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グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
3.海辺の町
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31.海辺の町へ帰還



 『騎士』から勧められ飲んでいた紅茶が実は毒だったと気づいてから、私は本格的にこの屋敷からの脱出を検討し始めた。


 もっと早くから脱出すべきだったって?

 ……まあ、細かいことは置いておこう。意外とここが居心地よかったとか思ってない。


 さて、脱出の方法だが正攻法でいこうと思う。

 そう、直談判である。


 ん?『騎士』が許さない?あと『騎士』を理解するっていう約束はどうしたのかって?

 ……まあ、大義をなすには犠牲がつきものだから。

 






 バキッ


「今、何と言った」


(こ、こわいーー!)


 執務室で仕事をしていた『騎士』に直撃し、「屋敷から出る」旨を伝えた瞬間の出来事だった。

 『騎士』は持っていたペンを真っ二つにしたのだ。

 恐ろしすぎる。インクが滴っているあのペンがお前の未来だと言われている気がする。


「だ、だから、ここから出」


 バキバキッ


(きゃああーー!複雑骨折ー!)

 

 ペンはもはや原型をとどめておらず、天に召されたことが目視された。


「駄目だ」


「いいえ!お世話になりました!」


 表情のない顔でこちらを見る『騎士』に寒気を感じる。

 しかしそれでも、勇気を振り絞って別れの挨拶を告げる。


「………」


「時々、顔を見せに来ますから」


(何年後になるかはわからないけど)


「………いいだろう」


「!!」


 想定よりもあっさりと許可が下りたことに驚きを隠せない。

 しかし、これ幸いと美辞麗句を『騎士』に並べたててから執務室を出た。








「いや~、()()の出番がでなくてよかった……」


 ポケットからだした呪符を眺めながら、安堵の息を吐く。

 以前、私の契約悪魔であるエンダーから作り方を教えてもらった呪符だ。


 忘却の呪符。


(代償として精神錯乱の恐れがある曰くつきのものだけど……)


 記憶をいじる代償として精神に問題が生じることは、まあ筋が通っているか。


「今はとにかくエンダーと再会しないと」


 『騎士』の屋敷を後にし、辻馬車へと乗り込んだ。


(胸騒ぎがする)


 前から感じていた胸ざわめきが、ここ最近酷くなっていた。

 『騎士』の屋敷から出た理由も、この胸騒ぎが8割だった。

 残りの2割は『騎士』はやばいからである。









 4日ほどかけて、私は海辺の町へと帰ってきた。

 磯の香りが心地よく感じる。

 しかし、町の様子は以前ほどの活気がないようだった。


「あの、市場はやってないんですか?」


 敷物の上に骨董品を並べている商人にそう声をかけた。

 俯いていた商人はやる気がなさそうにこちらを見て、めんどくさそうに答えた。


「ああ、やってないよ」


 ぶっきらぼうに答える商人にそれ以上の質問は控え、近くにいる人たちの話を盗み聞きした。


『おい、また出たらしいな』


『ああ、魔獣か?ここ最近多いよな』


『ったく、ただでさえ〈黒変〉が起きてるってのに』


(〈黒変〉!)


 人狼の森で初めて出会ったその現象を鮮明に思い出す。

 《瘴気》を出す黒い結晶を食べた記憶は、今でもしっかりと覚えている。


 エンダーと過ごしていた頃はしばしば結晶の除去をしていたが、『騎士』に捕縛されてからは一切関わることはなかった。


 この辺りで〈黒変〉が生じ出したのは、私とエンダーが除去作業をしなくなったからかもしれない。急いでエンダーと合流した方がいい。


 私は森にある家へと急いだ。







「エンダー!エンダーいますか!」


 埃のたまっていた家には彼の姿はなく、今は森で彼を探していた。

 よく狩りに行っていた場所にも、木の実を採集していた場所にも彼の姿はなかった。


「一体どこに」


 キラ


「ん?」


 陽が沈みかけた森を歩いていると、何かが光った気がした。

 立ち止まり、周囲を見渡してみる。


 キラ


 確かに光った、光ったんだけど。


「………私が発光してる?」


 蛍になった記憶はないが、自分の身体から光が出ていることは間違いではないようだ。

 どうやら、胸元から光が出ているらしい。


 ふと、そこに手を添えてみる。

 本当に、何気なくやったことだった。


 ピカーッ!


「うわ眩しッ!」


 突然、激しく発光しだした。

 暫くして、光が収まった。


 明暗差に目をしぱしぱさせていると、ぼんやりと目の前に何かのシルエットが見えてきた。


「ん?」


「………」


 見覚えのあるミニマムなサイズ感と、体の割に大き目な悪魔っぽい羽。

 少し曲がった角は、前と変わらず握りやすそうだ。


「……エンダー?」

 

 この姿は絶対にエンダーだ。

 しかし、彼は一向に口を開かない。

 もしかすると幻影なのかもしれない。


「―――こんのバカ契約者がァーーーッ!!!」


「へぇっ?!」


 あまりの声の大きさに驚いたが、この口の悪さは再現性が高すぎる。どうやら彼は幻影ではなく本物の私の契約悪魔のようだ。


「元気そうですね」


「元気?ああ元気だろうよォ」


(ドスがきいてるなぁ)


 どうやら私は彼に気づかぬうちにやらかしていたらしい。

 これはご機嫌取りに苦労しそう。


「連絡くらいよこせッ!!」


「いや、連絡の仕方知りませんて」


「教えただろうがッ!紋章に手を添えてオレサマの名を呼べって!」


「あ~、聞いたような聞いてないような……」


「こんのドアホ!!」


 頭をポカポカと殴られるのを手で庇いながら、弁明を試みる。


「いやでも、聖騎士の領域にいたから連絡できなかったんですよ」


「……あ?聖騎士?」


 これまで『騎士』の屋敷で過ごした日々をエンダーに語るため、とりあえず我が家に帰ることになった。勿論、道中はエンダーにお説教された。久々の騒がしさに、耳栓を買うべきか悩んだ。








「で?お前はその『騎士』って奴に捕まってたってわけか」


「まあ、そういうことですね」


 エンダーの魔法で家を簡単に掃除したダイニングで、私とエンダーは向かい合って座っていた。


「そんなイカレた奴からよく逃げ切れたな」


「直談判したら、なんかいけました」


「………それ実は逃げきれてないんじゃねえか?」


 暫く顔を見合わせ、私は自分の体を手で探った。

 特に魔道具が仕込まれている様子はない。


「特に異変はないんですけど……」


「話を聞いた感じ、だいぶ執着をこじらせた奴だと思うぞ」


「異論はありませんね」


 どこに執着されたのかハッキリとしてない今、その執着について考えるだけ無駄というものだ。


「エンダー、ちょっと私をスキャンしてもらっても?」


「しゃーねぇな」


 両手を私の頭から足元にかけてかざす。

 一通りの動作が終わったエンダーは、釈然としない顔で言った。


「問題ないな」


「それはよかった!」


 まだ納得していない彼に、私は気になっていたことを聞いた。


「そういえば、エンダーは今まで何をしてたんですか?」


 家に埃が積もっていたことを鑑みるに、彼はこの家で過ごしていなかったようだし。


「………まあ、いろいろだ」


「そうですかー」


 この悪魔はそれなりに秘密主義のようだ。


「まあともかく」


「……?」


「おかえり」


「!……ただいま」


 照れている悪魔に癒されるも、これからのことを考えてゲンナリした。

 目下のところ、〈黒変〉の情報を集めなければならない。








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