表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グールにされたけど、死んだふりで許してください  作者: 良心の欠片
3.海辺の町
24/53

24.予感



 『騎士』の屋敷で保護してもらってから、数日が経った。

 実に平和だ。平和過ぎで、暇すぎる。


「……本当に保護される必要あったのかな」


 与えられた部屋でぼんやりと窓の外を見る。

 綺麗な花壇に、輝く噴水、木々は剪定され整えられている。


 本当に綺麗な景色だ。


「そう、まるで以前も見たことあるような……」


 待て、この景色に見覚えがある。

 それに、この少し凹んでいるような壁も身に覚えしかない。


(こ、ここって以前の私が住んでた部屋?!)


 いや、住んでいたというのは間違いだった。

 監禁されていたというのが正解だろう。


(まさか……)


 バッと部屋を見渡す。

 見覚えのあるベッド、見覚えのあるカーテン、見覚えのあるソファー。

 ……見覚えのある、ウサギの形に切られたリンゴ。


(どうして昔の私が好きだったものを用意してるの……)


 それを手に取り、一口食べてみる。

 シャリッとした食感は、昔の記憶通りだった。


「……美味しい」


 優しい甘さにお腹が満たされるのに、心は重苦しくなる一方だった。


 これは明らかに、「あのグールでは?」という疑いをかけられている。

 まずい、マズ過ぎる。一体どこで疑われてしまったんだ?!


(まさか……野生の勘?)


 肌の色はエンダーとの契約で、健康でピチピチの発色になっているのだ。

 疑われる謂れはない。じゃあ、どこで疑われたのか。


「……まさか、顔?」


 いや、それこそまさかだろう。

 こんな十人並みの容姿を覚えているはずない。


「じゃあ、この黒か……」


 一つに結んでいる髪を手に取る。

 束になっているせいで、より黒さが際立っている。


 この部屋にあるドレッサーの前に行くと、黒い目をした人間が鏡に映った。

 ジッと自分の顔を見てみるが、地味さを思い知らされただけだった。


「人の顔を3年も覚えておけるのかな」


「人によるんじゃない?」


「うわああぁ!!」


 背後から聞こえてきた声に心臓が飛んでいった。

 バッと振り返った先には、不法侵入の『勇者』がいた。


「ライトさん!ここ、人の部屋ですよ!」


 乙女の部屋に無断で入るとは何事かと咎めると、彼は珍しく本当にバツの悪そうな顔をした。その反応に「おや?」と思っていると、彼は目を彷徨わせながら話し出す。


「いや……ゴメン。前に住んでた子と同じ感覚で来ちゃった」


 ()()()()()()()()

 自意識過剰でなければ、きっと私のことだろう。


 まあ、グールにプライバシーなんてないからね。


「……前の住人もきっと私と同じことを言いたかったと思いますよ」


「いやぁ、ほんとにごめんって」


 一瞬にしてしおらしい態度が消え、おチャラけた態度になってしまった。

 彼に反省するという行為は馴染まないらしい。


「それで、どうされたんですか?」


「ネルちゃん、暇でしょ」


(確信した感じで言うんじゃない)


 暇人認定されたことに不満を抱きつつも、本当のことだから頷く。

 保護とはいえ、こんなに暇だと発狂しそうだ。


「まあ、そうですね」


「じゃ、出かけよっか!」


「は?」















「つ、疲れた……」


「ほらほら、次はあっちのお店に行こう!」


 おしゃれなお店が立ち並ぶ賑やかな通りを重い足取りで歩く私。

 そんな私の腕を引っ張ってズンズン進んでいくライト。


 彼の両手には紙袋が大量に握られている。

 彼はこれ以上、何を買おうとしているのだろうか。


「ライトさん……、流石に買いすぎでは」


「いやいや、全然買えてないよ~」


「その手に握ってある荷物は見えてないのかな……」


「聞こえてるよ?」


 耳ざとくこちらの言葉に反応した彼は、手にあった紙袋をサッと宙へ放った。

 そして、それらは音もなく消える。


「空間魔法の無駄使い……」


「やだなー、有効活用だよ」


 彼がこうして消した紙袋の数を想像すると、背筋が凍りそうだ。

 一体いくら使ったんだ……。


「あっ、あれも君に似合いそう!」


 そう、何よりも恐ろしさを感じるのは、今まで買った物はすべて私のためのものだという事実だ。さっき買ったドレスは、いくらしたんだろ……。いや、その前に買ったネックレスもヤバそうだったな……。


「お願いします。もう帰りましょう」


「なに言ってるの、これからじゃん!」


 あっけらかんと言う彼に、そろそろ心が折れそうだ。

 帰ろうと提案したのは、これで数十回を越えただろう。


「お金に、お金に羽が生えてる……」


「あはは~、それ幻覚だよ」


 ショーウィンドウに飾られている宝石たちがこちらを嘲笑っているように思えてしまう。

 はんっ、貧乏性で悪かったな!


「あとこの金はゼノのだし~、パーッと使おう!」


「はっ?」


 今まで使ったお金が、『騎士』のお金……?

 あんな湯水のように使ったお金が……?


「ライトさん、私の臓器は使い物になりません」


「急にどしたの」


 楽しそうにガラスケースの宝石を見ていたライトに、真剣な表情で向かい合う。

 彼はそんな私を不思議そうに見てくる。


「だから売らないで!コツコツ働いて全額返済しますから!」


「ああ、なるほどね。これお小遣いで渡されたやつだよ」


 臓器を売られると怯えている私を、実に愉しげに見ながら彼はそう言った。

 あんな額のお小遣いがあってなるものか。後で取り立てる気だろう!


「それにこんなの、はした金じゃん」


 無邪気にそう言った彼の顔はとても澄んでいた。

 そう、まるで清流のように。


「………そうですか」


 よく人付き合いで重視される要素として、金銭感覚というものがある。

 私は今、その大切さが身に染みた。




 私がこの地獄の散財から解放されたのは、帰りを催促しに来た使用人たちによってだった。

 夕日を背負ってやってきた彼らが、私には天使に見えた。







 その日の夕食は、なぜか『騎士』ととることになった。

 

(き、気まずい)


 目の前にある彩に溢れたソテーを見ながら、右側の気配に冷や汗をかく。

 どうしてこんな近くに『騎士』が座っているんだ。


「今日の買い物なんだけどさー、全然いいのなくてさ―――」


 そしてライト、あなたはなぜそんな陽気に話せるんだ。

 誕生日席に座る『騎士』の左側に私、右側にライトが座っている。


 『騎士』との距離は私と同じはずなのに、マシンガントークを披露できるライトの胆力に恐れ入る。彼は料理に手をつけもせず、じっとして動かない『騎士』に気づいていないのか。


「………」


(いやぁー!誰か助けて!)


 家主である『騎士』が料理に手をつけていないのに、居候のこちらが料理を食べ始めるのも気が引ける。ライトは普通に食べ始めているが、彼は『騎士』にとって友人枠であるだろうから除外だ。


「………」


(めっちゃ視線を感じる)


 主に右側から。

 正面からはとめどない声が届いてくるだけだ。


 ライトはいい加減口を閉じた方がいいと思う。

 いや、やっぱり喋っていてくれた方が助かる。BGMとして聞けないこともない。


「………食べないのか」


「!」


 視線を送ってくるだけだった『騎士』が急に口を開いた。

 驚きで体が一瞬固まるが、視線はテーブルに向けたまま慌てて答える。


「い、いえ、食べます!」


 ナイフとフォークを持ち、震える手でなんとか肉を切ろうとする。


 上手くナイフの歯が入らない。

 どうしよう、早く食べないといけないのに……!


「貸せ」


「!?」


 急にお皿を取り上げられ、思わず『騎士』の方を向く。

 お皿を取り上げた彼はスッと肉を切り分け、こちらにそのお皿を差し出してきた。


「………」


「あ、ありがとうございます……」


 無言の『騎士』からそのお皿を受け取り、切り分けられた肉を口に運んだ。

 

(途轍もなく美味しい……!)


 そのまま黙々と食べていると、複数の視線を感じた。

 パッと前を向くと、『騎士』は勿論だが正面にいるライトもこちらを見ている。


「………なんですか」


 『騎士』に問いかける勇気はなかった私は、比較的話しかけやすいライトに聞いた。

 すると、彼はニコニコしながらこちらを見てきた。


「いや、なんでもないよー」


 明らかに含みのある顔で笑っている。

 しかし、それを聞いても答えてくれないことが予想できる。


「……そうですか」


 二つの熱い視線を感じながらも、私は黙々と料理を口に運び、食事を終えた。

 もう二度とこんな居心地の悪い夕食はごめんだ。














 黙々と食事を終えた彼女が、食堂を去った後。


「……なあ、やっぱクーちゃんだと思う?」


「さあな」

 

「おいおい、反応うっすいなー」


 ライトはテーブルに肘をつき、ナイフを手で弄ぶ。

 料理はすでに片付けられ、ワインとワイングラスがテーブルに残されている。


「まっ、でも、クーちゃんの好みと似てるのは似てるんだよなー」


 ライトはそう言って、亜空間から服や装飾品を取り出す。

 落ち着いた色合いの服に、派手さを控えた装飾品の数々。


 どれもあのグールが好んだものだ。


「クーちゃんが反応したのと似たり寄ったりなものを彼女も選んでる」


「………」


「限りなく黒に近いね」


 パチンッ


 ライトは指を鳴らし、空中に出していた物を全て仕舞う。

 そして、頬杖をついて『騎士』を見た。


「でも()()()()()


 あくまで憶測の域を過ぎないと、ライトは暗に伝える。

 そんな彼の言葉に、『騎士』は表情をピクリとも動かさなかった。


「余裕そうだな。あんなに必死にクーちゃんを探してたのに」


 反応のない『騎士』に、ライトは白けた顔をする。

 そして、グラスを煽った。


「まあ、お前にも何か考えがあるんだろ?」


 グラスのワインを飲み干した彼は席を立った。

 そして、『騎士』に背を向け食堂のドアへと歩む。


「あ、言い忘れてたわ」


 ライトは体は背を向けたまま、顔だけ『騎士』の方へ向ける。

 『騎士』はグラスに入ったワインを揺らしている。


「お前は、お前が思ってる以上に壊れてるぜ?」


 そう言って姿を消したライトに、『騎士』は嘲笑の笑みを浮かべる。

 

「ハッ、今更だろう」


 紅いワインが揺れるグラス。

 そこに映る顔を見た『騎士』は、満足げな表情を浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ