35.猫と犬
ガヤガヤガヤ
とある居酒屋で、私とエンダー、そして人狼のリーダーが膝を突き合わせて座っていた。
「お待ちどおさま!ゆっくりしていってくれ!」
「あ、ありがとうございますー」
陽気な店員が去り、静寂が再び場を支配する。
気まずい、果てしなく気まずい。
「そろそろ話してもいいだろうか」
「へ?ああ、どうぞどうぞ!」
口火を切ったのはリーダーだった。
落ち着いた口調から、もしかすると怒っていないかもという淡い期待を抱く。
「こういう場では、とりあえず自己紹介からだと聞いたことがある」
「な、なるほど」
結構偏った知識を持っていそうな彼に若干の不安を感じるが、現状は彼が突破口だ。
流れに身を任せよう。
「我はガルク。人狼一族を率いていた者だ」
ええ、ええ、よくよく存じておりますとも。
グール時代からの知り合いだ。しかし、名前は今初めて知った。
「ん?率いていた?」
「数日前、森を出るときに辞任した」
「え゛」
「我は旅をする身になるからな。リーダーはできない」
けっこうな覚悟でこの旅についてくる気だ。
こっちはまだ旅の同行を許可してないのに。
「それで、お前の名は?」
「ああ、私は……ネルです。で、こっちはエンダー」
「よろしくはしねぇ」
「口が悪い悪魔なので、捨て置いてください」
「ああ゛?!んだとォ!」
「エンダー……、いつの間にか思春期に入ってたんですね」
「その生暖かい目ぇヤメロッ!」
一人と一匹で言い争っていると、リーダー……ガルクが話しかけてきた。
「仲が良いんだな。そろそろ我を置いていった理由を聞かせてもらいたいのだが」
ピタッ
私は一瞬で口と体を止める。
マズい、これはひっじょーにマズい。
「それはー、そのぅ」
しどろもどろに時間を稼ぐ。
ダメだ。いくら時間を稼いでも、良い言い訳が思い浮かぶ気がしないッ!
「我のどこが駄目だった?」
クーンという鳴き声が聞こえそうなほど、ウルウルした目でこちらを見てくる。
上目遣いというのが、これまたあざとい。
(やめて、そんな捨てられた子犬みたいな目でこっちを見ないで)
「しつこい犬だな。フラれたんだから大人しく尻尾巻いてればいいだろ」
「なな、なんちゅーことをっ!」
透明化していて人目につかないのをいいことに、私の悪魔が邪知暴虐の限りを尽くしている。それも口だけで。
「残念だったな。我は犬でも忠犬だ」
ガルクのフッと笑った顔に、エンダーが青筋を立てている。
この二人は相性が悪いようだ。
「そのっ、あなたを置いていった理由はですねっ」
「ああ、言わなくてもいい。無理に言わせるなど、忠犬の風上にも置けないからな」
「そ、そうですか」
ホッとしたような、しないような感覚に陥る。
とりあえずは、危機を脱したのだろうか。
「……ちょっとお手洗いにいってきますね」
このとき敵前逃亡を選んだ私を、誰も責めることはできないはずだ。
気まずさから逃げて何が悪い!
そう謎に意気込んでいた私は、彼らの話す内容を耳にすることはなかった。
「なんで聞かなかったんだ?置いてかれた理由」
悪魔が人狼に口撃をしかける。
しかし、人狼は飄々とした顔のまま受け答えた。
「聞くまでもないからな」
「ハア?」
やけにネルを理解している様子に気が障る。
ぽっと出の犬っころに何がわかるというのか。
「へェ~、じゃあオレサマに教えてくれよ」
挑発的な悪魔に余裕の笑みを浮かべる人狼。
さながら、猫と犬が主人を取り合っているかのようだ。
「彼女は我の寿命を気にしていたのだろう」
「………」
正解を当てられ、悪魔はますます不機嫌になる。
反対に、人狼はますます機嫌が上昇する。
「心優しい彼女のことだ。我の時間が無為になることを恐れて、我を置いていったのだ」
「ハンッ!目出てェ思考回路だな!」
「さてどうだろうな?我は彼女に想われていると自負しているが」
「クッソ腹の立つ野郎だな!」
「我もお前は好きではないな」
互いに敵意を剝き出しにしていた時、丁度飼い主が帰ってきた。
互いに火花を散らせていた彼らが、バッと彼女に視線を集中させる。
「え?え?二人ともどうしたんですか?」
わけのわからない悪寒に襲われながら、自分の席へとじりじりと座る。
すると、悪魔は珍しく甘えるように頭の上に乗ってきた。
「あれ?こんなことするなんて珍しいですね」
「うっせ黙ってろ」
「ひどいっ!」
普段とは異なる行動に不安を感じたが、安定の口の悪さに安堵する。
すると、今度は人狼に手をそっと握られた。
「我にも構ってくれ」
「ほんとにどうしたんですか?!」
握られた手はそのまま彼の顔へ持っていかれ、頬擦りされる。
二人同時に甘えられ、言いようのない恐怖に襲われる。
もしかすると、この二人にあとで殺されるんじゃないかとすら考えてしまう。
こいつの人生最期の夜だから、甘えてやるか……みたいな。
(怖すぎる!!)
「わかりました!わかりましたから!とりあえず宿探しましょう!!」
渋々離れていった二人に安堵し、騒がしくなってきた居酒屋を出た。
夜も深まってきた。
さっさと寝て、今日のことは忘れよう。




