34.リーダー
「へえ~、リーダーは近隣にある人間の里を支援してるんですね!」
「ああ、そうだ」
森を案内してもらいながら、私は隣を歩く人狼のリーダーに尊敬の念を送った。
当時はいがみ合っていた人狼と人間が、まさか和解していたとは。
「よかったですね~。以前では考えられな……」
「以前?」
(あ、まって、今の私はグールじゃない赤の他人かつ人間。ノットグール、オーケー?!)
「い、いやあ~!以前の、ほら、魔族と人間の戦争を考えると!ね!」
「………そうだな」
ニッコリ
意味深な笑みに震えが止まらない。
実はこの人狼、私があのグールだってわかってるんじゃなかろうか。
あの森へ不法侵入したグールだって。
「ま、まさかね……」
(知ってたら今頃八つ裂きにされてるだろうし……)
この不安をエンダーに相談したいところだが、彼は人狼の村の方で単独調査をしている。「オレサマが一人で動いた方が楽だ」とかほざいていた。全く、あの悪魔は肝心なときに傍にいない。
「エンダーが心配ですし、もう村に戻りませんか?」
決して、決してこのままリーダーと一緒にいることに怖気づいたんじゃないよ。
そう、お腹!お腹が空いたから!人間だったらこれくらいの時間にお腹が空くはずだからね。
「そうだな。ここから先はお前も知っているだろうからな」
「??」
森の奥へと視線を向けたまま、彼はボソッと何かを呟いた。
視線を辿ってみると、この先の道にはなんとなく見覚えがある。
(あっ、不法侵入ルートだぁー)
以前、この先に大量の黒い結晶があったのを思い出した。
心臓に不整脈を感じ、冷や汗が滝のように流れる。
これはマズい。さっさとここを離れよう。
「ささっ!帰りましょう!」
リーダーを必死に促し、私たちは帰路についた。
「で?尻尾を巻いて逃げてきたってわけか」
「失礼な、戦略的撤退です!」
あてがわれたログハウスで、エンダーと今日の収穫について話し合う。
馬鹿にしたように私の頭上を舞う悪魔を睨みつける。
「た、たしかに、あの先に行けば〈黒変〉について情報を得られたかもしれませんよ?でも、リーダーに怪しまれるわけにはいかないじゃないですか」
同伴してくれたリーダーの意味深な笑みは今でも悪寒がする。
大丈夫だ。きっと問題ないはず……、今のところは。
「どうせお前が口を滑らせて挙動不審になったぐらいだろ」
「なっ、なぜそれを……」
見ていたのかと疑うほど、正確にこちらの様子を言い当ててきた。
これは分が悪いと悟り、エンダーの収穫はどうだったのかを尋ねる。
「そう言ってるそっちはどうだったんですか?まさか収穫なしとか?」
小馬鹿にするように言うと、こっちが逆に鼻で笑われた。
な、なんて腹の立つ悪魔だ!
「ハッ、なわけねぇだろ」
そう言って彼は、村で収集してきた情報を開示した。
「―――おお。つまり、この村は以前〈黒変〉が起こってから一度も再発していないと」
「そうだ」
これは有力な情報だ。
再発していない要因さえ探れれば、きっと他の地域も多少は助かる。
「なにか要因とか法則とかありませんかね」
「あるぞ」
「え!!」
流石は天才悪魔。
もうすでに、要因を突き止めていたとは!
これは私がアホバカと罵られても仕方ないかもしれない。
「お前だ」
「は?」
前言撤回。
アホでバカなのはこっちの悪魔だったようだ。
「おい、その顔オレサマをバカにしてやがるな?」
「ははっ。全くエンダーさんってば、お茶目なんだから」
「クソッ!バカにしやがって……!本当だっつってんだろ!」
あまりにも食い下がるエンダーに同情し、とりあえず彼の言い分を聞いてみることにした。まったく、この悪魔は変なところでお花畑なんだから。
「だから!お前が結晶を喰ったところは〈黒変〉が起きなくなんだよッ!」
「え?」
詳しく話を聞くと、私たちが除去して回った地域では今もなお〈黒変〉が起きるような事態にはなっていないようだった。偶然かと思っていたエンダーだったが、この森で話を聞いてからそう察したらしい。
「偶然」
「偶然も何度も起きりゃ必然だ」
一時期、鬼のように〈黒変〉が起こった地域に行かされたのはその検証をしようとしていたからなのか。あの時のことを思い出すと、胃もたれが……。
「え?つまり私はあの美味しくもない黒い結晶を食い散らかさないといけないということですか?」
「まあ、現状の解決策はそれだな」
「いや、解決になってないし!」
この世界の大陸がどのくらいの広さなのか知らないが、私一人で回るには膨大な時間がかかることはわかる。
「いいだろ、お前グールで不老不死なんだし。暇人だろ」
「そんなこと永遠にしてたら気が狂うわッ!」
悪魔のようなことを提案してくる正真正銘の悪魔に改めて恐れを抱きながら、私はブンブンと首を横に振った。
「それに!私たちはただ〈黒変〉を治めるんじゃなくて、根本を断つっていうのが目標でしょう」
「そうは言っても、〈黒変〉が起こる条件がわかんねぇ」
「それな」
ウーン
互いに頭を悩ませていると、コンコンとこの家のドアを叩く音が聞こえた。
夜も遅い時間だったため、警戒しながらドアを開ける。
「あれ?リーダー?」
ドアの前には人狼のリーダーが立っていた。
少し申し訳なさそうに手を首の後ろにあてている。
「夜遅くにすまない」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらがお世話になってるんですし」
「いや、迷惑だ。巣穴に帰れ」
「ちょっ!エンダー?!」
失礼過ぎる悪魔に、リーダーは寛容な笑みを浮かべる。
「本当にすまないな、どうしてもすぐに話したいことがあってな」
「どうぞどうぞ!お入りください!」
「しゃあねぇな、手短にな」
「エンダー、頼むから黙っててください」
「どうか我もお前たちの旅に連れて行ってくれ」
「んん?!」
「めんど」
リーダーと向かい合うように座り、お茶を口に含んだ瞬間だった。
色々とツッコミどころがあるが、とりあえず。
「なんのための旅か知ってるんですか……?」
「ん?ああ。〈黒変〉を断絶するための旅だろう」
バッ
バレてるじゃないかと悪魔の方を見ると、飄々と宙を舞っていた。
こいつ、バレてること知ってたな……。
「その、正直この旅では調査が上手くいってないので……」
遠回しについてきても実にならないことを伝える。
不毛な旅をさせるには、人狼の寿命は短い。
「構わない」
固い意志を瞳に宿し、彼は私をジッと見つめた。
真剣な眼差しにドギマギする。
「それに、これは恩を返すためでもある」
「恩、ですか?」
「ああ」
それ以上は何も言うことなく、私もそれ以上の詮索は控えた。
彼の意志がここまで固い以上、断るのも無粋だろう。
「わかりました」
今日のところはこれでお開きになった。
ガヤガヤ
賑やかな屋台が立ち並ぶ街で、私とエンダーは周囲を見渡していた。
「それで?あの人狼を騙して置いていったわけは?」
「お、置いていったわけでは……」
実は、あの夜に速攻で人狼の森から出た。
理由はいろいろだが、どうしても彼の寿命がひっかかったのだ。
「私たちの生きる時間は果てしないですけど、彼は人狼で時間が有限ですから」
「それで置いてかれちゃ、あいつもうかばれねぇな」
「ま、まあ、置いてきてしまったものは仕方ないじゃないですか!」
結構な罪悪感に苛まれながらも、活気のある街を見る。
ここはまだ〈黒変〉が起こっていない街だ。
「いらっしゃーい!そこの人、串肉はいかが?」
「あ!2本お願いします!」
「まいどー!」
気のいい屋台の人に代金を支払い、串肉を受け取ろうと手を伸ばす。
ガシ
「?」
その手が黒い手袋をした大きな手に掴まれる。
いつの間にかお腹にもう片方の手が回っており、後ろから抱き込まれるような体制になっている。
「?!」
契約者の非常時にエンダーは何をしているのかと目を泳がせると、背後の人物と目が合ってしまった。
「あ……」
「数日振りだな」
冒険者のような出で立ちをした人狼のリーダーが、私にニッコリと笑いかけた。
「あ、はは」
私の喉から絞り出てきたのは、乾いた笑いだけだった。




