27.真実
「あの人はサイボーグなんですかッ?!」
「主様は人ですよ、ネル様」
麗らかな朝日を自室で浴びながら、私は紙が散乱している机に突っ伏していた。
そして、自分のお世話をしてくれているメイドのメイリさんに愚痴を吐き散らしていた。
「何度も何度も……!どんなことをやっても!口元がピクリともしないんですけど!!」
『騎士』の思った以上の鉄仮面具合に嘆いている最中だ。
王都で有名な劇団の喜劇を魔道具で映像にとって見せても、ライトの紹介で会った魔法使いと頑張って作成したキモイ足が生えた花束を贈っても、やけくそになって言い放ったオヤジギャグにも、全く反応しなかった……!
「ほらネル様、気分転換に屋敷を見て回ってはどうですか?」
「いや、結構この屋敷は歩き回ったような……」
「さあさあ」
メイリさんに部屋から追い出され、私は強制的に『騎士』の屋敷を散歩することになった。
朝露に濡れた赤や紫、青色といった花々を木陰から眺める。
座った時に若干お尻が濡れたが、まあ自然乾燥するだろうと放置する。
「………」
このまま一生『騎士』に監禁されるつもり?
「……はぁーー」
今まで『騎士』の心を動かそうとやってきた努力を無駄だとは思わない。
でも、結果が出ていないことは事実。
そもそも『騎士』の心を動かせたとしても、“私”が解放されるかは別問題だ。彼は異常にあのグールに執着している。魔王城で『騎士』を救ったあのグールに。
そして、もう私が人間でもグールでも関係ないみたいだった。
『騎士』の目に見えているのは事実ではなく、彼の思い出だ。
その証拠に、私がどんな奇行に走ろうと表情ひとつ変えない。
「私は人形じゃない」
『騎士』が思い出に浸るための人形になりたくない。
彼が必要としているのは「私」じゃない。「思い出の私」だ。
「終わりにしないと……」
私を保護するという名目は、最初からなかったのだから。
『聖女』様が黒髪黒目になるための人体実験計画、その名は“カッコウの巣”。その実験材料になりえるため危険だからと、私は『騎士』に保護された。それが『騎士』のもとにいる理由だ。
しかし、数日前に『騎士』の執務室で見つけてしまった手紙にはこう書かれていた。
【架空の計画“カッコウの巣”の資料はすべて処理した】
私が見せられたあの計画はそもそもなかったのだ。
あれは、私を捕えるための噓だった。
「……来たか」
「………」
『騎士』の執務室は相変わらず書類にまみれていた。
その書類がすべて意味のない紙屑だと私は知っている。
ここに来るたびにおかしいとは思っていた。
屋敷の主である『騎士』の部屋がここまで書類に埋もれるだろうかと。
使用人はなぜ片付けないのかと。
「私を試してたんですか」
足元に落ちていた紙を手に取る。
“カッコウの巣”と書かれた紙を。
落ちている紙にはすべて“カッコウの巣”“聖女”という言葉が書かれている。
ここまであからさまだったのに、どうして気づけなかったのだろう。
「どうして私を騙したんですか」
「………」
答えない『騎士』に、私は胸が苦しくなる。
怒りからだろうか、それとも悲しみ?もう、そんなことも分からない。
「どうして騙していたことを気づかせたんですか!」
私がすべてに気づいたと知っていたはずなのに、『騎士』は私を屋敷に監禁し続けた。
そして、解放してくれるのではないかという一縷の望みは断たれたことを悟った。
「あなたは私に何を望んでいるんですか……」
ぐちゃぐちゃになった心のせいで、視界が滲む。
魔王城で出会った頃の『騎士』と、目の前にいる『騎士』がわからない。
昔は勝手に執着してきて急に殺そうとしてくるし、今はまた執着してくる。
「……泣くな」
(だ、誰のせいだと思って……!)
こちらの心を乱している張本人が顔に手を差し伸べてきた。
悔しくなった私はその手を振り払い、乱暴に自分の目をこする。
「私がグールですッ!」
そして目の前に立っている『騎士』に、私はそう言い放った。
私は目を見開く『騎士』に、今までのことを話した。
「悪魔と契約……だからか」
一部のことを除いて、私はすべてのことを話した。
海辺の町に住んでいたことやエンダーとの契約で話せるようになったり、人間のように見せかけることができるようになったことなど。
「そうです、だから殺すなら一思いに――ッ?!」
ガバッ
急に視界が真っ暗になる。
突然『騎士』に抱きしめられたのだ。
「どうして……『騎士』は私を殺そうとしてたんじゃ……」
「は?……誰だ、お前を殺そうとしてきた奴は」
「いや、だから『騎士』……」
「そうか、俺が後で処理しておこう」
話が通じていない……!
「だからっ、『騎士』はあなたのことです!」
「………」
抱きしめられているため顔は見えないが、『騎士』の体が強張ったのがわかった。どうして動揺しているような様子なのかわからない。この人は3年前に私を殺そうと「聖騎士」を送り込んできたじゃないのか。
「………俺はお前を殺さない」
「いや、だから3年前は」
「3年前もお前を殺そうとしたことはない」
「え?」
顔を無理やり上げると、目の前には『騎士』の澄んだ目があった。
こんな目で嘘をつかれていたら、この世で信じられるものはなくなるだろう。
どうも話がくい違っていることを感じた二人は、3年前の出来事をすり合わせた。
「少し待っていろ」
「まてまてまて」
今まで向かい合って話していた『騎士』がおもむろに立ち上がる。
誤解は解けたものの、背後に漂う物騒なオーラは収まっていない。
「何しに行く気ですか」
「聖騎士を根絶やしにする」
「ダメに決まってるでしょう!」
『騎士』に殺されかけたと思っていたが、本当は「聖騎士」たちの独断で私は殺されかけたようだったと誤解は解けた。そして、誤解されていた『騎士』の怒りがどこに向かうのかは火を見るよりも明らかだ。
「聖騎士はあなたの同僚では!?」
「所属が同じだけだ」
「意味いっしょでは?!」
帯剣する『騎士』をなんとか引き留め、ソファーで一息つく。
冷や汗を拭っていると、こちらを見つめてくる『騎士』に気づく。
「なんですか?」
「……いや、3年前のお前を思い出していた」
「なるほど」
じっとこちらを見つめたまま、『騎士』はフッと笑った。
その純粋な笑みに驚いていると、彼はそっと口を開いた。
「以前のお前は顔が雄弁だったが、今は口も顔も雄弁だな」
「なっ、失礼すぎる……!」
そして、魔王城で出会った頃の『騎士』が結構無遠慮だったことを思い出す。
お世話している間、この人は悪童みたいなことをしでかすことがあった。
その時は薄暗い地下に閉じ込められて精神が弱っているんだと思っていたが、どうやらあれは彼の性質だったようだ。
「『騎士』だって出会った頃は悪童だったじゃないですか!ここでは猫を被ってるみたいですけどねっ」
「ああ、そうだな」
「………肯定されるとこっちが悪いみたいになるじゃないですか」
『騎士』との会話は案外楽しかった。
もしかすると、本当のことをすべて出しきったからかもしれない。
なにかを偽っていると、心にひっかかるものができるから。
「ん?まって、監禁については何も解決してませんよね?」
「………」
「ちょ、どこに行く気ですか!『騎士』!」
「昼食だ」
「いや、逃げるんじゃない!」
『騎士』を追いかけていると、すれ違った人たちが皆目を見張っていた。
何かすごいものでも見たのだろうか。
いやそんなことよりも、『騎士』の捕獲が最優先事項だ。
「まさかこちらが追う側になるとは……」
絶妙な速度で走る『騎士』を追う。
こちらが追ってこれるように速度を調整している感じがして、なんか癪にさわる。
この二人の追いかけっこは、食堂から香ってきた美味しそうな昼食の匂いによって仲裁された。
「あ、主様が」
「「「笑ってた……?!」」」
一方、使用人たちは混乱に陥っていた。