25.保護 or 保護
現在、私は『騎士』の屋敷の使用人たちに絶賛フラれ中だ。
「すみません、ちょっとお話が……」
「申し訳ございません、少々手が離せなくて」
「すみません、お伺いしたいことが……」
「申し訳ありません、急ぎの用がございまして」
「おかしい」
『騎士』の屋敷で保護されて2ヵ月くらい経った。
『聖女』様の計画を探るにしても、あまりにも進展がなさ過ぎる。
『騎士』に勇気を振り絞って聞いても、「まだ時期じゃない」とかなんとか言われてはぐらかされるだけだった。「探っている途中だ」という言葉を信じて待っていたけど、流石に遅すぎる。
『騎士』に聞いても意味がないと見切りをつけ、ならば使用人の人たちに探りを入れようとした結果が上記の通りだ。
明らかに避けられている……!
「もしかして、何かやらかした……?」
自分の行動を振り返ってみるが、特に思い当たることはない。
強いて言うなら、『騎士』に対して異常にビビり散らかしたことぐらいか。
「でも、やったことは『騎士』を避ける程度のことだし……」
全力で避けたけど、結局食事の場は避けられなかったしなぁ。
部屋の中をグルグル回りながら考え込んでいるいると、ドアがノックされた。
コンコン
「……!どうぞ」
やっと人を捕まえられると思い、しめしめと思いながら部屋に入ってくるよう促す。
はっはっはっ、絶対に逃がさんぞ!
「失礼します」
そう言って入ってきたのはメイドの人たちだった。
見た所7,8人はいる大所帯だ。
(多くない?!)
てっきり一人、いやいても2,3人程度だと思っていた私には予想外過ぎた。
集団でやってくるとは、なんと卑劣な(?)……!
「これよりネル様のお支度を手伝わせていただきます」
「ああ、わかり」
(支度?)
一体なんの支度なのかと尋ねる暇もなかった。
私はお風呂にぶち込まれ、四肢を圧迫され(マッサージ)、服という枷をされた。
塗料された顔を鏡で見ながら、私は思った。
「素材の味が前面に出てる」
「お美しいです」
「いやいやいや」
化粧っていったら、もっとこう「これが……私?」的なやつじゃないの?
肌の透明感が増して、ただ唇の発色が良くなっただけの私が鏡に映っているんですが。
「いや、凹凸なさ過ぎっ」
顔を様々な角度から見てみるが、顔平たい族からの脱出は不可能だったようだ。
本当にこれで大丈夫なのかと、支度をしてくれた彼女たちの方を見る。
「お美しいですわ……」
「元から完成されていらっしゃいましたからねぇ」
「私もネル様のようかお顔だったら……」
……どうやら彼女たちの美的感覚は変わっているようだ。
正直言って、顔立ちがはっきりしている彼女たちの方が絶対に綺麗だ。
こんな浅い顔が珍しいから、珍獣として愛でられているのかもしれない。
「あなたたち、見惚れてないで。出発しますよ」
彼女たちのリーダー的人物が出発を促してきた。
言い忘れてたんですが、本当に私をどこに向かわせる気なんですか?
その疑問を伝える勇気も気力もなくなった私は、彼女たちにどこかへと連行されることとなった。
「やあ!こんにちは」
「こ、こんにちは」
屋敷にある応接室へと通された私は、そこで溌剌とした人物に出会った。
彼の名前はマイラーで白騎士だそうだ。聖騎士の『騎士』に保護された私を審査しに来たそうだ。
「本来であれば僕ら白騎士団が保護するはずだったからね。聖騎士に保護される正当な理由が必要というわけなんだ」
「なるほど」
(あと、『騎士』は聖騎士だったのか)
彼から名前や、ここに来た経緯を簡単に尋ねられた。
それに従順に答え、事情聴取はあっさりと終わった。
「う~ん、話を聞く限り、こっちで引き取ってもいいと思うんだけどなぁ」
「ですよね」
顎に手をあてて考え込んでいるマイラーさんに、力強く頷く。
ちなみに『聖女』様の例の計画のことは伏せている。
だって、あんな人体実験のことは機密中の機密に違いない。知らぬが仏だ。
ガチャ
急にドアからやってきたのは、『騎士』とライトだった。
急に来ないで欲しい。心臓に悪すぎる。
「久しぶりだな!ゼノ、ライト」
「おひさ~」
「………」
片方は軽すぎる返事、片方は返事すらしていない。
そんな彼らを不快に思ってすらいないようで、マイラーさんはニコニコとしている。
いや待って、この人『騎士』と『勇者』のことを呼び捨てにしてた?
つまり、マイラーさんも只者じゃない……?
「こうして旧友に会えるのは嬉しいものだな」
(旧友?!)
この『騎士』とこの『勇者』に、こんな好青年の友人がいたとは……。
世の中ってわからないものだ。
「ネルちゃん?何を考えてるのかな?」
「いえ、何も!」
笑顔なのに怖いという器用なオーラを醸し出しているライトから逃げるように、マイラーさんに視線を向ける。こちらの視線に気づいた彼は、ニコッと笑ってくれた。癒される。
「早速本題に入るんだが、彼女は僕のとこで引き取ってもいいんじゃないか?」
マイラーさんの発言に全く同意する。
この際、『騎士』から離れられるなら悪魔の手をとってもいい。
(ん?悪魔?)
そういえば、エンダーはどうしたんだ?!
やっと同居人のことを思い出した私が、音信不通の彼のことが一気に心配になった。
どうして今まで思い出せなかったのか謎だ。
(いや、この状況じゃ無理もないか……)
チラッと目を向けてみると、彼らは何か話を進めているようだった。
私がいなくても大丈夫そうだったため、思考に耽ることにした。
(悪魔であるエンダーが人間の巣窟である王都に来るのは、死地に赴くのと同等だろうしなぁ)
早々に王都でエンダーと再会することを諦める。
悪魔を毛嫌いする神殿がある王都に呼び出すなんて、そんな非道なことはできない。
「―――てことなんだけど、君はどう思う?」
「ん?!」
マイラーさんに急に話を振られ、意識が現実に引き戻される。
まずい、何も聞いてなかった。
「正直、君は僕らのとこでも保護できると思うんだけど、君はどうしたい?」
「え?うーん」
どっちにしろ、保護されなければならないという事実は変わらないのか。
であれば、どこにいても自由がないことは明白だろう。
どっちも嫌だなぁ。
「僕らのとこに来たら、早めに家に帰すことができると思うんだけど」
「え!それなら、か……」
「帰りたいです」という言葉は続けられなかった。
なぜなら、いつの間にか隣に座っていた『騎士』が異様な威圧感を放っていたから。
正面にはマイラーさんがいて、その隣にライトが座っている。
ライトの方を見てみると、口パクで「ドンマイ」と言ってきた。
「か?」
マイラーさんが悪気なく、私のその先の言葉を促してくる。
これは選択を間違えれば、絶対的な死が待っている。
「か、か……」
脳をフル回転させる。
ブドウ糖が急激に消費されている感覚がする。ショートしそうだ。
「カッコいいですね!マイラーさんって!」
「ん?」
「ブホッ!」
「………」
三者三葉の反応を示されながらも、私はめげずに言葉を続ける。
「かっこよすぎるので、保護されるのは心臓がもたないというか何というか……」
体中から冷や汗が大量に出る。
頼む、これで誤魔化されてください……!
「つまり、現状維持がいいってことかな?」
「そう!そうです!」
やっぱりマイラーさんは天使だ。
助け舟を出してくれるなんて、なんていい人……!
「わかった。本人の意思が一番大切だからね」
「マイラーさん……!」
私はあなたについていきます……!
『騎士』とライトとの落差に、信仰心が芽生えかける。
しかし、比較対象がアレなだけだったと思いとどまった。
『騎士』はオーラが阿修羅みたいで怖いし、ライトは愉快犯だ。
まともなのは、使用人の人たちだけだ。
「じゃあ、そろそろ僕は失礼するよ」
そう言ってマイラーさんが去った応接室には、私と『騎士』といまだに笑い転げているライトだけになった。ライトはそのまま過呼吸になっても、心配してあげない。
「………」
(そして『騎士』はなぜこっちをガン見してくるんだろう……)
笑い転げるライト、ガンを飛ばしてくる『騎士』、そのカオスな空間に放り込まれた自分。
もう帰っても許されると思う。
「あの、私もそろそろ……」
「気に入ったのか」
「?!」
『騎士』から突然、意味のわからないことを言われる。
真顔でそんなこと言われても、こちらは答えようもない。
一体なんのこと?!
「マイラーの、ゴホッ、ことだろ?くははッ」
ソファーに沈んでいたライトは、むくりと起き上がる。
なお、笑いは収まっていない模様だ。
「そ、そうですね。マイラーさんは良い人だと思います」
「………」
ちゃんと質問に答えたはずなのに、『騎士』はさらに黒い雰囲気になったような気がする。
な・ぜ・だ!
「じゃ、じゃあ失礼します」
今度は引き留められることなく、このカオスな応接室から脱出することができた。
とにかく、私は今後もこの屋敷でお世話になるようだ。
ガッデム。
そして、私は白騎士団に保護してもらうべきだったと後悔することとなる。