28.理解は円滑油
「『騎士』ーーーッ!!」
バンッ
「いない……?!」
『騎士』の執務室を蹴破る勢いで開くと、目に入ってきたのは主のいない椅子だった。
まばらに置かれてある書類を見るに、『騎士』はこの部屋にいたことを物語っている。
(また逃げられたか……!)
『騎士』に自分がグールだとバラした日から数日が経った。
てっきり処されると思っていたが、『騎士』にそうする様子は見受けられなかった。
しかし、問題は依然としてある。
「なぜ屋敷から出させてくれない……!」
「そりゃ大事なものはしまっておく主義だからじゃない?」
「!?」
誰もいないはずの部屋に響いた声を耳にし、慌てて窓の方へ目を受ける。
そこには窓のサッシに腰掛けたライトが手をひらひらと振ってきた。
「………」
近寄ってくる彼に警戒する。
『騎士』にグールだと告白したが、この『勇者』にどこまでバレているのかはわからない。そして、どこまで教えていいものかもわからない。
「まあまあ、そう警戒しないでよ。クーちゃん?」
「……!」
やはり彼は知っていたようだ。
「……『騎士』から聞いたんですか」
「う~ん、聞いたと言うべきか聞き出したというべきか」
予想した通り、ライトは『騎士』から情報を得ていたらしい。
かつての知人との再会に、どういう顔をすればいいのかわからなくなる。
「そんな顔しないでよ」
目の前に立ってこちらを見下ろしてくる彼の視線から逃れるように下を向く。
ライトの柔らかい声に、さらにどういう顔をすればいいかわからなくなる。
クシャクシャ
「わっ」
突然、頭に重みを感じたと思ったら髪が暴れ出した。
髪をハチの巣にしている犯人を思わず睨みつける。
「クーちゃんは相変わらず、考えが顔にでるねぇ」
「なっ、バカにしてるんですか!」
「うんうん、いい子いい子~」
「うわっ、やめてくださいっ」
さっきまで気まずく感じていた自分が馬鹿らしくなった。
ライトはいろんな意味で遠慮がない。いい感じに言うと、フレンドリー。
乱された髪をおさえて、彼から離れる。
これ以上、髪の毛をハチの巣にされては堪らない。
「………騙しててごめんなさい」
「ああ、いいよいいよ。あいつに殺されかけたって思わされてたんだからしょうがないって」
笑っているライトの顔に蔭りはなかった。
彼は本当に『勇者』なんだろうか。魔物を野放しにしてますよー。
「私が3年前のグールだって信じているんですか?」
悪魔との契約で肌の色も変わり、言葉も話せるようになった。
人間のようになったグールなんて前例がないはずなのに、どうして彼らはこんなにもすんなりと私をあの時のグールだと信じるのか不思議で仕方がない。
「ん?ま、グールが人間みたいになることもあるでしょ」
「反応かるっ」
私は『勇者』と『騎士』の懐の深さを見誤っていたようだ。
経験の深さが違うのだろうか。
「そんなことより、ゼノ探してるんじゃないの?」
「ハッ、そうだった!」
家に帰してほしいと直談判しに来たことを忘れるところだった。
エンダーのことも気になるし、一刻も早くあの家に帰りたいのに。
「ライトさん……今、暇ですよね?」
「わお、オレが暇なこと確信した言い方。勿論、ヒマだよ!」
暇人の彼を仲間に引き入れ、私は『騎士』捕獲作戦を決行した。
内容はシンプルだ。
ライトに索敵してもらって『騎士』を彼に捕獲してもらうというもの。
「待って、オレの負担おっきくない?」
「さあ、行きましょう!」
「ねえ、聞いてる?」
ライトのおかげで、私は『騎士』を捕まえることができた。
外の用事から帰ってきたところを、ガバッと捕らえた。ライトが。
「………何の真似だ」
「オレを睨むなよー」
ライトの魔法で捕縛されている『騎士』の目の前に立つ。
御者や執事さんたちがオロオロとする中、私は腕を組んで言い放った。
「『騎士』、話があります」
「………」
沈黙を貫く彼の腕を掴んで引っ張る。
『騎士』は特に抵抗することなく、私に引きずられた。
従順な態度の『騎士』に若干うすら寒さを感じたが、私は彼を自分の部屋へと連行した。その道中、『騎士』の機嫌が良さそうだったのがなんか怖かった。
「家に帰してください」
「駄目だ」
「訂正します。私は家に帰ります!」
「許可しない」
「くどーいッ!」
両腕を後ろに拘束された状態の『騎士』は大人しくソファーに座っているが、発する言葉は全然大人しくない。なんて頑固なんだ!
「まあまあ、二人とも落ち着けよ」
「うるさいです」「黙れ」
「仲いいね~」
ライトの言葉に顔をしかめる。
一体どこをどう見たら仲が良いと思うのか。
私と『騎士』の関係は、弱者と強者だ。
ヒエラルキーでは天と地の差がある。
「ライトさん、どっか行っててください」
「ごめんなさい」
素直に謝った彼は、ケロッとした顔で続けざまに言った。
「でもまあ、オレは席を外しとくよ。お互いよ~く話し合っとけよー」
さっきまでソファーで行儀悪く寝転がっていた彼は一瞬で消えた。
どうやら転移魔法で、どこかに行ったようだ。
「「………」」
(マジか、『騎士』とタイマン……)
いくら相手が拘束されているといっても、この人物は能力値が桁違いだ。
どう考えても、不利だ。
(力ずくの説得は不可能)
詰んでる。
口が達者ではない自分では、『騎士』を説得するなんで無理だ。
口から生まれたライトの力を借りようと思ってたのに、彼が変に気を利かせてくれやがったせいで他力本願できなくなった。
「……どうして私を留めようとするんですか?」
とりあえず、理由を聞けば説得の傾向と対策が見えるんじゃなかろうか。
別に、色々と思考を放棄したとかじゃないよ。うん。
「お前は俺のものだからだ」
「なるほど」
「「…………」」
(誰のものでもないわッ!!)
そんなキョトンとした顔で、当たり前のように言われても理解できない。
そういえば、『騎士』はこういう所があることをすっかり忘れていた。
「どうやら相互理解が足りてないようなので、ひとつ提案があります」
いますぐに帰ることは不可能だろ悟り、『騎士』にある案を出す。
『騎士』は相変わらずの無表情でこちらの提案に頷いた。
『騎士』の承諾を受け、私は『騎士』のことを調べることになった。
私たちは互いを知るために、相手のことを知る行為を常識の範囲内でしてもいいことを確約したのだ。
「主様ですか?とても良い方ですね」
「使用人の私たちにも優しくて、素敵です」
「子どもの頃?私たちは主様が成人した頃に雇われたので……」
「『騎士』の信者しかいない……!」
庭園に置かれていたベンチに座り、背もたれに全身を預ける。
ぐでーっとして態勢で空を仰ぐ。
ここ数日、使用人の人たちに『騎士』について聞いて回ってみた結果がこれだ。
『騎士』の讃美が耳にタコができるほど聞かされることになっただけだった。
そして、ひとつ不自然なことがわかった。
「『騎士』の子ども時代のことを誰も知らない」
貴族は乳母とか古参の使用人とかがいると思っていたが、『騎士』は違った。
彼の成人以前の過去を知る人物がいないのだ。
『騎士』を「坊ちゃん」と呼んでいた執事さんでさえ、子どもの頃の『騎士』を知らなかったのだ。いや、知らなかったわけではないのかもしれない。知っていたけど、教えてくれなかった……?
(信用されてないから?いや、でも過去を知るのに信用がいるって……)
まるで『騎士』の過去が知ってはいけないものみたいだ。
振り返ってみると、話を聞いた使用人の数人は目を逸らしていたような気がする。
「………」
知ればもう二度と戻れないような感覚に襲われる。
何に戻れないかはよくわからないけれど、そんな感じがするのだ。
それでも進むしかない。
じゃないと家に帰れないから。
「『騎士』を理解して、絶対に家に帰してもらえるよう説得する……!」
だから待ってて、エンダー。
飢え死になんてさせないから!
たいぶ放置した気がするけど、気のせいだから!
自分と契約した悪魔の身を(気休め程度に)案じながら、私は『騎士』の予定を聞きに執務室へと足を向けた。