32.〈黒変〉対策本部
「これより、〈黒変〉対策本部を開設します」
「なに勝手に開設してんだ。説明をしろ、説明を」
ノリの悪いエンダーを睨み、机に置いていた水をすする。
「ゴホン、ではメンバーのエンダーから報告を」
「話を聞きやがれ」
再会の余韻に浸ることなく、私はエンダーと話し合わなければならないことを議題にする。本当は、こんな朝っぱらから会議なんてしたくない。だkら、少しくらいふざけないとやってられない。
「とーにーかーく!ここ最近の〈黒変〉について知ってることは全部吐いてもらいますよ!」
「オレサマはメンバーなのか捕虜なのか明確にしやがれ」
「うるさいですよ」
小言の多い悪魔を押さえつけ、情報交換を行った。
「なるほど、今までにないほど〈黒変〉が進行していると」
「ああ、ちまちま除去してたオレサマたちがいなくなってからは急速に進行したな」
『騎士』のもとにいた間に、そんなことになっていたとは。
「………気にすんな。お前がどうこうできる問題じゃないんだ」
「ははっ、わかってますよ」
背凭れに体を預け、天井を仰ぎみる。
前に座っているエンダーから視線を感じ、苦笑して視線を彼に戻す。
「根本を断たなければいけませんね」
「そうだが、原因はわかってないんだぞ」
訝し気な彼に、困った顔を向ける。
そう、私たちは原因を知らないのだ。全く困ったことだ。
「誰か〈黒変〉に詳しい人いませんかねぇ」
「それを知ってたら苦労しないだろ」
「そうなんですよねー」
互いに頭を抱えていると、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、人狼の森ってどうなったのかな……」
「人狼の森?」
「ああ、エンダーに出会う前に――」
人狼の森で〈黒変〉に初めて出会ったことを話した。
話を聞き終わったエンダーは、何かを考えているようだった。
「もしかすると、彼らに会ったら何か進展があるかもしれないけど……」
(彼らに会ったら、処されるんだよな……)
〈黒変〉を何とかするという大義のもと、行っちゃダメな人狼の森の深部へと行き、そのことが彼らにバレているという最悪の状態だ。結構前に逃げ切ったはいいものの、彼らが都合よくあの不届きなグールを忘れてくれているとは思えない。
「不届きなグール……」
自分で言ってて悲しくなった。
一応、彼らの森を救うための不法侵入だったんだけどな。
やっぱ、法を犯したうえでの善行は善行じゃないか。
「ん?グール?」
ふと、自分の姿を見てみる。
健康そうな肌色が目に入る。
「エンダー」
「あ?なんだ」
顎に手をあてている彼は、視線だけこちらによこした。
何か考えているところ悪いけど、こっちも結構重要なことだ。
「私ってどう見えます?」
「は?」
怪訝そうなエンダーに、視線で答えを急かす。
質問の意図を理解できないまま、彼は答えさせられた。
「どうって……、お前はお前だろ」
「もっと具体的に!」
「あ"?知るか!」
「ほら!もっとじっくり見てください!」
エンダーは顔をしかめながらも、言われた通りに私の顔をじっくり見る。
ほらほら、気づくことあるでしょ!
「………かわいい?」
「え?」
想定とはるかに違った答えが返ってきた。
こちらの反応に自分がずれた答えを言ったとわかったのか、顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
「ッんだコラァ!文句あんのか!」
「なんか乱暴さが進化してません?!」
気を取り直して、求めていた答えを自分で言うことにした。
「私って人間に見えますよね?」
「……まあな、オレサマとそう契約したんだからな」
「そう、どこからどう見てもグールには見えないんです!」
「何が言いてぇんだよ」
不機嫌な悪魔に、得意げな顔で議論の解決策を提案する。
「人狼の森に行けば、〈黒変〉について何かわかるかもしれません!」
「勝手に行けばいいだろ」
「いや私が例のグールってバレたら殺されるって言ったじゃないですか!」
「お前不死身だろ」
「確かに!」
死をも恐れない悪魔の言動に納得してしまう。
だがしかし、穏便の情報収集できるならそれに越したことはない。
「ともかく!悪魔と契約した人間ってことにして一緒に潜入しましょう!」
「魔族に偽装した方がいいんじゃないのか」
「いや、彼らは諸事情で一族以外の魔族を嫌っているんですよね……」
「そうか」
あっさりと納得したエンダーを不思議に思いながら、これからの計画について話し合った。
「おっ、ネルちゃんどっか行くみたいだな」
「………」
同時刻。
王都のある屋敷にて、二人の男が鏡に映しだされるものを見ていた。
「なになに、じ…ん……人狼の森だってさ」
音声のついてない映像から、読唇術で彼女らの話を把握する。
プライベートに土足で踏み入っている様子からは、彼をとても『勇者』だとは思えない。
「にしてもお前もキモイことするよなー」
「………」
「いつこんな究極のストーカー呪術かけたんだよ」
ライトは『騎士』に呆れたように言う。
『騎士』はそれを相手にすることなく、じっと鏡にうつされるものに見入っていた。
「どうせアレだろ?例の紅茶に細工したんだろ」
ライトは『騎士』の様子に構うことなく、勝手に話を続ける。
互いに会話するつもりはないのだろう。
「お前が短絡的に洗脳なんていう手を使うわけがないもんな」
例の紅茶が毒だったと気づいた彼女は逃げてしまったが、アレを飲んだ時点で「逃げる」ことは不可能になっていたのだ。なんて哀れな子だろうと思い、口元に手をあてる。
「………気色の悪い笑みを浮かべるな」
「ああ、悪い悪い」
口の端が吊り上がるのを抑えられなかったライトは、我慢をやめて嗤った。
「囚われのグールちゃんを思い浮かべると、愛しさが止まらなくて」
「……気色悪い」
『騎士』は吐き捨てるようにそう言った。
「同族嫌悪か~」
おそらく紅茶に混ぜられていたのは、彼女が言い当てた毒草だけではなかったのだろう。呪術をかける相手に摂取させなければならないものを色々いれていたはずだ。あの毒草は囮だったのだ。気付かれてもいい用の。
「流石、『騎士』様だな!やることが陰険だ」
「お前ほどではない」
「いやいや、ご謙遜をー」
『騎士』が、騒がしい『勇者』を追い出すことはなかった。
なぜなら、彼らの間ではある種の同盟がすでに結ばれていたから。
鳥籠の鳥を連れ戻すのをいつにするか。
それだけが、彼らが対立し得る事柄だった。