屋へといそいそと向かった。
深夜。
ふと目が覚め、寝返りを打つ。
「?!」
すると、目の前に黒い物体がうつった。
見てはいけないものが見えたのかと一瞬恐怖したが、正体がエンダーであることに気づき安堵する。いや、安堵してはいけないのかもしれない。
「………」
悪魔のくせにぐっすりと眠っている様子を見て、なんだか意地悪な気持ちになった。
だからだろう。
再会したときからずっと、彼に言えなかったことを口にしたのは。
「エンダー、私に生気を一切求めなったね」
『騎士』のもとにいてエンダーと離れていた時、私はずっとエンダーに生気を渡せないことが心残りだった。しかし、再会して以降も生気を求めないエンダーの姿を見て気づいてしまった。
「とっくの昔に、私の生気が必要なかったんだ」
離れ離れになる前はあんなに抱き着きたがって、生気が欲しいって甘えていたのに。
再会してからの彼は、口が遥かに悪くなって私に甘えなくなっていた。
「………きらいになった?」
私のこと。
どうしても起きているエンダーに聞けなかったことを、眠っている彼に聞く。
卑怯な真似をしているとはわかっているけど、どうしても口に出したくなった。
答えを聞きたくないけど、質問はしたいだなんてね。
離れている時間が長すぎたのだろうか。
以前と同じような彼よりも、以前とは違う彼の方が目に付いてしまう。
「連絡しなくて本当にごめん」
「ん~」
「!」
起きてしまったのかと身構えたが、エンダーはただ寝返りを打っただけだった。
ほっと胸をなで下ろし、自分も寝ようと布団をかぶる。
「なんで」
「?」
エンダーがもごもごと何かを言っている。
どうやら寝言のようだ。
「なんでいないんだよ……」
「!」
「なんで……呼ばないんだ……」
「………ごめん」
「もう……いらなくなったのか……」
「……っ!ごめん、本当にごめん。エンダーが必要だよ、今も昔も。」
「………すー」
「エンダーが大切だよ」
幼げな寝顔に罪悪感を抱きながら、離れている間にエンダーへ植え付けてしまった寂しさを言葉で埋めようとする。寝ている彼に、言葉は届かないのに。
「………直接伝える勇気がなくてごめん」
直接言ってしまうと、エンダーがいなくなってしまうのではないかと不安になってしまうのだ。「こんな不義理な契約者なんていらない」なんて言われて。
結局、私は臆病者だ。
そのまま寝入った私は知らなかった。
彼が本当は起きていたことを。
「………バカ契約者、……嫌いになんてなれるわけないだろ」
そう言った彼は、彼女の額に口づけた。
バキッ
「おい、それ何本目だ?そろそろ執事が泣くぞ」
「黙れ」
「まあ、愛しのネルちゃんが他の男に口づけられてたら、そうなるか~」
バキバキッ
月がきれいな深夜。
照明がぼんやりと光っているある執務室では、ペンが悲惨な目にあっていた。
「大体、お前が悪いんだぞ。人のプライベートを覗いてるんだから」
鏡に映しだされているには、エンダーとかいう悪魔とネルだ。
最悪なことに、悪魔が背後からネルに抱き着いている態勢だ。
傍から見れば、恋人のようだ。
「でも、この悪魔がネルちゃんに向けてるのはペットが飼い主に向ける愛情みたいだな」
「………」
「よかったな~、お前みたいに歪んだ執着じゃなくて。ライバルじゃないってよ」
「八つ裂きにするぞ」
「こわー」
こうは言っているゼノだが、気持ちはわからないでもなかった。
悪いとまでは言わないが、虫がついてしまったことには変わりないから。
「まっ、何がつこうが結局ネルちゃんが帰る場所は決まってるしね」
同意を求めるように、ペンを砕いた男を見る。
上がっている口角がなによりも答えだ。
「あ~あ、早くこの鳥籠に帰ってきてほしいね~」
雄弁に語る男と沈黙する男。
対照的な二人は、どこまでも同じ熱望を抱いていた。
「それまで自由を謳歌するといい、鳥籠の小鳥」
恐ろしい会話をしているとは露にも思わず、使用人たちは友人と夜を過ごす主にほっこり和んでいた。知らないって恐ろしい。