26.思ったよりもヤバかった
「え?外出禁止?」
「はい、さようでございます」
白騎士であるマイラーさんの訪問から数週間が経った。
いつものように部屋に引きこもって本を読んでゴロゴロしていたが、少し外に出たいなと思い立つ。そこで、ベルを鳴らしてメイドさんを呼び、彼女にそのことを伝えた。
返ってきた言葉は「外出禁止」。
つまり、私は気づかぬうちに監禁されていたようだ。
引きこもりだったことが、良かったのか悪かったのか……。
「あの、なにか問題が……?」
「私からはなんとも……」
それもそうだ。
外出禁止令を出したのは『騎士』だそうだ。
理由を知っているのも『騎士』だ。
「閣下にお会いしたいのですが」
初めて、自分から『騎士』に会いに行くことになった。
「どうした」
相変わらず机の上は書類で埋もれているが、『騎士』はその書類を手にすることなく私の方を見ていた。どうやらこちらの話を聞いてくれるようだ。
「私の外出禁止令のことです」
「ああ」
(いや、「ああ」じゃないよ!)
なんでもないことのように私の話を聞く『騎士』。
今まで私に外出禁止令を出していたとは思えないほどの平然そうな態度だ。
「なにか問題が起こったんですか」
「いや?」
何も問題が起こっていないのに外出を禁止した……?
これじゃあ本当に保護じゃなくて、監禁では?
「では、なぜ――」
「これからお前はここから出られない、一生な」
「は?」
こちらの質問に答えもせず、恐ろしいことをのたまう『騎士』をなんとかしてほしい。
どこかに法の専門家の方はいらっしゃいませんか?!
「大丈夫だ、これからは俺と共に暮らそう」
「い、いや待て待て待て」
こちらに歩み寄ってくる『騎士』に後ずさる。
『騎士』の顔を見ると、うっすらと微笑んでいた。
珍しい表情だが、それをかき消すほどの目の虚ろさに恐怖を覚える。
「ちょっとまってください!閣下は私を誰かと勘違いしてるんじゃないですか?!」
彼の目は明らかに「グール」を映していた。
「人間」である私を見ているにも関わらず。
(この人、とうとう見境がなくなった?!)
「こんなにも似ているんだ。お前はあのグールなんだろう」
(もうグールって言っちゃってるよ!)
「例えそうでなくても、それが何だと言うんだ」
目の前まで来てしまった『騎士』は、愛おしそうに頬を撫でてくる。
壁際まで追い込まれているため、もう後ずさることもできない。
「事実などどうでもいい。お前は俺と共に生涯を終えるんだ」
(いぃーやあぁぁーーー!!)
下手なホラー映画よりも怖い!
台詞も表情もホラーのクオリティーが高すぎる!
「死がふたりを分かつとも、俺はお前を探しだそう」
(死を凌駕したストーカーだあぁーー!!)
ハイライトのない瞳で嬉しそうに笑う彼は、心が壊れてしまっているように感じた。
3年前の私との別れが彼をこうしてしまったというなら、私は償うべきなのだろう。しかし、『騎士』がここまでヤバくなっていたとは……。もはや私に執着しているのか、殺そうとしているのかわからない。3年前、私を殺そうとしていたのでは?一体どうなっているんだ。
「………分かりました」
「そうか」
嬉しそうに腰に巻き付けてこようとする『騎士』の腕を掴み、私は彼の虚無の目を見てハッキリと宣言した。
「私があなたの心を動かしてみせます!」
「?」
意味が分かっていない『騎士』の様子を見て、彼に心躍るエンターテインメントを提供する使命感に燃える。
彼は「あのグール」に執着している。これが彼を病ませている原因だと仮定するなら、それ以外に興味をもたせればいいのだ。関心が分散すれば、きっと『騎士』も私に執着することがなくなるはずだ!
「外出禁止令は甘んじて受け入れます。だた、閣下と一緒の外出なら問題はないですか?」
「……ああ」
「分かりました!」
その日から、私はこの世のありとあらゆる心躍るものを探し始めた。
コンコン
「失礼します」
一歩足を踏み入れると、足元にはあらゆる本や玩具、魔道具が落ちていた。
メイドはそれらを慣れたように避け、部屋の主のもとへ向かう。
「ネル様、机で寝てはいけないとあれほど言っているのに……」
机に突っ伏して眠る彼女は、死んだように動かない。
彼女の机の前にあるカーテンを開け、窓から陽の光をいれる。
「う、うーん」
直射日光を浴びても起きない部屋の主に、メイドは苦笑しながらベッドを整える。
この人はどうせこれからベッドで寝るだろうから。
「ほら、ネル様」
半分起きて半分寝た状態の彼女に肩を貸し、ベッドへと連れていく。
彼女はそのまま安らかな眠りについた。
部屋の主が寝ている間に掃除をしてしまおうと、さっきまで彼女がいた机を見る。
「あらあら」
その机の上にあった紙を見て、思わず笑みが零れる。
そこに書かれてあったのは、我が主へのいたずら計画だった。
「主様はどんな反応をなさるんでしょうね」
楽し気に掃除を終えたメイドは、そっと部屋を去った。
陽が射し込む執務室。
カリカリという音が静かな空間に溶けていく。
バンッ
ノックもなく開かれたドアには、花束が立っていた。
そう、花束が立っていたのだ。
ペンを置いた『騎士』は、その花束へと何の警戒もなく近づく。
騎士が花束の目の前についた瞬間、ズボッとその花束から手が生えた。
ちなみに足はもとから生えていた。
その花束は華麗なフォークダンスを披露した後、ただの花束に戻った。
「………」
黙ったままその一部始終を見ていた彼は、その花束を拾い上げた。
そして、それを持ったまま執務室へと戻っていった。
「………また失敗した!」
物陰から『騎士』の様子を見ていた私は、先ほど見た彼の様子に落胆する。
見ました?あの人、表情ひとつ変えずに見てたよ?キモイ手足が生えた花束のダンスを。
「多分、天は彼に二物を与える代わりに彼のユーモアを奪ったんだろうな……」
「ありゃ、またやってる」
「ライトさん」
こちらに向かって歩いてきたライトは、呆れたように言ってきた。
『騎士』の屋敷を自由に闊歩している彼に関して、もう何も言うまい。こんな朝から不法侵入なんて、この世界の『勇者』は終わっている。
「今日は訪問の予定は聞いてませんけど」
「まあ、オレが勝手に来ただけだからね」
(まあ、『勇者』は見ようによっては蛮族……)
「何を考えてるのかな?」
「何でもありませんっ!」
腕を組んでニコニコしないでほしい。
背後の禍々しいオーラ隠せてないから。恐すぎるから。
「で?今日は何したの?」
私はライトに、花束にリアルな人間の手足を生やしてフォークダンスを踊らせたことを話した。一部始終の出来事を聞いた彼は、目に涙を浮かべるくらい笑った。
「クッ、アハハハッ!」
「普通はそのくらい笑うはずなのに……」
なぜ『騎士』は笑ってくれないのか……。
彼は「笑ってはいけない○○」系のやつでは最強とみた。この世界にお笑い芸人たちがいたら、彼は「悪魔」と呼ばれたかもしれない。
(ん?そういえば……)
あの悪魔……エンダーはどうしたんだろう。
怒涛の展開ですっかり忘れていた。
まって、生気を全く渡せてない!どうしよう、エンダー無事かな……?!
「くはっ、じゃあまたね」
「……あっ、ああ、はい」
ライトから話しかけられ、思考が途切れる。
いまだに笑っていたらしい目の前の御仁は、お腹を抱えたまま『騎士』の執務室に入っていった。ライトの腹筋は今日、筋肉痛になるはずだ。
そんなことよりも、エンダーのことだ。
王都に連れ去られてから、彼に会っていない。
今から連絡を取ろうにも、連絡手段がない。
こんなことなら、悪魔の召喚方法とか聞いとけばよかった。
「………まあ、あっちはあっちでなんとかするでしょ」
とりあえず、エンダーは放置するという方針を定める。
だって、こっちからやれることはせいぜい胡散臭い悪魔の召喚方法を調べるくらいだ。
(今はとにかく『騎士』の方をなんとかしないと……)
ここ数週間、『騎士』に色々なことを仕掛けたが全くと言っていいほど反応がなかった。ドッキリを台無しにされる気分を一生分味わった気がする。エンターテインメントがこんなにも過酷だなんて思わなかった。
早く『騎士』が反応するようなことを見つけて、彼の関心を私以外に向けさせないといけないのに……!このままでは一生監禁されてしまう!
「――にしてもあの人、ドッキリで使った物を回収していくんだよね……」
今日の花束も然り、彼はこちらが用意して使ったものを持っていくのだ。
もしかして、私は訴えられるのだろうか。精神的苦痛を与えられたという証拠品として回収していっている?!
「………」
とりあえず私は、この屋敷にある書斎に足を向けた。
そこで法律の本を読み漁ろうとして寝落ちしたことは、ちょっと記憶にないかな。